巣作りΩと優しいα

伊達きよ

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巣作りΩと優しいα

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クローゼットから引っ張り出してきた沢山のシャツ。せっかく丁寧にアイロン掛けしてあるが、くしゃくしゃにして1番下に敷く。明日の朝にもう一度アイロンでピシッと綺麗にすればいいだろう。
シャツが並ぶそこに、普段着やジムに行く時用のトレーニングウェアやタオル、冬に使っている布団や毛布を重ねる。いつも使っている小物類は巣の側に並べて置いておく。とにかく、何でもかんでも、杵崎(きざき)の持ち物を彼のベッドの上に集合させてから、進(しん)は満足そうにその中心へと潜り込んだ。

「んんんぅ~~」

当たり前だが、どこもかしこも杵崎の匂いがする。
まるで彼に包まれているような安心感に、進は丸めた手足を、しびび、と震わせた。猫が地面に体を擦り付ける時のように、ころんころんと寝返りながら杵崎の私物で体を擦る。
普段杵崎が使っている枕に抱きつくように足を絡めながら、進は杵崎のとっておきの私物をズボンの後ろポケットから取り出した。

「……っはぁ」

進はそれを鼻先に押し当てて、身を捩る。知らず、下半身がみっともなく揺れて、爪先が杵崎のシャツを蹴る。

「ん……やば……濃い…、この匂い……」

普段、「すましている」だの「しかめっ面」だのとしか形容されない進の顔が、とろ、と蕩けるように緩む。
くん、くん、と鼻を鳴らして、その布に頬擦りして、端の方を口で摘むように噛んでみる。少しずつ染み込んだ涎で水分を含んだ布を、じゅ、と吸い上げると、杵崎の匂いを溶かして飲み込んだような気がして、気分が高揚する。
気が付けば、進のズボンの前は、痛いほどに張り詰めていた。



発情期が近い、もしくは発情期に入ったΩは「巣作り」という、本能からに基づいた行為をしばしば行う。巣作りとはまさにその名の通り「巣」を作る事である。鳥が、自身にとって安全で安心な場所である「巣」を作り上げるように、Ωも、自分にとって最も安らげる場所を作るのだ。
その材料は木の枝や藁ではない。巣作りの主な材料は、「番であるαの匂いが染み付いた私物」。 番のαの香り、それは、Ωとって何よりの精神安定剤となる。

Ωの雄である進もまた、例に漏れず巣作りに励んでいた。

進は片手で布を握りしめたまま、もう片方の手を下半身に持っていく。性急に、焦るように指を縺れさせながらベルトを緩めて、既にぐっしょりと濡れて色を変えているボクサーパンツの前を撫でる。触れただけで、くちゅ、と湿った音がして、進は僅かに頬を染めた。
だが、照れる必要などない。今ここには、進以外誰もいないのだから。ただひたすら、愛しい男の匂いが充満した巣の中で、思う存分自分の性欲を満たす事が出来る。
Ωとしての本能からか、後ろの孔が何度も収縮して、じんわりと濡れそぼっていくのがわかる。進は、手の中の布を口元に押し当てながらうつ伏せに転がり、尻を突き出すようにして下半身を持ち上げた。
足で蹴るようにズボンを脱げば、引きずられるようにパンツも脱げて、半分以上尻が剥き出しになる。

