龍の錫杖

朝焼け

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第二章

荒野のデスロデオ! ! 6 ―エピローグ

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 じりじりと照りつける太陽、雲一つ無い青い空、延々と続く旧国道137号線、並ぶのは山頂を削り取られ、不気味な形をした台形の山々、遥か遠くには黒と灰のケーブルに彩られた龍の錫杖が悠然と佇んでいる。
千メートルを越える巨塔は都市から二十キロ以上離れたこの地でも異様な存在感を放っている。
その存在感はきっと龍の錫杖がその山頂を削ったその犯人であることと無関係ではないのだろう。
その道を行くは服も体もズタボロの四人組、だがその無様な姿からはおおよそ予想もつかぬような明るく朗らかでそしてやかましい声でその内の一人が喋っている。

「そこで殺気立つ奴等に俺は言ってやったんだ、そう俺は最強のハンター! ジェラルド・ペレス! その時の奴等の顔ったらなかったねぇ、何せ……」

「ジェラルド……」

「その場にいた淑女の皆さんも俺にメロメロで……」

「ジェラルドッ!」

「だぁっ、もうなんだよっ! これからがいい所なのにっ!」

重傷患者をおぶるため変身を解かずに青鬼の姿のままのクザンは心底うんざりした様子でジェラルドに文句をつける。

「それだけ元気ならもう歩けるだろう? いつまでおぶさっているつもりだ?」

ジェラルドはとぼけた様子。

「おいおい、この酷い火傷を見てくれよ? アルコールガスで気絶したお前らを助けるために負った傷なんだぜ? もう少し優しくしてくれよ?」

「それはわかってるが……」

間部が呆れ顔で口を挟む。

「その火傷も半日しか立ってないのにほとんど直ってるじゃないですか……呆れた回復力ですね」

「バカ野郎! 俺の心に刻まれた傷はまだまだ回復してないんだよ! 」

桜は頭を抱えている。

「ワケわかんないわ……ジェラルドもクザンの負担を考えなさいよ……」

「いいんだよ! いいかお前ら! 俺とクザンはもはやキッスをしあうような深ぁい仲なんだよ、俺を運ぶのはもはやなんとも思っちゃいねぇ!」

鎧に包まれた顔をひきつらせながらクザンは必死の反論をする。

「人! 口! 呼吸! だ! 俺にその毛は無い!」

「またまたぁ照れなくてもいいんだぜぇっ! ぶははははっ!」

「クザン……もういいわ、うっさいしそいつ置いていきましょう」

「それが良さそうですね、何よりうるさいですし」

「そうだな、とにもかくにもうるさいしな」

「おいおい、そんな冷たい……っておいっ!」

クザンは無言でジェラルドを降ろし速足で歩きだす。

「大丈夫ですか、クザンさん?」

「あぁ、どうと言うことはない、しかしまだ耳がキンキンするな」

「……お気の毒…………でも先を急ぎましょう、雨の振る前に戻って文保部にあの形見の本達を回収してもらわなきゃいけないんだし」

「……そうだな」

本気でジェラルドを置いていくつもりの様だ。

「ははは、おいおい、本気か?……え、本当に! ? いやいや悪かったって、いや、おいっ! わかった静かにするから! 戦ってたときにマジで脚を折っててさ、ホントに歩くの辛くて……おい! ゴメンって、カムバーック!!」

ジェラルドの悲痛な叫び。
それを聞いてやれやれ顔でクザンはジェラルドの元に戻り、再度彼をおぶる。

「おぉっ! さすがクザン! あのひでぇ悪女どもとは大違いでお前は優しいなぁっ! ところで悪女といえばよ……」

そして性懲りもなく再び騒ぎだすジェラルドに辟易しながらまた歩きだした。
様々な脅威が蠢く巨大都市、龍の錫杖に向かって。



 薄暗い工場内、様々な人工生体パーツが浮いているガラスケースが並ぶ廊下を照らすのは非常灯だけ。
今は丑三つ時、夜遅くまで働く労働者達も流石にもう帰路につき静まり返る時間帯。
しかし今日は何やら騒がしい。
巨大な廊下を何者かが血相を変えて走ってくる。

「はぁっはぁっはぁっ、あそこまで行けば、奴を使えばっ!」

高そうなスーツを着込んだ男は妙な事を呟きながらおおよそ二十年ぶりの全力疾走をする。
男の走ってきた方向から彼の小飼のチンピラ達の絶叫が聞こえてくる。

「や……やめろぉぉおっ!」
「ギャアアァァア!」
「許してくれぇぇ!」

だが男の耳に彼らの悲痛な叫びは届かない。
男はもはや自分が助かることしか考えていないからだ。

「はぁ……はぁ……」

男は息を切らしながら胸ポケットからカードキーを取りだし堅牢かつ巨大な鉄扉の横にあるカードリーダーに読み込ませる。
そして震える手で暗証番号を入力する。
ガコンとロックの外れる音を響かせながら鉄扉がゆっくりと開く。
そして中から現れたのは……。

