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四
三井隊士と大石鍬次郎
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「あの男……三井隊士は、新選組を脱したのちも会津まで流れていた。そして白河口での戦いの途中、我が軍に投降したのだ」
有馬の証言に、忌々しそうにつぶやく藤田の声が届く。
「どこまでも中途半端な奴よ」――と。
だが、白河口まで北上したということは、新選組を脱しても、佐幕の志は捨てきれなかったということだ。俺の脳裏に、江戸城の開城を不服として上野の戦に参戦した酒井殿の死に顔が重なる。
俺の主君はその戦で死んだ。だが、三井は生き残ってしまったのだ。
「投降後、西郷殿の計らいで、奴の身柄は薩摩藩邸に預けられていたのだが、三井を大石鍬次郎捕縛に利用しようという男が現れた。ああ大石鍬次郎は、貴殿もよく存じておろう。新選組幹部だった大石には、坂本龍馬先生殺害の疑いがかけられていた。だが、その男の目的は、自分の師である伊東甲子太郎先生の敵討ちであった」
「伊東氏とは?」
知らない名前が出て、つい話の途中で質問を投げてしまった。
その問いに藤田が答えた。
「ああ、元は江戸で北辰一刀流の道場主であった男だ。新選組の参謀であったが、勤王の志が強く、倒幕に傾倒し、組を離れ別の党を立ち上げたのだ。結果、組の者の手で暗殺された」
「暗殺?! 同士討ちか?」
思わず二度聞きしてしまった。
いや、壮絶過ぎるだろ。つい、桜田門外の変の時の騒ぎを思い出しちまった。
その壮絶な出来事を事も無げに語るこの男も男だが……。
「新選組では日常だったな」
それを有馬は冷ややかな目で一瞥すると、話を進めた。
「我々も大石を捕らえたかったこともあり、その男の計画に乗った。つまり、三井に大石捕縛の協力をさせたというわけだ」
藤田が問う。
「その男とは」
「加納……加納道之助。もと高台寺党の志士だ」
「またも加納か……」
藤田が忌々し気に吐き捨てた。
「藤田さんの知っている人物なのか」
俺の問いに答えたのは有馬であった。
「知っているも何も、奴も元新選組の隊士で、伊東先生と共に組を脱し、その後、新選組局長である近藤勇を死に追いやった張本人だ。幕府が堕ちた後、近藤殿は大久保大和と改名した上で〈甲陽鎮撫隊〉の大将として官軍に投降したわけだが、その大久保を『彼こそ新選組の近藤局長だ』と証言したのが、加納という男だった」
なんつうか、ややこしいな。
「あ奴、あの時、油小路で伊東先生と共に殺しておけばこんなことにはならなかったのに、大石の奴、しくじりおった報いだ」
歯ぎしりと共に聞こえた藤田の言葉の物騒さにギクリとする。
有馬もつい叱責していた。
「言葉を慎みたまえ!」
官軍側と佐幕側。過去の軋みだな。
俺たちの話を黙って聞いていた坊ちゃんが口を開いた。
「藤田さん、その大石鍬次郎とはどういう男だったのかな」
「ああ大石か……。あいつは、元々一橋家に仕えていた家柄だったらしいが、不義密通が原因で家臣を解かれ、そのせいで家督を弟に譲ったというような噂のある奴だ。まあ、色々と悪い奴だったな」
藤田がにやりと笑う。
いや、不義密通の噂って……(武士の恥じゃねえかよ)
「そういう奔放な男ではあったが、新選組では監察方および伍長を務めていた」
それを聞くと、坊ちゃんは納得したとでも言うように、「ほうほう」と、顎を縦に小さく揺らした。
「やはり伍長だったということは、剣技に長けていたんだね」