「はぁ、杵崎さ、ん……好き…、好きぃ……」

いつもは言えないような事を声に出して、更に興奮を高めていく。

「好き、好き、もっとぉ……」

涎に塗れた手の中の布に鼻を埋めて、もう片方の手で、センスの良いシャツを掴む。それを着ている杵崎の姿を頭の中に思い描き、匂いを嗅いで胸の中を満たす。

もう我慢できないと、後ろ手に尻に手を這わせた、その時。


ガチャッ


無機質な金属音に、進の腰が跳ねる。
続いて響く、扉の開閉音、そして足音。

「ただいま、……あれ、嘘……シンくん、来てるの?」

ドッ、とあり得ない程の冷や汗が背中と額に浮かぶ。進は慌てて現場をどうにかしようと、とにかく目の前の服をかき集めた。

「……いや、やだ、待って、待って待って待って……っ」

震える小声で呟きながら、ベッドから降りようとするが、膝の辺りに溜まって引っかかったズボンとずり下がったパンツがそれを阻む。

「珍しいね。嬉しいな、君が連絡もなしに来てくれるなんて。……あれ?シンくん?」

リビングに直行したらしい杵崎の、不審そうな声が響く。きっと、思った場所にいなかったからだろう。他の部屋のドアを開閉する音と共に、足音が近付いてくる。

「お風呂?じゃないよね……、シンくん、もしかして寝室?」

進は最早半泣きになりながら、かき集めた服や小物を隠すように腕に強く抱きしめた。

「シンく……っ!」

寝室のドアが開き、薄暗い部屋に廊下の明かりが射し込む。

杵崎が、驚いたように言葉を失くす。

それは驚くだろうだろう。驚いて当然だ。
仕事を終えて家に帰ってみれば、自分のベッドに、下半身を剥き出しにした番が寝そべっていたのだから。しかも、これでもかというほど服やらタオルやらこんもりと盛って。衝撃映像にも程がある。

せめても、剥き出しの下半身を隠すようにうつ伏せて丸まった体勢のまま、進は恥ずかしさと情けなさと、ごちゃごちゃになった感情を杵崎にぶつけた。

「もっ、…今、入ってくるなっ……!」

「えっ、えっ、なんっ、……えっ!?」

半泣きになりながら怒鳴る進に、杵崎が慌てたようにドアを閉めようとして、しかし涙を浮かべる進を見てやはりまた部屋に踏み込んで来て、進の握りしめた物を見て目を丸くして、そして、進に負けないくらいに顔を赤くした。

「えっと、それ……、僕の下着、かな……?」

はは、と頬を痙攣らせて冗談のように茶化して聞いてくる杵崎の顔は、しかし決して嫌がっているようには見えない。むしろ、どこか嬉しそうな顔だ。
しかし、目の前が赤く染まる程の羞恥に襲われている進には、杵崎の表情をしっかりと窺う余裕なんてなく。

「う、いっ、あっ……!かっ、帰ってくるなよ馬鹿ぁっ……っ!!」

「えっ、ええっ!!」

進は、とんでもなく理不尽な事を喚きながら、手に持った布切れ、杵崎の使用済みの下着を握りしめた手を、ベッドに叩き付けた。





進と杵崎は、まごう事なき「αとΩの番夫婦」だ。
といっても、元から恋人同士で番契約を結び、結婚に至った、という訳ではない。今流行りの「お見合い結婚」だ。

優秀な種であるαを増やすためか、国はαとΩの夫婦に何かと手当てを支給してくれる。手当てに加え、税の控除等もあるので、まともな職に就きづらく収入面に不安を抱えがちなΩにとっては、αとの番契約、そして結婚は、とても魅力的だ。1人で生きていくより、αと番契約を結んで結婚してしまった方が断然生きやすいのだ。
そういったΩ達の需要を受けて、世では今、「お見合い斡旋所」が流行っている。手っ取り早く結婚相手を見つけるには、同じく結婚したいと考えている相手の中から見つけた方が、間違いなく効率が良い。後はその中から、条件に見合う相手をチョイスするだけだ。
という訳で、「愛の有り無しは別として、スピード結婚したいならお見合い斡旋所」という言葉が、結婚希望のΩの中では常識になっていた。



進は、場末のバーでバーテンダーをしていた。死ぬ程酒が好き、という訳ではなかったが、カクテルという物を、そしてそれを作る事をとても好いていた。
バーテンダーとは言っても、そのバーは勿論進の物ではない。進はただの雇われの身だ。Ωが自分の店を持つなど、αのパートナーか、パトロンでもいないと、まず無理な話だ。

