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本編

第20話 サ○デーだったりジャ○プだったり忙しい

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「ハナ、今日はあの先輩いいん?」

 そう声をかけながら、教室内で自販機で購入したミルクたっぷりカフェラテを片手にぼんやりとたまごサンドを貪る陽葵の前に一人の男子学生が腰を下ろした。手にはコンビニの袋を提げている。『ハナ』とは友人につけられた陽葵のニックネームの一つだ。立花の『花』からきている。いくら陽葵が柊夜至上主義とはいえ、友人がいないわけではない。陽葵の気性を知った上で友人として付き合ってくれる存在はいる。声をかけてきた学生――――江杉えすぎ和馬かずまは大学からの付き合いであるが、陽葵がいかに柊夜に執着しているかはよく知っていた。

「今日予定あるって言われた……」

 たまごサンドを食べきり、陽葵はミルクたっぷりカフェラテを悲しげに啜る。

「目ぇ死んでる、タッちゃん。生きて。オレを甲子園に連れてって」

 真顔のまま淡々とした口調で語りかけながら別の学生が陽葵の隣の席に座った。こちらは笹倉ささくら皆実みなみ、中学のバスケ部仲間でもある。普段から淡々とした口調だが言ってることはおかしいことが多い。ちなみに『タッちゃん』は『立花』の『た』からきており、やはりあだ名の一つだ。

「ひいちゃん先輩が足りない。そして俺は野球をやってない」
「ツッコミが入れられるくらいには元気そうでよかったよ」

 ふ、と和馬が安心したように笑う。

「ミナミのお願いなのに、ひどいよタッちゃん」
「皆実はちょっと黙ろうか」
「許してカッちゃん。ミナミ、ちゃんと甲子園我慢するから」
「……おい」
「申し訳ありませんでした」

 真顔のまましつこくヒロイン振った皆実だったが、和馬のドスの利いた声にあっさりと降伏した。

「二人とも、早く飯食ったら。時間なくなるし」
「「あ、ハイ」」

 陽葵の指摘により、和馬と皆実は大人しくコンビニ袋からそれぞれの食料を取り出す。ペリペリと包装フィルムを剥がし、もそもそと食事を摂り始めた。
 コントのようなこのやりとりも、彼らにとっては日常茶飯事だ。陽葵は柊夜といるとき以外は一人か、この二人と行動している。陽葵の外見や内面に左右されることなく接する彼らには、陽葵も比較的気を許しているのだ。柊夜とその大切にしている人たち以外はどうでもいいと思っていた陽葵にとっての、例外的存在と言える。

「あの先輩、大概お前の誘い断らないのに珍しいな」

 梅おかかおにぎりを頬張りながら和馬が言えば、

「確かに。タッちゃんが異様なレベルでグイグイいってるから恐怖で断れないとかじゃなくて、普通に可愛がってるもんね」

皆実が和馬の言に頷きつつ、テリヤキチキンラップサンドの具になっている野菜をバラバラと落とした。

「異様じゃないし。愛だし。失礼なこと言うな」

 ブツブツと文句を言いつつ陽葵は皆実が落とした野菜を指で拾い集め、皆実の持参したコンビニ袋に入れていく。

「お前がどんだけ先輩を愛しちゃってるのかはよーく知ってるよ、オレらはね」
「まあ、俺の愛は当の本人には三分の一どころか微塵も伝わってないんだけどね……あくまで先輩として慕われてる程度にしか思われてないからね……」
「「それな」」

 遠い目をする陽葵に、友人二人は全力で同意した。

「けどさ、はっきり言わないタッちゃんも悪いんじゃない? タッちゃんもわかってるでしょ。先輩、昔から人に心の機微には鋭いくせに自分に関することの鈍さがハンパないし。言わなきゃわかってもらえないよ、多分」

 抑揚のない調子で皆実が言う。

「あー、それはそうかも。もういい加減言えばいいじゃん、本気で好きですって。恋愛感情抱いてるんですって。他に解釈しようがない言い方でさ」

 和馬が言えば、陽葵は勢いよく机に突っ伏した。

「……もし言って、傍にいられなくなったら俺はもう生きていけない……」

 か細く絞り出された泣きそうな声に、友人二人が顔を見合わせる。二人して陽葵の頭に手をのせて撫で回した。

「けどさ、ハナがとろとろしてると他に掻っ攫われるかもしんねぇぞ。あの人いい人そうだし」
「女の子とあんまり接してるとこ見ないけど、先輩という名の油揚げをトンビが狙ってるかもしれないよ」