「ああ、そうだな。剣技で言えば沖田や永倉には及ばねえが、剣に迷いが無かったゆえ、確実に敵を仕留められた。常に暗殺を請け負っていたような男だ。『人斬り鍬次郎』となどという悪名が立ったこともある。だが、土佐の坂本龍馬刺殺に関して言えば、あいつの仕事ではなかったよ。むしろ俺たちはほぼ関与しておらぬ」
「は、今更、何を」
有馬が苦々しい顔で吐き捨てた。それを打ち消すように、坊ちゃんが質問を追加した。
「性格というか、為人は」
「そうだなあ……ひと言で言うと、短腹。そのくせ情には熱い男であったな。女絡みで一橋家を追い出されたという噂が出るだけのことはあって、美丈夫な上、顔も良し。おなごには事欠かない奴であったよ。副長の土方君にも可愛がられていた」
すいぶんと自由な男だな……同じ男としては羨ましいとさえ思えるほどに。
「……だが、近藤先生が投降したと聞くや、三井と共に隊を脱したのだ」
大将がいなくなれば隊も崩れる。当たり前のことだ。
しかし、大将亡きあとも新選組は生き続けたということか。そして、大石とは余程、組に貢献していたのか、藤田の記憶にも鮮やかなようである。
この藤田の話に、有馬も興味を持ったようだ。
「脱走の真相はわかるか。三井によると、近藤局長亡きあと、土方副長による独裁的な政治に嫌気がさしたとのことだが、そこのところはどうだったのだ。我らにはあの部隊の内情はわからぬが、なんでも隊を脱すれば追われて殺されると聞いたぞ」
そういうちょっとした逸話を聞くだけでも、新選組の壮絶な厳しさに肝を抜かれる。まるで侠客(やくざ)か博徒じゃねえか。足抜けすりゃ、追われて斬られるだと?
しかし藤田を見ると、まるで昔を懐かしむような、ひどく優しい眼をした。
「厳しいがゆえに強くあった局ですからな。あれは土方君がこだわり抜いて作った芸術であったよ」
「しかし、こうやって生き延びておるわけだ。貴殿も脱走が成功した口であろう」
有馬の口角が意地悪く上がる。だが、藤田は動じず、黙って柔らかな眼差しを伏せただけだった。
その態度には、あくまで今の自分は警部補藤田であり、すでに新選組の斎藤一は捨てたのだという強い意志が感じられた。
憎らしいことに、有馬はさもおかしそうに大石のことを語った。
「大石は組を脱したのちも妻子と共に江戸で潜伏していたのだ。だが動きが取れぬゆえ、生活には窮しておったようだ。『助けてやる』という三井の甘言にまんまと乗ってくれた」
笑いを浮かべた口元に、俺は殺意さえ覚え、握った拳に力を込めた。
「一緒に命懸けで脱走した同志だもの、信用していたんでしょうね」
坊ちゃんのひと言にも、大石に対する同情が感じられた。
「そうだな。三井に連れられて行った先に、昔斬り損ねた加納と、更には政府の役人が待ち受けていたのだから、その驚愕は計り知れぬな。当時、刑部省にいた私は、大石の取り調べに何度か立ち会い、更に処刑にも立ち会ったが、激しい拷問にも抵抗し続け、伊東殺しを認めた後も『あれは罪には価せぬ』と、ついに最期まで己の罪を認めなかったよ」
大石という男の苛烈さに、俺は言葉が出ない。同時に、当時の官軍に対しての敵意が沸々と蘇る。
明治三年の新聞記事――あの時の……涙を流して読んだあの時の記事の現実を、この男らが裁いたのだ。
俺の心の内など知りえない有馬は、すました顔で坊ちゃんの問いかけに耳を傾けている。
「その……処刑の時、三井さんもその場にいましたよね。刑執行はどこで?」
なぜそんなことを。
俺と同様、有馬の表情が驚きの色を帯びた。
「……確かに彼も立ち会っていたが」
「それはどこでしたか。小塚原(江戸時代の処刑場)ではなかったはずです」