進は、結婚したかった。
はっきり言って愛のためではない。進が結婚したいのは、バーテンダーとして、自分の店を持ちたかったからだ。
別にパートナーとなったαに出資して貰うつもりはない。ただ、独身Ωという身分だと、どこの銀行も金を融資してはくれないのだ。それに、安い給料で店の資金を捻出するのは難しい。
αとΩ向けの夫婦手当てや税の控除を最大限に利用して金を貯めつつ、パートナーのαに頭を下げて頼み込んででも名義を借りて、そして、店を持つ。それが進の結婚の目的だった。

その計画の為に、進にしてみれば馬鹿高い登録料を「お見合い斡旋所」に払い、相手を探しまくった。
進が求めるのは恋愛相手ではない、結婚相手だ。結婚後も別居可、お互いのプライベートに干渉無し、見せかけだけの偽装結婚、それが進の結婚の条件だった。そして、それを元に、選びに選び抜いた相手、それこそが「杵崎龍太郎」であった。
杵崎は、αにしては推しが強くなく、おっとりとしており、穏やかな性格だった。夫婦別姓だろうが、別居婚だろうが気にしない。仕事も自由、プライベートも自由、何も縛るつもりはない、という、正に進が求めていたような相手だった。

杵崎は、「性的な事をする特定の相手が欲しい」という理由で結婚相手を探していたらしい。元々性欲は強くないが、時には発散もしたい。ただ、その為だけの相手をその都度探すのも、奥手な自分には向かない。
一生その人だけでも構わないから、欲情した時だけ必ずお相手をしてくれるΩを探していた、と、初めて会った時に杵崎は語った。
この上なく好条件だ。ただ定期的にセックスの相手さえすればその他諸々結婚の煩わしい所を免除してくれるなんて、進にしてみれば願ったり叶ったりだ。進にとって、セックスのハードルはそんなに高くなかった。

という訳で、僅か2回のデートで、杵崎と進は結婚を決めた。式も無し、ただ役所へ必要書類を提出するだけの結婚。入籍したその日でさえ、2人は共に食事を取る事すらなく、別々の家に帰った。
最高の条件、最高の結婚。進にとってこれ以上喜ばしい事はなかった。


だが、たった一つだけ、とんでもないイレギュラーが発生した。
たった一つ、されど一つ。

進は、杵崎の事が本気で好きになってしまったのだ。




今思えば、初めて会話した時から、「ビビビッ」と来てしまっていた。柔和な顔立ちに優しい笑顔、シンプルな眼鏡の縁に隠れた泣きホクロ。少し癖っ毛のくしゃっとした黒髪。
進のどんな話にも「うん、うん」と頷いて笑ってくれる穏やかさ。立ったまま話す時は、必ず進に耳を近付けてくれるように少し膝を屈めてくれる気遣い。
Ωのくせに、と進を馬鹿にしない。進というより、店の店員だろうが、すれ違う人だろうが、道に寝そべる猫だろうが、杵崎は、誰も何も馬鹿にしない。
穏やかに、穏やかに生活する杵崎。

ふんわりほのぼのとしている癖に、セックスの時はそれなりに激しい。頸だけではなく、体の至る所に噛み跡を残し、一晩で必ず3度は進の中で果てる。進の事はそれ以上にイカせたがるので、杵崎とした次の日は、大抵腰が立たない。
つまりそう、心も体もメロメロなのだ。

だが、杵崎が望んでいるのは、必要な時の体の関係だけ。進だってそれを望んで結婚したのだ、文句なんて言える筈もない。
なので、絶対に、絶対に絶対に気持ちがバレないように、接するのは、杵崎の求める時だけにした。どんなに恋しくても、どんなに会いたくても、歯を食いしばって耐えた。
たまの性交渉の時も、間違っても「好き」なんて言わないように、最中はずっと声を我慢している。自分から動きそうになる腰を抑えて、杵崎の欲望を果たすためだけに、機械的に動くだけに努めた。
結婚して、数ヶ月。ずっとそうやって来たのだ。


