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本編
第17話 甘くて、苦くて……そして辛い
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ブラン・ノワールでの勤務を終え、柏木家を目指す。帰宅前に柊夜が家族にAINEで連絡を入れたら両親は父方の実家へ、姉は仕事仲間と飲み会とのことだった。白米だけは炊いてあるらしい。母の料理を楽しみにしていた陽葵に一応伺いを立ててみたが、何でも構わないとの返答だったので帰宅途中にスーパーに寄り、必要な材料を調達した。材料が欠けて作れないという事態を回避するためにすべての材料を買った。食料の在庫状況など気にしない、作れなくなる方が問題だ。
「ただいまー」
「おじゃまします」
柏木家に到着すると玄関や室内の電気は煌々と点いていた。家人不在をカモフラージュするためだ。誰もいないことは分かっていても挨拶は忘れない。挨拶は人としての基本である。
食料品以外の荷物を陽葵に託し自室に運んでもらうことにして、柊夜は台所へと向かう。手を洗ってから早速料理に取り掛かることにした。手の込んだものは苦手なので、本日のメニューはオムライス(ケチャップライスに薄焼き卵を載せるだけバージョン)と野菜スープだ。
野菜スープ用の野菜たちをざく切りにして時短のために電子レンジで加熱し、その間にケチャップライス用の野菜とウインナーも切っておく。スープ用の材料がある程度柔らかくなったらライス用の材料も同様に電子レンジにかけた。スープ用の野菜を軽く炒めてから水と固形スープの素、白ワインを投入してしばらく放置することにして、今度はケチャップライス用の野菜とウインナーをケチャップと共に軽く炒める。そこへ白飯を入れてさらに炒めたらあとは調味してから皿へ盛りつけた。合間でスープに丸ごとウインナーを四本を入れて再び放置を決め込み、薄焼き卵を焼いてケチャップライスに載せてからケチャップでそれぞれ『しゅーや』『はるき』と書いておく。最後にスープを器に装えば夕食の完成だ。
「ひいちゃん先輩、テーブル拭いといたよ」
陽葵がひょいっと台所に顔を出す。柏木家には中学生の頃から何度も訪れているので勝手知ったる、というやつだ。布巾のある場所も、柊夜が言わずとも把握していた。
「サンキュ。んじゃ、飯テーブルに運んでくれ」
「は~い」
「飲み物は?」
「ひいちゃん先輩と同じので」
「了解」
陽葵は自分の名前の書かれたオムライスに目を輝かせる。しかし、何か思いついたのかケチャップを手に取った。何かを書き足した後、盆の上にオムライスとスープを載せると鼻歌交じりにダイニングテーブルへと運んでいく。その様子を見て柊夜は安堵した。バイト中の陽葵は少し態度がおかしかったのだが、今現在はそうでもなさそうだ。冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐと、それを持って柊夜も陽葵の後に続いた。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ。俺もいただきまーす」
両者共に合掌する。柊夜はそう言えば陽葵は何を書いたのだろうかと改めてオムライスを見た。
「……おい」
「愛です」
「なんだこれは」
「愛です。大切なことだから二回言いました」
「こっちがお前のだろ」
「やだ。俺はこっちんがいいんだもん」
「なんでだよ」
陽葵が唇を尖らせる。オムライスの上に書き足されていたのは大きなハートマークだった。しかも柊夜のところに配膳されていたのはオムライスは『はるき』の方だ。つまり陽葵が食べようとしているのは大きなハートに囲まれた『しゅーや』の方である。新婚夫婦みたいなことをしないで欲しい。柊夜は半目になった。
「ハル、返しなさい」
柊夜が皿を交換しようと陽葵の方へ手を伸ばす。
「や~だ」
陽葵は取り返される前に素早く『しゅーや』ライスにスプーンを入れてぱくりと一口食べてしまった。
「あっ、こら!」
