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第二話 因縁

戸山屋敷の顛末

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 紀伊国屋の奥座敷にて、村垣が宗次郎をねぎらっていた。

「お手柄やったな。上々の仕事っぷりや」


 ――あの後、闇餌差あいつはそのまま拘束した。愚かにも逃げようとしたため、鳥刺し棒で尻を突いたら大人しくなった。
 実のところ、屋敷内で取り押さえることができれば、あの用心棒たちの正体も知れたのだろうが、そこは致し方ない。大名家屋敷内へは、奉行所の役人だろうが火盗改メ長官であろうが、簡単に立ち入ることなどできないのだ。

「確かに、彼奴きゃつらをただ殺しただけやと、役人殺しの罪は問えぬからな」

 同席していた杢右衛門もくうえもんが話すと、吉兵衛きちべえは納得だという風に首を何度も縦に振った。

 今のところ、役人殺しの黒幕は、宗次郎が捕らえた闇餌差――自称、信濃しなのの鳥刺しであった五郎蔵ごろぞうという男だとされている。
 彼の雇い主が美濃屋みのやであることには違いないが、五郎蔵自身は以前、違法な猟を摘発され餌差札をはく奪されている。餌差札がなくとも、隠れて鳥を刺し、請負人うけおいにんを介せば鳥を売りさばくことは可能で、その点五郎蔵は腕が良い上に、悪知恵も働いていたようだ。
 美濃屋やそれにかかわる鳥請負が、五郎蔵の口車に乗せられ悪事に手を染めてしまった――というのが、御先手組おさきてぐみが調べた事件の顛末であった。

「高円寺の鳥見同心は、奴らが雀の取引に戸山荘を使っていることを突き止め、追っていた所を襲われたということらしい。おおかた、お主を襲った連中と同じ手口であろう」

 そう説明したのは杢衛門だ。村垣と違い、その表情は厳しい。

「尾張の鷹部屋では、あのように屋敷内で悪事の取引がなされていたことに気付けなかったはずがない、ということで、餌差頭と門番の一人が激しく追及され、かなり厳しい沙汰さたが下されたということじゃ」
「美濃屋も廃業は免れぬやろな。亭主は島流しか下手すりゃ獄門」

 吉兵衛も神妙な面持ちで言った。
 ここにいる誰もが口にしないが、尾張徳川家が何も知らなかった――はずはないと思っている。手引きしたのは確かに屋敷の使用人よりは上の立場の人間であろう。しかし、今のところ、金を貰って彼らの通行を許可していた門番と、彼らから餌鳥の一部を買い上げていたとされる尾張藩の餌差頭が責を負わされた形でケリがつけられたのだ。
 杢右衛門が唸る。

「うーむ、しかしのぉ、あの武州の山賊を雇っていたのも、そいつだったとはな」
「へえ。どう考えても、ただの鳥刺しとは思えねえってことで、奴の長屋を岡っ引きらが張っております」

 村垣の言う通り、彼らのやっていたことは、ただの不正取引ではない。ほとんど盗賊団のするような悪質さだ。

「たしかに宗次郎が小野路山中で始末したのは、浪人姿の無頼漢だということだからな。そういう奴らを、一介の鳥刺しがまとめられるわけも無かろう」
「となると、賊のことも美濃屋が噛んでいると言いなさるんで?」
「いや、そうは申しておらぬが」

 杢右衛門と村垣の会話に割って、宗次郎が控えめな声を発した。

「あの……」
「なんじゃ、宗次郎」
「俺の勝手な思い付きですが」
「かまわん、言うってみぃ」

 村垣に促され、ずっと考えていたことを話す。

「その五郎蔵ですが、小野路の山奥で浪人らに襲わせた餌差の札を奪って、美濃屋に潜り込んだんやないかと思うのです。熊谷山中で町人餌差が襲われたとの話を戸田組の在郷餌差から聞いております。その餌差は金を渡して逃げおおせたそうですが。そもそも、五郎蔵は正式な餌差ではなく、どこか盗賊の一味……あるいは流れの盗賊ではないかと。それを知らず、佐助と美濃屋は五郎蔵の口車に乗せられただけでは」
「なるほどのぉ」

 宗次郎が村垣に向かって問う。

「それと、私が耳にした上総屋かずさやについてはどうするのですか」

 美濃屋と佐助は五郎蔵に利用されたに過ぎないが、しかし餌の相場を動かそうとしていたのは上総屋に間違いない。

「私は、五郎蔵と上総屋が結託していたと思うのです。さらに、奴らがすずめを売ろうとしていたのは、尾張の餌差頭ではなく、『公儀の餌差頭』という意味だったのではと、思われるのですが」