 柊夜が女子と接しているところは二人もたまにしか見かけないが、陽葵から柊夜の恋愛対象が女だということは聞いたことがあるし、皆実の方はかつてモサ時代の柊夜に彼女がいたことも知っている。モサ時代の柊夜もさっぱりとしてノリも面倒見も良く親切ではあったので、男友達や中高年、ご老人たちからは好かれていた。人柄は良いのだ、ただ冴えなかっただけで。
 そんな柊夜に見た目が伴えば好意を抱く女子もいるだろうなと思うし、実際いる。柊夜本人は極力女子と近づかないし鈍感なため全く気付いてない。しかし陽葵のライバルとして浮上する危険性はそこそこある。だからこそ二人は陽葵に告白を急がせたい。毒を吐くし懐に入れた相手以外にはドギツイ態度をとることもある陽葵だが、友人からすればかわいい一面も持っているので是非とも幸せになってもらいたいのだ。そのため発破をかけようとした。陽葵が男でも押しに押したら、柊夜ならワンチャン押し負けてくれるのではないかと思って。

「もう狙われてる」
「「は? ヤバイじゃん」」

 既にトンビは存在した。陽葵の一言に二人は心底焦りを覚える。

「邪魔はしてるけど」
「「邪魔するんかい」」
「相手が女でひいちゃん先輩が幸せになれそうなら相手ならまだ……耐える……」

 耐えると言いつつ、その声音はひどく苦し気で弱弱しい。二人はかける言葉を失った。

「でも」

 陽葵が顔を上げ、拳を握る。

「アイツには渡したくない」

 決意に満ちた目をして言った。先程の力無く苦しげな様子はもう見えない。

「「とりあえずは邪魔をガンバレ」」
「うっす」

 三人は謎のグータッチをした。そこに一人の女子が近づいてくる。

「あの、立花くん」

 ミルクティー色のゆるふわミディアムヘアの小柄な女子だった。割と巨乳の。

「……何?」

 陽葵が『誰だこいつ』とでも言うような怪訝な顔をしていると、

「同じグループで実験とかしたことある栗林くりばやしさんだよ」

こそっと皆実のフォローが入った。

「同期生の中で男共から可愛いって人気ある子だな」

 和馬が補足する。彼女は『栗りん』と呼ばれ、男子から相当モテているらしい。ちなみに何でも斬れる円盤型の必殺技は出さない。

「……さっきまでサ○デーだったのに、一気にジャ○プに……掴もうぜ、龍玉……」
「シッ! 皆実、やめなさい!」

 ボソボソやり取りをする皆実と和馬を一瞥してから捨て置くと、栗林は髪を耳にかけながら陽葵に向けて微笑んだ。

「あのね。立花くんに話があるんだけど、いいかな」

 こてりと首を傾げる栗林の仕草に周囲の男共が感嘆する。陽葵の表情は変わらない。

「何?」
 
 感情の乗らない口調で訊ねる。

「うーん、ここじゃちょっと。違う場所で話がしたいな。人気ひとけのないとこで……」

 栗林が頬を染めながらモジモジする。周りの男子から『うおー!おれたちの栗りんがー!』などと悲痛な声が上がり、女子からは『いやーっ!立花くぅん!』と悲鳴が上がった。陽葵の眉間に皺が寄る。皆実と和馬は『あちゃ~』と天を仰いだ。

「……手短に済むなら」

 陽葵は溜息を一つ落とす。机上のゴミをまとめると、席を立った。


 









 栗林から距離を開けつつ、後ろをついて行く。教室を出てしばらく歩いているが、栗林の足はまだ止まらない。元々面倒だと思っていたのに余計に面倒になる。時間は有限なのだ。いい加減にして欲しいと抗議をしようとしたところで栗林の足が止まった。スカートをひらめかせながらくるりと陽葵へ向き直る。