だが、ある時ふと、限界が来た。


進はある日、杵崎に「必要な時に使って」と渡されていた合鍵を使って、夢遊病のように杵崎の家に忍び込み、杵崎の私物を集めて、「巣作り」をした。
「巣作り」は、Ωの本能だ。番のαの匂いに包まれて、安心しきって眠る。時にその匂いに触発されて発情して、精を放ってまた眠る。自身で作り上げた最高の「巣」の中で、Ωはそうやって過ごすのだ。
「巣作り」をした日は、運良く杵崎の出張の日だった。進は、浅ましい自分の姿を杵崎に見られなかった事にホッとした。ホッとして、そして、味をしめてしまった。

それ以降、杵崎の出張の日をさり気なく聞き出しては、その間に家に忍び込んで「巣作り」に励んだ。
最初はシャツ1枚から始まり、仕事着や私服、タオルや布団、果ては小物に至るまで、杵崎の匂いがする物は、何でもかんでも巣に持ち込むようになった。欲望は止まる事なく、最近はもっと杵崎の匂いが強い物を集めるようになってしまった。
例えばそれは、杵崎の、使用済みの下着……。





「シンくん、まさか君がこんな事をしていたなんて……」

「いや、これは、違う、違うから、その……」

呆然と呟く杵崎に、少しだけ冷静になった進は、首を振って返す。体を起こし、足元の杵崎の服を引き寄せ、かけてそれを止める。
自分の体を自分の手で隠しながら、ゆるゆると首を振る。

「違う、違うから、違う……」

言っているうちに、進の目尻に溜まった涙が、ぽろりと零れ落ちる。
だが、半分脱げたズボンもそのままにそんな事を言ったって、少しも信用なんてしてもらえないだろう。

杵崎は、気が付いた筈だ。こんなとんでもない事をする程、進が自分の事を愛しているのだと。そしてきっと、杵崎は拒絶する。
杵崎にとって、こんな愛は迷惑な筈だ。杵崎の結婚相手の条件に「巣作りする人」なんて書いてはいなかった。なんにせよ、こんな、気持ち悪い行動をするΩなど、お断りに違いない。

「り、離婚は……、その、ちょっと待って欲し……」

「えっ!?」

驚いたような声を上げる杵崎に、進はびくりと肩を跳ねさせて、更に涙を零す。
どうやら、離婚は待ったなしのようだ。

「あ、いや、悪い。勝手な事言って……すぐにでも手続きを……」

「馬鹿な事を言うな」

唐突に、強く、腕を掴まれる。
いつの間に距離を詰めていたのか、杵崎は俯く進の顎を掴んで、ぐいっと上向かせた。進はその痛みに眉を顰めた。

「いっ……!」

「離婚?する訳ないだろう。何をおかしな事を言っているんだ」

涙で視界が霞んでいるからだろう。杵崎が見た事もないような怖い表情を浮かべているように見えた。
が、瞬きをした後に改めて見たその顔は、いつもの情けない困り笑顔で、進は自分の見間違えに、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「……あっ、痛くしてごめんね。あの、巣作りって、Ωの本能なんだよね?」

「え、あ、……うん」

「なら何も恥ずかしがる事ないじゃないか。これって、番として当然の行動だろう?」

「………………う、ん」

巣作りは、深い愛情故の行動だ。どうやら杵崎はそれを知らないらしい。単純に、進が本能で動いたとのみ思っている。
進は、誤魔化すように目を伏せながら、こくりと頷いた。

「あ、ただ、僕がいない時に何かあると心配だからさ、今度からは僕が居る時に巣作りをしなよ」

「……えっ!?」

思いがけない言葉に、進は目を見開いて杵崎を見上げる。杵崎はそんな進を見下ろして、にっこりと微笑んだ。

「巣作りに使う「物」は、さ。より番の匂いが濃い方がいいんだよね?」

「う、ん」

「なら、僕自身を使えばいいじゃない」

杵崎は、自分の服が散らばるベッドの上に、乗り上げてきた。進にのし掛かるのように、ゆっくりと。
そして杵崎は、未だ進が握り締めたままだった自身の下着を、その手から引き抜く。