陽葵は口をもきゅもきゅ動かしながら渡さないと言わんばかりに皿を抱え込んでいる。
「子供か! あー、もう。俺がこっち食うか……」
しょうがない奴めと思いつつ、柊夜は『はるき』ライスを口にする。すると、素朴な味が口いっぱいに広がった。劇的にというわけではないが、普通に美味しい。スープも口にしてみたがまあ、美味しい。出来は悪くないなと柊夜が頷いていると、
「ひいちゃん先輩、ひいちゃん先輩。すごく美味しい!」
陽葵はホクホク笑顔だった。あまりにも満面の笑顔に、柊夜まで笑ってしまう。たまに我儘を言う陽葵だが、こういう憎めないところがあるからズルい。仕方ないな、と許せてしまう。
「そりゃよかった。たぁ~んと食べなさい」
「うん」
「後で暁ちゃんが持たせてくれたデザートも食おう」
「うん」
そうして二人は柊夜がバイトを休んでいた間にあった出来事などを話しながら、和やかに食事を楽しんだ。
「よく食べた~。ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした」
柊夜は笑いながら席を立ち、食器をまとめると盆に載せる。
「大ごちそうだったよ! 毎日食べたいくらい!!」
陽葵も立ち上がると、握りこぶしを作りながら力説した。
「えぇ? 俺は嫌だよ。飽きるだろ、オムライス」
「そういう事じゃなくてさぁ……」
「あ?」
「うう、何でもない……」
陽葵の肩ががっくりと落ちる。
「?」
その様子に柊夜は首を傾げたが放っておくことに決めて盆を持ち上げた。
「あ、待って。皿は俺が洗う。それくらいはさせてください」
陽葵が柊夜から食器の載った盆を奪い取る。
「そう?じゃあお願いするかな。その間に俺はデザート用の紅茶を淹れよう」
「よろしくお願いします」
柊夜と陽葵は役割分担を決めてそれぞれの作業に取り掛かった。カフェのバイトで鍛えた二人はこれくらいの作業はお手の物だ。あっという間に片づけを終える。それから冷蔵庫にしまっていたデザートを今度はリビングへと運んだ。本日のデザートはブラン・ノワール的レア商品、ヨーグルトケーキだ。暁が取り置きしておいてくれたものだ。柊夜がソファーに座りながらティーポットからカップに紅茶を注いでいると、陽葵が台所から戻ってきた。
「お疲れさん、ありがとな」
「こちらこそ美味しいご飯をありがとうございました、ひいちゃん先輩。あ、ヨーグルトケーキだ!やった」
ご機嫌な様子で柊夜の隣に腰を下ろす。フォークでケーキを掬い取って口に含んだ。爽やかでさっぱりとした甘みが体に染み渡る。
「……暁ちゃん、天才過ぎじゃない?」
「俺もそう思う」
柊夜もケーキを口にしながらこくりと頷いた。どんどんとフォークが進み、ケーキはあっという間になくなってしまった。最後に少し温くなった紅茶で喉を潤す。紅茶はダージリンのストレートティーだ。
「あの、さ、ひいちゃん先輩」
隣から遠慮がちに声がかかる。
「ん?」
視線だけ隣に投げると、陽葵は膝の上で手にした紅茶が入ったままのカップを見つめて俯いていた。
「今日もアイツ、来てたね」
「アイツ?」
「入浴剤作ってる会社みたいな名前の似非王子」
「……っ、都村な」
噴き出しそうになった。何とか堪えると、柊夜は冷静に答える。
「ひいちゃん先輩、前より嫌そうじゃなかったね」
陽葵の指摘は正しい。柊夜にとって都村はそれほど苦手ではなくなった。雑な家訓のなせる業だった。
「あー、まあ。友達になったからな」
「!?」
陽葵が目を見開く。
「あの手の人間は気が合わないことが多かったから苦手だったんだけど、話してみると意外に趣味の話とか合ってさ。んで、友達になった」
「で、でもアイツはっ!」
「ああ、好きとかっていう話か? 誰にでも言ってるんだろ、多分。モテるどころじゃねぇしな、アイツ」
柊夜は笑い飛ばすが、陽葵にはそうは思えなかった。都村が柊夜を見つめる目には『特別な相手に対する想い』を感じる。態度にもだ。柊夜が鈍すぎるだけで、分かる人には分かっているだろう。モヤモヤとした感情が、陽葵の胸の内に巣食う。
「もー! ひいちゃん先輩の馬鹿!」
ぺちぺち!
