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第二話 因縁

取引現場

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 戸山屋敷の車力門しゃりきもん御殿ごてんの対極に位置する。門から続く道の先には森が広がり左右は樹が生い茂っている。傾斜のある左手奥の分かれ道は敷地内にある小高い丘へと向かっていた。
 右手側のわだちが深い。ここを、荷を積んだ大八車だいはちぐるまが通るのだ。右手の道を選んでしばし、東屋あずまやのような建物が見えたが人影はない。そこで腰の籠を外し、やぶの中に隠した。籠からすずめを一羽取り出すと、ふところに収める。雀は宗次郎の懐がまるで巣であるかのように、おとなしく丸くなった。
 そのまま道を外れ、木々の間に紛れながら奥へと進む。

(いた)

 雑木林の間からのぞく道の先に鳥籠の二人組を見つけた。

 実は村垣からこの話を聞いた後すぐに、一度この屋敷に忍び込んで、中の様子と地理を探っていた。
 闇餌差やみえさしらが潜んでいそうな建物を探ろうとしたのだが、しかしあまりにも広く、断念したのだった。御成御門おなりごもんからすぐは寺社まで設えたもりが迎える。敷地の中央には広い池があり、そこを中心として川が流れていた。川の東には農耕地として利用している田畑が広がり、池の向こう側には、丘というよりも山があっていくつもの神社やいおり小屋敷こやしきが点在する。そのすそ野を越えて、ようやく御殿が見えるのだ。池を中心とした回遊式の庭園は、どの景色も見事なもので、ゆうに二十以上の景色が楽しめるようになっていた。

(もはや、そこらの村よりもでっかい)

 この広大な屋敷をやみくもに探索するよりも、奴らが動きを見せるのを待った方が早いと判断した。もしかすると家臣の屋敷内で取引をしている可能性もあり得るのだ。さらに森の中に隠れ家など作られていたならば、探すのも一苦労だろう。そしてその判断は正しかったようである。
 二人連れは寺社のある杜にも、御殿や鷹部屋のある川向こうへも行かず、竹藪の脇の小道へと消えていった。

「なるほど」

 御殿から一番離れている敷地の隅でひっそりと取引をしているのだとすると、明らかに隠れての所業だ。
 上様が尾張の重臣をつつかなかった理由がわかったような気がした。それでも内部の誰かが手引きしていることには間違いない。車力門を正々堂々出入りしているのだから。
 二人が辿り着いたのは道具小屋のようなあばら家であった。入口には三人の農夫姿の男が番をしている。多分、宗次郎を襲った刺客の仲間だろう。

「鳥請負うけおい佐助さすけにござる」

 二人組の一人が戸に向かって声をかけると、中から男が出て来た。

「遅いぞ、三日待った」

(あっ!)
 あの闇餌差に間違いなかった。

「ほかにも鳥を売りたいってぇ鳥刺しなら、いくらでもいるんだ。もっと腕のいい奴を雇え」

 男は伝法な態度で背後に控える男を睨みつける。

「そう言うが、遠出させなきゃ、数が稼げぬようになったのだ。やはり、餌差のガキを逃がしたのがまずかったんじゃねえのか。やたら役人どもを見かけるぞ。隅田川を渡らせても、鳥見役に出くわしたと聞いた時にゃあ、しくじったとしか思えなかったぜ。もしかしたら、そいつが何かタレこんだんじゃねえか」
 宗次郎の報告で、投網とあみなどを使って大量にすずめを狩っている鳥刺しがいる――というのは各鳥見役所に知れ渡っている。そのため、鳥見役とりみやく同心らによる見廻りが強化されていた。

「てやんでぃ、そのくれぇ、うまくやり過ごさせろ。そいつがチクったところで、ここが暴かれるこたねえよ。ばれそうになったら、あの鳥見同様、こいつらが始末してくれるさ」

 あごで見張りの男たちを指した。

「だが、返り討ちに遭ったじゃねえか。おまけに見張りを立ててやらせているがよ、こうなると銭ばかりかかりやがって、儲けが薄くなる一方だ」

(やはり、こいつらの仲間が、高円寺の鳥見同心を殺したのか)

「そん時ゃ、また浪人でも雇うさ」
「しかし、その浪人どもも、小野路の山ン中で殺られたって話だ。まさか、隠密でも動いているんじゃねえのか」

 ここなら安全だと高を括っているのだ。やたら滑る口は、宗次郎が刀を抜くに十分の情報を与えているとも知らず、役人殺しまで喋ってくれた。しかも、武州で餌差を狙ったあの山賊も、こいつらの手引きであったようだ。

「それならそれで、こちらにも手はある」

 闇餌差が憮然と言い放ち、鳥籠を受け取った。
 男らが全員小屋に入ったところで、宗次郎は足元の小石を少し先に投げた。

「何奴!」戸口に立っていた一人が反応する。

 チチチ、チチ

「なんだ、藪雀やぶすずめか……」

 宗次郎のさえずりに、まんまと騙されてくれた見張りを目がけ、ふところの雀を放す。
 ――さ、行け。

「うおっ」
「おいおい、雀ごときに怯むな、腰抜け」

 見張りたちが雀に気を取られた隙をねらって、宗次郎は小屋の裏に回り、身を潜めた。

『何とか、まずまずの数が揃った』『それなら』

 会話と声色から、最低四人が中にいると思われる。幸い、鳥籠の中の雀の鳴き声がかしましく聞き取りにくいのか、中にいる者たちの声が必要以上に大きい。更に耳を澄ませる。

『しかし、上総屋かずさやは、何羽引き取ってくれるつもりだ。まだ五百だぞ』
『先に美濃屋みのやさんが雀を集めてくれなきゃあ、話にならんでしょうが』
『この籠の雀を合わせ、今回は全部で千二百。幕府にはその三分の二。残りを一旦、餌差頭えさしがしらへ』
御上おかみは三百で一両と言って来たらしいじゃねえか。それ以下で値踏みされると意味がねえ』
『こちとら、御上に下ろす時よりも高く買ってくれりゃ、それでいい。上総屋が出し惜しみするなら、餌差頭へ売る配分を増やすまでだ。御上も数が揃わなきゃ困るだろう』

(なるほど)

 問屋で買い占めた後、幕府からの要求よりも少なく卸して値を吊り上げようという算段なのだ。鳥請負がどこと取引しようが問われないが、勝手に雀の値を吊り上げることは禁じられている。おそらく〈美濃屋〉という鳥問屋は、町奉行から割り当てられているよりも多くの鳥刺しを抱え、雀の捕獲量を増やして売りさばいているのだ。それを牛耳っているのが、会話に出てきた〈上総屋〉ということだろう。
 聞くべきことを聴けた宗次郎は、先に門の外に出た。
 取引を終えた鳥屋たちは、用心のためか、各々別々に門から出て来た。
 その中の一人、主犯格とも言える闇餌差の後をつけ、宗次郎はやいばを仕込んだ鳥刺し棒を繰り出した。

「お前は!」

 鋭い竿先を目の前に突きつけられ息を呑む男に、もう一方の手で、餌差札の裏を見せるように掲げた。

「はっ?」
「俺は上様のお抱え殺生人でしてね」

 闇餌差の顔が絶望に染まった。
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