「本物を、あげるよ」

進は目を眇めて杵崎の表情を見ようとしたが、逆光で、彼の目が、顔が、よく見えない。

「ね、シンくん」

頭がくらくらする。杵崎の匂いがきつすぎるのだ。

進は崩れ落ちるように、その腕の中へと身を預ける。優しい顔に似合わない逞しさで抱きとめた杵崎は、進の顎を持ち上げ、蕩けきった顔を堪能するように眺める。

「シンくん」

「ん、ん……」

返事がぐずぐずになってしまった。目の前の唇に口付けたくて、その舌を口腔に捻じ込まれたくて堪らない。貪られるように舐め回されて、強く舌を吸われたら、なんて考えるだけで、後孔が、きゅう、と締まって、とろとろとした体液が滲むのがわかる。

「ん……ふぅ…」

杵崎は目を眇めながら、進の願った通りに口付けてくれた。キスの合間に、進の鼻からは甘えるような吐息が漏れる。
自分が自分でなくなったような恥ずかしさを感じながら、それでも体は正直だ。するすると腕を杵崎の首へと回してしまう。
と、足元で衣擦れの音がして、自分が杵崎の服に埋もれていた事を思い出す。杵崎の服はくしゃくしゃになって、所々進の体液が付着しているのも見える。それを見た進の顔から、さぁ、と血の気が引く。

「んん……、杵崎さ、…服……服、よごしちゃ……ぅうっ!」

焦って吐き出した言葉の途中で、尻孔にするりと指を挿し込まれて、進は大きく仰反った。指の持ち主は勿論杵崎だ。杵崎はそのまま、くちくちと浅い所を弄った後、2本指を使って、くぱ、と孔の縁を伸ばして開く。
そんな事をすれば、杵崎の手を伝って、浅ましいΩの体液がぽたぽたと、更に零れ落ちてしまう。

「やっ、杵崎、さっ、んっ!」

「いいよ、もっとシンくんので、汚してよ」

杵崎は相変わらず優しげに進の耳元に囁く。まるで「気にしなくていい」と言いたげな、気遣わしげな言葉だが、そもそも服を避ければ、尻孔から指を抜いてくれれば、それでいい筈なのだ。だが、杵崎は抗おうとする進をその体で押し留める。

「うっ、あっ、やっ、はぁ、あんっ」

杵崎は、進の体を知り尽くしている。
どこを触られれば腰が砕けそうな程によがるか、唇を噛み締めて仰反るか、物足りなくて腰を擦り付けるのか。わかっていて、指を動かし、進を思う様乱れさせる。

「シンくん、シンくん、僕に、もっと見せて……君の全てを……」

まるで子供をあやすように言われて、腰を持ち上げられて。
いつの間にか、緩められたベルトとズボンの合間から覗く杵崎のペニスの上に尻をあてがわれていた。

「あ…、う……?」

指だけで、散々に嬲られて、意識も朦朧となった進は、くたん、と力なく首を傾げて、虚な目で杵崎を見つめる。

「……こうや、ってっ」

「ひゃうっ!」

杵崎が、進の腰を掴んでいた手を離した。重力に負けた体は下に落ち、杵崎のペニスが、進のアナルへとずっぷりと挿さる。進は無防備に喉仏を晒しながら、天を仰いだ。

「挿れた瞬間、ドライでイッちゃう所も」

「はっ、あっ、ああ…ああぁ…っ」

進の中が、意図せず、きゅうう、と杵崎のモノを締め付けた。触られていないペニスが、ひくひくと蠢き、下腹部が波打つ。
杵崎の言葉通り、進はドライオーガズムで絶頂へと達していた。まだ絶頂の余韻に浸る進を、杵崎は容赦なく己のペニスで突き立てる。