陽葵は柊夜の右腿を叩いて抗議した。
「はぁ? なんでだよ」
「ニブちんすぎ!」
ぺちぺちぺちぺち!
拗ねた陽葵による柊夜への小さな抗議は、しばらくの間続いたのだった。
「ただいまー」
「おじゃまします」
柏木家に到着すると玄関や室内の電気は煌々と点いていた。家人不在をカモフラージュするためだ。誰もいないことは分かっていても挨拶は忘れない。挨拶は人としての基本である。
食料品以外の荷物を陽葵に託し自室に運んでもらうことにして、柊夜は台所へと向かう。手を洗ってから早速料理に取り掛かることにした。手の込んだものは苦手なので、本日のメニューはオムライス(ケチャップライスに薄焼き卵を載せるだけバージョン)と野菜スープだ。
野菜スープ用の野菜たちをざく切りにして時短のために電子レンジで加熱し、その間にケチャップライス用の野菜とウインナーも切っておく。スープ用の材料がある程度柔らかくなったらライス用の材料も同様に電子レンジにかけた。スープ用の野菜を軽く炒めてから水と固形スープの素、白ワインを投入してしばらく放置することにして、今度はケチャップライス用の野菜とウインナーをケチャップと共に軽く炒める。そこへ白飯を入れてさらに炒めたらあとは調味してから皿へ盛りつけた。合間でスープに丸ごとウインナーを四本を入れて再び放置を決め込み、薄焼き卵を焼いてケチャップライスに載せてからケチャップでそれぞれ『しゅーや』『はるき』と書いておく。最後にスープを器に装えば夕食の完成だ。
「ひいちゃん先輩、テーブル拭いといたよ」
陽葵がひょいっと台所に顔を出す。柏木家には中学生の頃から何度も訪れているので勝手知ったる、というやつだ。布巾のある場所も、柊夜が言わずとも把握していた。
「サンキュ。んじゃ、飯テーブルに運んでくれ」
「は~い」
「飲み物は?」
「ひいちゃん先輩と同じので」
「了解」
陽葵は自分の名前の書かれたオムライスに目を輝かせる。しかし、何か思いついたのかケチャップを手に取った。何かを書き足した後、盆の上にオムライスとスープを載せると鼻歌交じりにダイニングテーブルへと運んでいく。その様子を見て柊夜は安堵した。バイト中の陽葵は少し態度がおかしかったのだが、今現在はそうでもなさそうだ。冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注ぐと、それを持って柊夜も陽葵の後に続いた。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ。俺もいただきまーす」
両者共に合掌する。柊夜はそう言えば陽葵は何を書いたのだろうかと改めてオムライスを見た。
「……おい」
「愛です」
「なんだこれは」
「愛です。大切なことだから二回言いました」
「こっちがお前のだろ」
「やだ。俺はこっちんがいいんだもん」
「なんでだよ」
陽葵が唇を尖らせる。オムライスの上に書き足されていたのは大きなハートマークだった。しかも柊夜のところに配膳されていたのはオムライスは『はるき』の方だ。つまり陽葵が食べようとしているのは大きなハートに囲まれた『しゅーや』の方である。新婚夫婦みたいなことをしないで欲しい。柊夜は半目になった。
「ハル、返しなさい」
柊夜が皿を交換しようと陽葵の方へ手を伸ばす。
「や~だ」
陽葵は取り返される前に素早く『しゅーや』ライスにスプーンを入れてぱくりと一口食べてしまった。
「あっ、こら!」
陽葵は口をもきゅもきゅ動かしながら渡さないと言わんばかりに皿を抱え込んでいる。
「子供か! あー、もう。俺がこっち食うか……」
しょうがない奴めと思いつつ、柊夜は『はるき』ライスを口にする。すると、素朴な味が口いっぱいに広がった。劇的にというわけではないが、普通に美味しい。スープも口にしてみたがまあ、美味しい。出来は悪くないなと柊夜が頷いていると、
「ひいちゃん先輩、ひいちゃん先輩。すごく美味しい!」