「バオオオオォォオオォッッ!!」

長い角、白濁した眼、恐竜の様な顔、太い尻尾に逞しい腕、鋭利な爪。
巨大で狂暴そうな害獣だ。
その殺意に溢れた危険な獣に男はまるで子供をあやすかの様に語りかける。

「よーしよーし、落ち着け、落ち着け〇九八号、攻撃命令だ、言うことを聞けよ?」

「バルルルゥ……」

驚いたことに害獣は男の言うことに従うかの様に頭を垂れる。

「ふふっ、いいぞっ!」

先程までの焦燥した様子が嘘のように男の顔は輝きを取り戻す。
廊下の向こうからやってくる追っ手を指差し、常日頃、小飼のチンピラに命令する時の様に余裕たっぷりの声で命令をだす。

「お前の相手はあいつだ! あいつを完膚なきまで叩き潰せっ!」

「バオオォォオオッ!」

その鋼の様に逞しい脚で床を踏み切り、まるで大砲の弾丸の様に害獣は獲物に突進する。
その凄まじいパワーの前に追跡者は跡形も無く吹き飛ばされる。
男の予想ではそうなる筈だった。

「オオオオォォガペェッ!」

「えっ……?」

突然の轟音、地響き。
極太の鎖に繋がれた直径三メートルはある巨大なスクラップの塊が勢いよく振るわれ害獣は叩き潰された。

「カッ! ガハァ!」

哀れにも害獣は青い血を吐き痙攣している。
そのスクラップは暗くてよく見えないが工場の設備を寄せ集め固めた物のようだ。

「これで……後は貴方一人?」

薄暗い廊下を歩いてきたのは漆黒の鎧に包まれた騎士の様な人物。
右手には細い鎖が巻き付けられ、腰の左右にはバイクのマフラーの様な筒が不気味な煙を立てている。
そして左手にはスクラップに繋がれた極太の鎖の先端がまきついている。
状況を鑑みれば、信じられないがこの黒騎士があの巨大なスクラップを放り投げ害獣を潰したのだろう。
黒騎士は凍った水晶の鈴で奏でているかの様な信じられないほど美しい声で男に質問をする。

「さあ、吐いてください……誰の命令で貴方はあんなことをしていたんですか?」

「い……言わねぇぞ! 絶対に俺は言わねぇっ! こ……殺されちまう! 」

「……仕方ないですね」

黒騎士は左手の細い鎖をジャラリと垂れ下げそしてその鎖をまるで鞭の様に振るう。
すると鎖はまるで蛇の如く飛び上がり男の首を締め上げ、ゆっくりと宙に浮かび上げる。


「ゲホォッ!……こ……この力……お前やっぱり侵略……グエェ!」

「今はそんなことどうでも良いんです……私に今ここで殺されるか、貴方のボスに後で殺されるか……さっさと選んでください……」

「ゲホッ! ゴホッォ! そ……んな……ひでぇ」

命乞いもしようにもそれすらままならない男に黒騎士は冷酷に吐き捨てる。

「貴方があの人達にした事を鑑みれば……まだ私は優しいと思いますよ?」

「ゲホッ! ……! そうかよ……でも……死ぬのはお前だぁっ!」

「バルオォォオッ!」

まだ息絶えていなかった害獣が黒騎士に襲いかからんとスクラップを退かそうとしたその瞬間。

「五月蝿いっ!」

鋼鉄の擦れ合う凄まじい音と共にスクラップのパーツが高速回転、害獣を瞬く間にミンチにして粉砕してしまう。
そして黒騎士はもう用済みとばかりに極太の鎖をスクラップ塊から引き抜くと塊はガラガラと音を立て崩れ去る。
崩れ去ったその中から回転に巻き込まれた青い血の滴る挽き肉がドロリと垂れ落ちる。

「なっ……あぁっ……」

そして黒騎士は兜の奥にある真黒な眼をぎらつかせながら男に問う。

「で、誰が死ぬんでしたっけ? 私は勿論、貴方もまだ死なないでしょう? ……だって貴方は言ってくれますから……貴方達のボスの名前をね……それとも……この青い挽き肉に赤い挽き肉を添えましょうか……私はどちらでも構いませんよ?」

男は今、この一瞬で自らがどれ程無力な存在かを黒騎士に叩き込まれ、畏れ泣きながら赦しを請う。

「わ……解った……言うから……本当に言うから……許して……ゲホッ! 許して!」

 高層ビルの上で先程の男の話の内容をメモした紙から目を放し、黒騎士は空を見上げる。 
本来ならば満点の星空が見えるであろう天気だが何故か月以外の星々の姿が見当たらない。
眼下に広がる巨大都市、龍の錫杖A区画。
錫杖から補給される過剰なまでの電力の恩恵をたっぷりと受けてまるで昼間の様に輝くその都市が細々と煌めく空の光を全て掻き消してしまっているからだ。
その光景は一千億の夜景、栄光の象徴、勝者の煌めき、様々な二つ名で呼ばれ見る者達を感動させ陶酔させる。
だが黒騎士はその光景を目にして呟いた。

「本っ当に……腐った所ね……ここは」

虚しそうにメモ紙を懐にしまうと黒騎士はビルから飛び降り、溶けるように都市の中に消え去った。
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