「あっあっあっ、うっ、ううっ!いやぁっ!」

「前立腺を擦られると……っ、すぐ僕にしがみついちゃう所も」

舌を突き出して喘ぐ進には、杵崎の言葉を意味のない音の羅列としてしか認識出来ていない。ただただ、激しく揺さぶられ、気持ちいい所を突かれる快感に酔いしれていた。

「……はぁっ、奥の奥まで、こじ開けられるように、挿れられるのが、好きな所も…っ全部、僕だけに…っ」

「あっ、くぅっ、ううっ、杵崎さ…っ、きざきさ…んんんんっ!!」

肩を抱かれて、抱き込まれて、ぐり、と下半身を押し付けられる。杵崎の陰毛が尻を擦るくらいに、深く深くペニスを穴の奥へと突き挿れられた。
体を突き抜ける激しい快感に、進は必死で、杵崎の肩にしがみつく。肩口に噛み付くように口を当てながら、ぽろぽろと涙を零して「ひぅ、ひぅ」と情けなく息を継ぐ。

「ひっ、ひぅ、きざきさっんっ、いく、もっ、いくぅっ……っ」

「っいいよ、イッて…、僕も、……っ中に出すよ」

杵崎が、より力強く進を抱き締める。
対面座位で、宙に浮かんだ進の足が、ぴんっ、と跳ねた。体が、足先が、痙攣したようにぴくぴくと震えて、伸びて、やがて、力を失ったようにくったりと落ちた。

長い射精を終えて、杵崎は進を持ち上げて、ゆっくりとペニスを進の中から引き抜く。
ぬぽっ、という濡れた音と共に、杵崎の精液と進の体液とが混ざった白い粘液が、垂れる。進の太腿を伝うそれを、薄い笑顔を浮かべて眺めながら、杵崎は、進をベッドへと優しく横たえる。ひく、ひく、と時折体を跳ねさせる進は、目を閉じたままだ。杵崎の言葉も聞こえていないだろう。

杵崎は涙や涎で濡れた進の頬へ手を伸ばすと、愛しげにするりと撫で、キスを落とした。

「可愛い、シンくん。シンくん、……愛しているよ、俺の番」

杵崎の囁きは、誰の耳にも届くことなく暗闇の中へと吸い込まれて、やがて消えた。






目が覚めると、ベッドに腰掛けたまま、杵崎がパソコンを操作していた。
穏やかで柔和な顔立ちからは想像し難い、たくましいその裸体に、昨晩の激しすぎる行為を思い出し、進は寝起きからどぎまぎしてしまう。

「あ、おはよう、シンくん」

「……はよ」

進の視線に気が付いたのか、穏やかに朝の挨拶を降らせてきた杵崎に、進は照れたように小さな返事を返す。
と、進はある事に気が付いて、首を傾げて杵崎を見上げた。

「あれ?眼鏡、しなくていいのか?」

目が悪い杵崎がパソコンを扱うなら、眼鏡が必須の筈だ。しかし今の杵崎の目元には、何も付けられていない。
眼鏡をしていない杵崎は、普段より目付きが鋭く見える。柔らかな雰囲気が霧散し、どことなくきつい印象だ。

「ん?ああ、全く見えない訳じゃないからね、大丈夫だよ」

「そっか……」

杵崎の言葉に、進は曖昧な返事を返す。眼鏡をしていない杵崎の顔は、見ていてどことなく落ち着かない気持ちになる。

「……シンくんは、眼鏡をしている人の方が好きなんだよね」

「え?あ、あー……そうかも」

進の好みは、知的で穏やかな人。そう言った意味では付けているだけで何となく知的に見える眼鏡というアイテムも、「好き」という部類に入るかもしれない。
進の返事に、杵崎は嬉しそうに微笑む。