「あ、ああ確かに。首はしばし小塚原にさらされていたこともあり、あそこで処刑されたと思っている者も多いようだが、あの当時は護送するわけにもいかず、実際に首を刎ねたのは牢屋敷内であった。今後新政府に背を向ければ、同じ目に遭うのだという戒めも込めて、三井は大石の処刑に立ち会わされたのだと思われる」
「距離は」
「は? 距離とはどういう意味かね」
問いの不可解さに、有馬が質問で返した。
「いえ、首を落とす間際の、大石と三井さんとの距離ですよ。離れていましたか、それとも近かったでしょうか」
(まさか)
俺と同じことを藤田も考えたのだろう。ハッとしたように坊ちゃんの方を見た。
「彼の刑は斬首刑であったが、万が一にも庇い立てができぬよう、三井は我らよりもやや後ろに控えさせておった。とはいえ、牢屋敷内の処刑場だ。そう広さは無い。ああ、だが、大石はずっと三井を睨んでいた……だが、奴の首が落とされた瞬間……」
有馬の声が低く小さく萎んでいく。最後には振り絞るようにして言った。
「突然、三井が飛び出したのだ。そして血の滴る首にすがりつき、わんわんと大泣きしおった」
その場の空気が冷やりと下がったような気がした。
眉間に皺を寄せたまま、坊ちゃんも藤田も押し黙っていた。
有馬がすぐに取り繕う。
「あ、ああ、もちろん、すぐに引き離されたがね」
「で、その後の三井さんはどうなりましたか」
「確か……開拓使を志願したが」
坊ちゃんはあくまでも冷ややかな声で質問を続ける。
「いえ、動向ではなく、その何と言うか……人づきあいとか、性格的なものだとか」
有馬は天井に視線をやり何かを思い出そうとしていた。
「……もとより我らと違って投降した身だ。島津家家臣との付き合いはほぼ無かったからな。だが……大石の処刑という結末に余程の不服があったのか、上司へのへつらいというか腰の低さのようなものが急に消えてしまったのが印象に残っている。まるで人が違ったようにとっつきにくくなって……我らも酷く後味の悪い想いをしたものだった。その後間もなく、開拓使を志願したものの、病を理由に役には就かなかったと聞いている。私もあの後、藩邸を離れて政府軍の役に就いたこともあり、いっさい関りが無くなったからな。奴の行方は知らなかったのだ」
「そうですか……」
と言ったきり、坊ちゃんは指を顎に当てた仕種のまま、口を閉じた。
有馬の証言に、忌々しそうにつぶやく藤田の声が届く。
「どこまでも中途半端な奴よ」――と。
だが、白河口まで北上したということは、新選組を脱しても、佐幕の志は捨てきれなかったということだ。俺の脳裏に、江戸城の開城を不服として上野の戦に参戦した酒井殿の死に顔が重なる。
俺の主君はその戦で死んだ。だが、三井は生き残ってしまったのだ。
「投降後、西郷殿の計らいで、奴の身柄は薩摩藩邸に預けられていたのだが、三井を大石鍬次郎捕縛に利用しようという男が現れた。ああ大石鍬次郎は、貴殿もよく存じておろう。新選組幹部だった大石には、坂本龍馬先生殺害の疑いがかけられていた。だが、その男の目的は、自分の師である伊東甲子太郎先生の敵討ちであった」
「伊東氏とは?」
知らない名前が出て、つい話の途中で質問を投げてしまった。
その問いに藤田が答えた。
「ああ、元は江戸で北辰一刀流の道場主であった男だ。新選組の参謀であったが、勤王の志が強く、倒幕に傾倒し、組を離れ別の党を立ち上げたのだ。結果、組の者の手で暗殺された」
「暗殺?! 同士討ちか?」
思わず二度聞きしてしまった。
いや、壮絶過ぎるだろ。つい、桜田門外の変の時の騒ぎを思い出しちまった。