「ここまで来ればいいかなっ」
 
 結局結構歩いて中庭まで出てしまった。栗林が設置されたベンチに座りその隣に座ることを陽葵に促すが、陽葵は断りを入れた。ゆっくりする気などさらさらない。
 陽葵にはこの場所移動に何の意味があるのかわからなかった。先程栗林は人気ひとけのないところで話したいと言ったが中庭には人気はそこそこあるし、ついでに言えば教室からついてきた野次馬までいる。非常に無駄な移動だった。
 栗林は機嫌良さげに陽葵を見上げてくるが、陽葵にしてはどうでもいいことだ。さっさと終わらせたい。栗林が陽葵に向けてくる視線は陽葵が日常的に女性から向けられるものと同じなので、話の内容は想像に難くないがあえて訊く。

「用件は?」
「え、はずかしい~! ……言わなくても分かるくせに」
「手短に済むっていう話だったから聞くことにしたんだけど、そうじゃないなら戻る」

 確かに分かるが、話がある、すぐ済むと言うから仕方なくついてきたのに、言いたいことを察して返事をしろというのは無礼な話だ。陽葵が踵を返すと、栗林は慌ててベンチから立ち上がった。

「待って! 私、立花くんのこと好きなの。だから付き合ってほしいな……お願い、今彼女とかいないよね?」

 栗林が陽葵の腕を捕まえて、上目遣いで抱きついてくる。後方から野太い悲鳴が聞こえた。ギャラリーがうるさい。陽葵はうんざりとした気持ちになりながら、栗林の胸の間から自身の腕を引き抜く。

「断る。……勝手に触んないでくれる? 不快」

 陽葵は眉を顰めて言った。一瞬何を言われているか理解できず、栗林は呆然とする。次第に

「……不快って……ひどい……」

 栗林が目を潤ませる。栗林に同意する野太い声が上がった。しかし陽葵は周囲の声に怯むことなく告げる。 

「不快に決まってる。好きでもない人間に許可なく触られるとか、気持ち悪い以外の何でもない。アンタだって興味のない男にそうされたら嫌だろ」
「そ、それは……」

 陽葵の厳しい口調に、栗林は言葉を詰まらせた。確かに自分が歯牙にも掛けない相手に触りたくはない。だけど。そこまで考えて栗林は叫ぶ。

「でも私はっ」
「それとも何? 自分に触られれば誰でも喜ぶとでも思ってんの?」
「え?」

 そんなの当たり前ではないか、栗林はそう思う。今までボディタッチした男たちは嬉しそうに鼻の下を伸ばしてきた。

「だとしたら、相当な勘違い女だね、アンタ」

 陽葵が冷たく言い放つ。その言葉に栗林の顔が紅潮した……怒りで。

「なっ……何なの!? 最っっ悪!! 顔が良くても中身は最低! 詐欺じゃない!」
「俺は元々だし、勝手にイメージ作って、都合のいい解釈したのはそっち。詐欺って言われる筋合いはない。大体不快な態度の相手にも紳士でいろとか無理。普通に接してくるなら普通に接するよ、いくら俺でもね」
「この顔だけ男! ホント信じらんない!」

 栗林の怒りは収まらない。陽葵の事を一瞬でも好きだと思っていたことが悔しくて仕方がない。ひたすら陽葵に罵詈雑言を浴びせていく。

「ねえ」

 しばらくそっぽを向きながら言われるがままになっていた陽葵が、不意に栗林に呼びかけた。

「何よ!」
「いいの?」
「何がよ!」
「かわいいアタシな演技、できてないけど。ギャラリーいるのに」
「え……はっ!!!!!」

 慌てて栗林は周囲を見回す。唖然とした顔をして男子達が栗林を見ていた。

「あ……」

 栗林の顔から血の気が引いていく。

「じゃ、俺はこれで」

 陽葵は再び踵を返すと何とも言えない空気の漂う栗林と野次馬共を残し、今度こそ場を離れた。歩きながらスマホを取り出し、時間を確認する。次の講義までまだ十五分ほどある。カフェオレは昼食時に飲みきってしまったので他の飲み物を買っていこうかと売店へ足を向けて、その途中で見てしまった。カフェテリアから出てきた、楽しそうに笑い合う都村と柊夜の姿を。
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