「僕の眼鏡も、好き?」

「……馬鹿言ってんな」

進は誤魔化すようにそっぽを向く。と、見るとはなしに視線を送った先に、杵崎の持つ、パソコンの画面があった。

「それ、……物件?」

画面に映っているのは、どうやら部屋の間取りのようだ。かなり広めの部屋に見えるが、まさか……

「杵崎さん、引っ越す、のか?」

「ああ、うん。不動産を扱っている知人が、何件か良い所を紹介してくれてね」

「そ、か……」

杵崎が引っ越すにせよ、しないにせよ、自分には全く関係のない事だ。夫婦であるが、プライベートには不干渉。進は少し悲しくなって、顔を俯けた。

「えっと。……ね、シンくん自分のお店持ちたいって言ってたでしょ?」

「え、あ、……うん」

「シンくんのお店にどうかなって、友人が空き店舗を調べてくれて、……ほら」

杵崎が、笑いながらパソコンを進の方へと向けてくる。進は目をぱちくりとさせて、画面と、杵崎とを見比べた。
パッと住所を見ただけだが、かなり立地条件の良い店舗だ。間取り的にも問題ない。問題ないどころか、はっきり言って、良すぎる。

「でもこの店、シンくんの家からはちょっと遠くてさ……」

確かにそうだ。通うにしても、流石に今の家からは厳しい。だが、店候補は所謂、一等地に建っている。その店の付近は、進がおいそれと引っ越せるような所ではない。

シュン、と肩を落とした進に、杵崎がおずおずと声を掛けてくる。

「あ、あの、シンくん」

「……ん?」

「僕が引っ越しを考えてる部屋が、そのお店に結構近くてさ。ど、どうかな……その、シンくんさえよかったら、引っ越しついでに一緒に住まない?」

にこ、と微笑む杵崎の頭の上に、天使の輪っかが見えた。その背後からは、ぱぁ、と明るい後光が射している。
進は、ぱくぱくと情けなく口を動かしてから、「あ」「う」と無意味な音を発した後、

「か、考えさせてくれ……」

と、言葉を濁した。
勿論、答えは一つしかないし、考える必要もなにもないのだが。
それでも、すぐさまホイホイとOKを出すと、「何がなんでも一緒に暮らしたい」と言う気持ちがバレてしまいそうな気がして、進は、誤魔化すように視線を逸らした。

「……うん。良い返事、待ってるね」

杵崎は何の衒いもなさそうに頷くと、パタン、とパソコンを閉じた。





俯いて頬を染める進は気が付かない。

進を見下ろす杵崎のその目は、正しくαらしく、獲物を見据えた肉食獣のように、鋭く、鈍く光っていた。まるで、進という獲物を、決して逃さないと言わんばかりに。

杵崎は、「待ってるからね」ともう一度念を押すように呟くと、その鋭い眼光を隠すかのように、枕元に置いていた眼鏡をかけた。

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感想 12

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みんなの感想(12件)

ちびハララ
2024.06.19 ちびハララ

久しぶりに巣作りΩの話を読めて嬉しいです!
ものすごくキュンキュンするカップル(*^^*)
ツンデレな受けに本性を隠しつつ受けを溺愛している攻め(眼鏡付き❤)ありがとうございます!
ご馳走様でしたm(_ _)m
この続きが読みたくなりました(´;ω;`)✨

解除
もくれん
2024.04.21 もくれん

良かった……!!😭
執着攻め様大好きです!!!徐々に追い詰めて絡めていく手も素晴らしい😭腹黒眼鏡最高です〜!!✨✨✨
もしや進くんのこと、バーから狙ってたのでしょうか。進くんの好みや条件合わせて……
巣作りも可愛い🥰素直になれない進くん可愛い!!!もう逃げられませんね、身も心も✨✨✨

ありがとうございます😊🩵

解除
oka
2022.10.31 oka

すごくキュンキュンしました!
自分好みの話過ぎて読み終わった後もう一度読み返しました笑

解除

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