 確かに言っていた。「売りさばくのは幕府と餌差頭」だと。
 しかし、二人とも口を閉ざしてしまった。重ねて問う。

「黒幕は五郎蔵ではないと思いますが、そこは御先手組もわかってなさるのですかね」

 村垣が重い口を開いた。

「ああ、それも間違いないやろ。おまんの読みはほぼ当たっとるやろ。それもこれも、いずれ火盗改メが本腰を入れて五郎蔵を拷問すりゃ、すべて吐くだろうよ。だが今はまだ泳がしとけっちゅうのが、お頭と上様の考えや」

 杢右衛門が腕組みをし、眉間の皺を深くした。

「つまり上総屋すらこまだと、川村殿はお考えか」
「そういう所でしょうな。しかし、身内を探る必要が出て来るとなると、相当難しくなりますな」

 吉兵衛も眉間に皺をよせ、首を横に揺らした。
 万が一にも、幕臣である公儀餌差がこの件に噛んでいたとなると、上様にとっては、とんでもない醜聞となる。
 幕臣が盗賊を使って鳥屋と共に不正悪事を働いた。しかも尾張の下屋敷内で。その結果、鳥見役所の同心見習いが殺された――こんなことを公にするわけにはいかないということは、杢右衛門はじめ吉兵衛も村垣も承知していた。
 その塩梅を図れないのは宗次郎だけである。それでも、三人の苦みきった顔を見ると、そういうことなのだろうと、なんとなく腑に落ちた。

 やみくもに探るわけにはいかないことだけは明白だった。つまり、ここからが探索の本番なのだ。




 その夜、雲雀ひばりからも新たなしらせを受けた。

「そう。やはり戸山荘で取引をしていたのですね」

 鳥見役人とりみやくにん殺しの顛末を聞かせると、雲雀もまた、杢右衛門と同じように神妙な表情になった。

乙八おとはちですがね、あの人、お美津さんとの噂のせいで寺に居辛くなって出て行ったということになっていますがね、ふふ」

 急に脈絡もなく、乙八の名を口にすると、鼻で少し嗤った。

「真相は違いましたよ」

 一息置いて付け加えたひと言に、宗次郎の眉が上がった。続ける雲雀の口角は上がっているが、目は笑っていない。

「乙八の美しさは人を狂わせるのでしょうねぇ。仏門に入るのでなければ、寺小姓というのは十七、八で寺を出るのが普通ですがね、余程住職に気に入られていたのか、年増になってもなお、手放してもらえなかったそうです」
「けど、お美津さんとの噂を気にして出て行ったんだろ」

 雲雀が首を振った。

「それは和尚おしょうの方便でしょ。和尚だって手放した理由づけが必要でしょうから。でも、ほかの小姓や寺男たちは、実は乙八から住職に大金を払ったと、噂しております」
「乙八から?」
「ええ。きな臭いと思いませんか」

 お美津を消して、大金を手に入れた――そう考えた時、戸山荘の一件が頭を過った。

「誰かが乙八に金を握らせたのだ。……誰かがわざわざ戸山屋敷なんぞに引っ張り込んだのだ」

 宗次郎の独り言を、雲雀は聞き逃さなかった。

「尾張藩が全ての黒幕とでも言いたそうですね」

 雲雀が声を潜めた。

「違うと思うのか」

 雲雀は少し考えるような仕草で言葉を探していた。

「私はそうとも限らないと思いますよ。なぜなら、真相が上様にばれて、一番きゅうするのは尾張殿でしょう?」

 考えてみれば、お美津も鳥見の同心見習いも、人目に付く所で死んでいる。まるでわざと真相を調べてくれとでもいうような……

(ほんなら、尾張殿に恨みを持つ者の仕業)

「となると、まるで見当がつかんな」
「ですから、上様も父上も、上総屋を泳がせることにしたのでしょう。五郎蔵の処分も保留のままで」
「で、乙八は今」

 結局、寺を出てどこに居るというのか。

筑土八幡つくどはちまん前にあるという*陰間かげま茶屋にて、身売りの真似事をしているとか。寺を出たものの、身寄りがないらしく、だから商家の若旦那を誘惑していたのでしょうね」

 雲雀が調べ上げた乙八の生き方もまた、あまり幸せそうな物ではなかった。



ーーーーーーーーーー
*陰間茶屋――男娼専門の売春宿で、少年たちが体を売る宿。
 この時代、美少年が体を売ることは珍しくありませんでした。中世ヨーロッパでもそうですが、騎士や武士のホモソーシャル(同性間社会)における男同士の深い付き合いから、同性愛に繋がってしまうことは珍しくなかったようです。ただ、ヨーロッパではキリスト教の影響で同性愛は禁じられていましたが、戦乱の世に男社会が深まった日本では、同性愛は「衆道」という形で認められています。
 しかし、少年たちが体を開くのは決して男性だけではなく、客には裕福な女性客も多かったようです。少年らしさを強調するため、彼らは前髪を残した『若衆髷』という髪型をさせられていました。当然、二十歳を過ぎると下り坂で、年増女や後家、商家の人妻を相手にしたそうです。
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