その壮絶な出来事を事も無げに語るこの男も男だが……。
「新選組では日常だったな」
それを有馬は冷ややかな目で一瞥すると、話を進めた。
「我々も大石を捕らえたかったこともあり、その男の計画に乗った。つまり、三井に大石捕縛の協力をさせたというわけだ」
藤田が問う。
「その男とは」
「加納……加納道之助。もと高台寺党の志士だ」
「またも加納か……」
藤田が忌々し気に吐き捨てた。
「藤田さんの知っている人物なのか」
俺の問いに答えたのは有馬であった。
「知っているも何も、奴も元新選組の隊士で、伊東先生と共に組を脱し、その後、新選組局長である近藤勇を死に追いやった張本人だ。幕府が堕ちた後、近藤殿は大久保大和と改名した上で〈甲陽鎮撫隊〉の大将として官軍に投降したわけだが、その大久保を『彼こそ新選組の近藤局長だ』と証言したのが、加納という男だった」
なんつうか、ややこしいな。
「あ奴、あの時、油小路で伊東先生と共に殺しておけばこんなことにはならなかったのに、大石の奴、しくじりおった報いだ」
歯ぎしりと共に聞こえた藤田の言葉の物騒さにギクリとする。
有馬もつい叱責していた。
「言葉を慎みたまえ!」
官軍側と佐幕側。過去の軋みだな。
俺たちの話を黙って聞いていた坊ちゃんが口を開いた。
「藤田さん、その大石鍬次郎とはどういう男だったのかな」
「ああ大石か……。あいつは、元々一橋家に仕えていた家柄だったらしいが、不義密通が原因で家臣を解かれ、そのせいで家督を弟に譲ったというような噂のある奴だ。まあ、色々と悪い奴だったな」
藤田がにやりと笑う。
いや、不義密通の噂って……(武士の恥じゃねえかよ)
「そういう奔放な男ではあったが、新選組では監察方および伍長を務めていた」
それを聞くと、坊ちゃんは納得したとでも言うように、「ほうほう」と、顎を縦に小さく揺らした。
「やはり伍長だったということは、剣技に長けていたんだね」
「ああ、そうだな。剣技で言えば沖田や永倉には及ばねえが、剣に迷いが無かったゆえ、確実に敵を仕留められた。常に暗殺を請け負っていたような男だ。『人斬り鍬次郎』となどという悪名が立ったこともある。だが、土佐の坂本龍馬刺殺に関して言えば、あいつの仕事ではなかったよ。むしろ俺たちはほぼ関与しておらぬ」
「は、今更、何を」
有馬が苦々しい顔で吐き捨てた。それを打ち消すように、坊ちゃんが質問を追加した。
「性格というか、為人は」
「そうだなあ……ひと言で言うと、短腹。そのくせ情には熱い男であったな。女絡みで一橋家を追い出されたという噂が出るだけのことはあって、美丈夫な上、顔も良し。おなごには事欠かない奴であったよ。副長の土方君にも可愛がられていた」
すいぶんと自由な男だな……同じ男としては羨ましいとさえ思えるほどに。
「……だが、近藤先生が投降したと聞くや、三井と共に隊を脱したのだ」
大将がいなくなれば隊も崩れる。当たり前のことだ。
しかし、大将亡きあとも新選組は生き続けたということか。そして、大石とは余程、組に貢献していたのか、藤田の記憶にも鮮やかなようである。
この藤田の話に、有馬も興味を持ったようだ。
「脱走の真相はわかるか。三井によると、近藤局長亡きあと、土方副長による独裁的な政治に嫌気がさしたとのことだが、そこのところはどうだったのだ。我らにはあの部隊の内情はわからぬが、なんでも隊を脱すれば追われて殺されると聞いたぞ」
そういうちょっとした逸話を聞くだけでも、新選組の壮絶な厳しさに肝を抜かれる。まるで侠客(やくざ)か博徒じゃねえか。足抜けすりゃ、追われて斬られるだと?