陽葵はホクホク笑顔だった。あまりにも満面の笑顔に、柊夜まで笑ってしまう。たまに我儘を言う陽葵だが、こういう憎めないところがあるからズルい。仕方ないな、と許せてしまう。
「そりゃよかった。たぁ~んと食べなさい」
「うん」
「後で暁ちゃんが持たせてくれたデザートも食おう」
「うん」
そうして二人は柊夜がバイトを休んでいた間にあった出来事などを話しながら、和やかに食事を楽しんだ。
「よく食べた~。ごちそうさまでした!」
「はい、お粗末様でした」
柊夜は笑いながら席を立ち、食器をまとめると盆に載せる。
「大ごちそうだったよ! 毎日食べたいくらい!!」
陽葵も立ち上がると、握りこぶしを作りながら力説した。
「えぇ? 俺は嫌だよ。飽きるだろ、オムライス」
「そういう事じゃなくてさぁ……」
「あ?」
「うう、何でもない……」
陽葵の肩ががっくりと落ちる。
「?」
その様子に柊夜は首を傾げたが放っておくことに決めて盆を持ち上げた。
「あ、待って。皿は俺が洗う。それくらいはさせてください」
陽葵が柊夜から食器の載った盆を奪い取る。
「そう?じゃあお願いするかな。その間に俺はデザート用の紅茶を淹れよう」
「よろしくお願いします」
柊夜と陽葵は役割分担を決めてそれぞれの作業に取り掛かった。カフェのバイトで鍛えた二人はこれくらいの作業はお手の物だ。あっという間に片づけを終える。それから冷蔵庫にしまっていたデザートを今度はリビングへと運んだ。本日のデザートはブラン・ノワール的レア商品、ヨーグルトケーキだ。暁が取り置きしておいてくれたものだ。柊夜がソファーに座りながらティーポットからカップに紅茶を注いでいると、陽葵が台所から戻ってきた。
「お疲れさん、ありがとな」
「こちらこそ美味しいご飯をありがとうございました、ひいちゃん先輩。あ、ヨーグルトケーキだ!やった」
ご機嫌な様子で柊夜の隣に腰を下ろす。フォークでケーキを掬い取って口に含んだ。爽やかでさっぱりとした甘みが体に染み渡る。
「……暁ちゃん、天才過ぎじゃない?」
「俺もそう思う」
柊夜もケーキを口にしながらこくりと頷いた。どんどんとフォークが進み、ケーキはあっという間になくなってしまった。最後に少し温くなった紅茶で喉を潤す。紅茶はダージリンのストレートティーだ。
「あの、さ、ひいちゃん先輩」
隣から遠慮がちに声がかかる。
「ん?」
視線だけ隣に投げると、陽葵は膝の上で手にした紅茶が入ったままのカップを見つめて俯いていた。
「今日もアイツ、来てたね」
「アイツ?」
「入浴剤作ってる会社みたいな名前の似非王子」
「……っ、都村な」
噴き出しそうになった。何とか堪えると、柊夜は冷静に答える。
「ひいちゃん先輩、前より嫌そうじゃなかったね」
陽葵の指摘は正しい。柊夜にとって都村はそれほど苦手ではなくなった。雑な家訓のなせる業だった。
「あー、まあ。友達になったからな」
「!?」
陽葵が目を見開く。
「あの手の人間は気が合わないことが多かったから苦手だったんだけど、話してみると意外に趣味の話とか合ってさ。んで、友達になった」
「で、でもアイツはっ!」
「ああ、好きとかっていう話か? 誰にでも言ってるんだろ、多分。モテるどころじゃねぇしな、アイツ」
柊夜は笑い飛ばすが、陽葵にはそうは思えなかった。都村が柊夜を見つめる目には『特別な相手に対する想い』を感じる。態度にもだ。柊夜が鈍すぎるだけで、分かる人には分かっているだろう。モヤモヤとした感情が、陽葵の胸の内に巣食う。
「もー! ひいちゃん先輩の馬鹿!」
ぺちぺち!
陽葵は柊夜の右腿を叩いて抗議した。
「はぁ? なんでだよ」
「ニブちんすぎ!」
ぺちぺちぺちぺち!
拗ねた陽葵による柊夜への小さな抗議は、しばらくの間続いたのだった。
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