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本編

第11話 マック□ク□スケが可愛いとは限らない

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「ねえ、藤真くん。今日飲みに行こうよ、二人で。すごくおしゃれな店教えてもらってね、一緒に行きたくて」

 午前の講義が終わり、隣の席の美佐が都村へと話しかける。美佐のさらりと右肩に流した栗色の長い髪は艶やかで、手入れがよく行き届いていた。都村は美佐が自分のために手入れを頑張っていることを知っている。付き合いが長い分、互いに互いを理解していた。美佐の頑張りは好ましいし、可愛らしいと思っている。けれど今の都村には優先したい存在がいる。

「ごめん、美佐。今日は用事があるんだ。飲みに行くのはまた今度にしてもらえる?」
「……っ」

 都村が言うと、美佐の眉が下がった。

「よ、用事があるなら終わるまで待つよ。そのあと二人でーーーー……」
「美佐」
「っ、」

 都村は笑顔だがその声には圧が感じられ、美佐は言葉を飲み込んでしまう。

「いつまでかかるかわからないんだ。相手があることだから、ね」

 聞き分けろ、ということだ。それが分からないほど美佐は鈍感ではない。いろいろ思うことがあろうとも、今は退かなければならないのだと理解することが出来る。

「無理言ってごめんなさい、藤真くん」

 美佐が謝罪すると、都村はふわっとした王子然とした雰囲気を取り戻した。そのことに安堵する。美佐のよく知っている『いつもの藤真くん』の姿だ。

「こっちこそごめん。ちょっと待って。そうだな……」

 都村も謝ると、ポケットからスマホを取り出した。指先で画面を操作していく。

「明日か明後日は……ないか。美佐も大丈夫なら、明日か明後日なら一緒に飲みに行こう。あ、他の皆も誘う?」

 スマホをしまいながらニコニコと提案した。

「じゃあ、明日。明後日も一緒にいたい。二人がいいの、お願い」
「わかった、約束」

 ぽん、と都村の手が美佐の頭に軽く触れ、それからあっさりと離れていく。またね、と言いながら都村は去っていった。美佐はその後ろ姿を見つめながら拳を握りこむ。
 ぽたり、赤い滴が地面に吸い込まれていった。












「来ちゃった」
「……いらっしゃいませぇ」

 カラン、とドアベルが鳴り振り向いた先には見知った人物が愛想よく手を振りながら立っていた。頬が引きつりそうになるのをこらえつつ、柊夜は何とか都村に挨拶をする。客商売は笑顔が大事なのだ。席に案内しオーダーを受けて貴匡に通した後足早にバックヤードに入る。

「またアイツ来てんの?」
「コーラ、お客様なんだからそんなこと言わない」

 バックヤードからホールを覗きながら陽葵が嫌そうな声を出した。そんな陽葵の額を小突いて柊夜が注意するが、陽葵は未だご機嫌斜めだ。

「何なのアイツ、毎日来てんの?暇なの?」
「ああ、違う違う。お前らのシフトの日だけだよ」

 陽葵がブツブツ文句を言っていると、皿洗いをしながら黒髪長身眼鏡の青年が答えた。小嶋伊月、ブラン・ノワールのバイトの一人であり、柊夜たちとは別の大学の三回生だ。就職活動中なこともあり、常に疲労感が漂っている。
 伊月は泡立てたスポンジで皿の汚れを手早く洗い落としていく。 

「どゆことスか、伊月さん?」

 陽葵が疑問を口にした。何故都村がピンポイントに柊夜たちのシフトの日に来店できるのかが分からない。

「こないだオレがホールの時に柊がいついるか訊かれたんで、向こう二週間のシフト教えたんだよね」

 伊月は泡まみれの皿を水で洗い流しながら、平然と言った。

「「何やってくれてんだ、アンタ!!!」」
「え、怒ること?コレ」

 陽葵と柊夜の剣幕に伊月の肩が跳ねる。手が滑って皿を落としそうになったが慌ててキャッチした。

「個・人・情・報!!」
「個人情報あっさり漏らしちゃうような人間は会社に採ってもらえないんじゃないっスかね」
「やめろ!ただでさえ就活滞ってんのにそういうこと言うな!!」

 陽葵の一言は就職活動で疲労困憊していた伊月の心を抉った。その目尻にはうっすらと涙が滲んでいる。しかし陽葵は悪びれない。

「本当のこと言っただけだし。ひいちゃん先輩に害為す伊月さんが悪い」
「はぁ? 害って何よ」

 陽葵はツンと外方を向いた。柊夜は苦笑いだ。

「伊月さん、ハルがすみません。都村……あのイケメンは俺らと大学一緒なんです。俺が女装でバイトしてるのがバレるリスク高いんでできればあんま関わりたくなかったもんで」
「ああ、そうなのか。それじゃ確かに悪いことしたな」
「……それだけじゃねーし」
「? ハル、今何か言ったか?」
「別に」
「どこぞの女優か、お前は」

 柊夜が伊月に説明していると、陽葵がぼそりとイライラしたように呟いた。柊夜が聞き取れずに訊き返したが陽葵はふてくされており、返答はない。そんな陽葵の頭を一撫でしてから柊夜はまたホールへと戻っていった。都村にブルーマウンテンを届けに行ってそのまま捕まっている様子を陽葵がひどく不機嫌そうに睨んでいる。それを見て伊月はいろいろ察した。

「へぇ、面白そうなことになってきたな」

 そう呟いて、伊月は脳内に人物相関図を浮かべる。柊夜以外のブラン・ノワールのスタッフは全員、陽葵が柊夜に向ける感情がどういったものであるか知っている。そのことに特に偏見のある人間もいないので皆で微笑ましく見守っているのが現状だ。
 伊月が口の端を持ち上げながら蛇口を閉め、布巾を手に取る。伊月にとっても柊夜と陽葵は弟のようで可愛がっている。が、陽葵は時々ものすごく小生意気だ。少し灸を据えてやるかと悪戯心が湧き、小生意気な後輩の恋路が不利になるように脳内で画策していると、その小生意気な後輩と視線がぶつかった。まずいと思い、反射的に目を逸らす。陽葵は伊月の背後に回った。ポンと伊月の両肩に手を置く。そして伊月の顔を覗き込むようにすると笑顔を浮かべた。

「……余計なことやったり言ったりしないでくださいね?」

 禍々しさに満ちた微笑みを湛えながら告げられた言葉に、伊月は一瞬で恐怖へと叩き落とされる。『この後輩が怖い20××』があるならば、伊月にとっての第一位は間違いなく陽葵だ。笑顔がマックロクロスケだ。こんな可愛くないマックロクロスケは見たことない。

「すいませんっした……」

 陽葵相手に余計な悪戯心は二度と抱かないようにしよう、そう心に決めて伊月は黙々と洗った皿の水分を拭き取るのだった。


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