しかし藤田を見ると、まるで昔を懐かしむような、ひどく優しい眼をした。
「厳しいがゆえに強くあった局ですからな。あれは土方君がこだわり抜いて作った芸術であったよ」
「しかし、こうやって生き延びておるわけだ。貴殿も脱走が成功した口であろう」
有馬の口角が意地悪く上がる。だが、藤田は動じず、黙って柔らかな眼差しを伏せただけだった。
その態度には、あくまで今の自分は警部補藤田であり、すでに新選組の斎藤一は捨てたのだという強い意志が感じられた。
憎らしいことに、有馬はさもおかしそうに大石のことを語った。
「大石は組を脱したのちも妻子と共に江戸で潜伏していたのだ。だが動きが取れぬゆえ、生活には窮しておったようだ。『助けてやる』という三井の甘言にまんまと乗ってくれた」
笑いを浮かべた口元に、俺は殺意さえ覚え、握った拳に力を込めた。
「一緒に命懸けで脱走した同志だもの、信用していたんでしょうね」
坊ちゃんのひと言にも、大石に対する同情が感じられた。
「そうだな。三井に連れられて行った先に、昔斬り損ねた加納と、更には政府の役人が待ち受けていたのだから、その驚愕は計り知れぬな。当時、刑部省にいた私は、大石の取り調べに何度か立ち会い、更に処刑にも立ち会ったが、激しい拷問にも抵抗し続け、伊東殺しを認めた後も『あれは罪には価せぬ』と、ついに最期まで己の罪を認めなかったよ」
大石という男の苛烈さに、俺は言葉が出ない。同時に、当時の官軍に対しての敵意が沸々と蘇る。
明治三年の新聞記事――あの時の……涙を流して読んだあの時の記事の現実を、この男らが裁いたのだ。
俺の心の内など知りえない有馬は、すました顔で坊ちゃんの問いかけに耳を傾けている。
「その……処刑の時、三井さんもその場にいましたよね。刑執行はどこで?」
なぜそんなことを。
俺と同様、有馬の表情が驚きの色を帯びた。
「……確かに彼も立ち会っていたが」
「それはどこでしたか。小塚原(江戸時代の処刑場)ではなかったはずです」
「あ、ああ確かに。首はしばし小塚原にさらされていたこともあり、あそこで処刑されたと思っている者も多いようだが、あの当時は護送するわけにもいかず、実際に首を刎ねたのは牢屋敷内であった。今後新政府に背を向ければ、同じ目に遭うのだという戒めも込めて、三井は大石の処刑に立ち会わされたのだと思われる」
「距離は」
「は? 距離とはどういう意味かね」
問いの不可解さに、有馬が質問で返した。
「いえ、首を落とす間際の、大石と三井さんとの距離ですよ。離れていましたか、それとも近かったでしょうか」
(まさか)
俺と同じことを藤田も考えたのだろう。ハッとしたように坊ちゃんの方を見た。
「彼の刑は斬首刑であったが、万が一にも庇い立てができぬよう、三井は我らよりもやや後ろに控えさせておった。とはいえ、牢屋敷内の処刑場だ。そう広さは無い。ああ、だが、大石はずっと三井を睨んでいた……だが、奴の首が落とされた瞬間……」
有馬の声が低く小さく萎んでいく。最後には振り絞るようにして言った。
「突然、三井が飛び出したのだ。そして血の滴る首にすがりつき、わんわんと大泣きしおった」
その場の空気が冷やりと下がったような気がした。
眉間に皺を寄せたまま、坊ちゃんも藤田も押し黙っていた。
有馬がすぐに取り繕う。
「あ、ああ、もちろん、すぐに引き離されたがね」
「で、その後の三井さんはどうなりましたか」
「確か……開拓使を志願したが」
坊ちゃんはあくまでも冷ややかな声で質問を続ける。
「いえ、動向ではなく、その何と言うか……人づきあいとか、性格的なものだとか」
有馬は天井に視線をやり何かを思い出そうとしていた。
「……もとより我らと違って投降した身だ。島津家家臣との付き合いはほぼ無かったからな。だが……大石の処刑という結末に余程の不服があったのか、上司へのへつらいというか腰の低さのようなものが急に消えてしまったのが印象に残っている。まるで人が違ったようにとっつきにくくなって……我らも酷く後味の悪い想いをしたものだった。その後間もなく、開拓使を志願したものの、病を理由に役には就かなかったと聞いている。私もあの後、藩邸を離れて政府軍の役に就いたこともあり、いっさい関りが無くなったからな。奴の行方は知らなかったのだ」
「そうですか……」
と言ったきり、坊ちゃんは指を顎に当てた仕種のまま、口を閉じた。
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