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薩摩の軍人

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 後日、藤田が軍服姿の男を連れて尾白屋にやって来た。

(この男も、律儀なもんだ)

 意外にもこの藤田という男は、好奇心にあふれ且つ、真面目なのではなかろうかと思う。
 あくまでも俺の想像だが、坊ちゃんが辻斬りの正体を暴こうとしているのは、単に暇つぶしだと思っている。そこにはさりとて、正義感などないだろうな。
 俺に至っては、維新の亡霊が、あの頃の敵討ちをしてくれているのなら有難いなどと、とんでもなく鬼畜なことを考えちまうのが本心だったりする。
 対し、藤田は役職柄もあるのだろうが、真面目に坊ちゃんの言うことを聴いているではないか。

 言いつけ通り連れて来た男は、薩摩藩出身の士官であった。

「近衛局の有馬と申す」

 口髭を生やした男は見た目と同じく堅苦しいお辞儀をした。

「ここではなんですから、奥へどうぞ」

 坊ちゃんに促され、お絹さんが藤田と近衛局の士官を、母屋の玄関から奥の客間へと案内する。その後ろを、俺は坊ちゃんを抱いてついて行った。

 席に着くなり、有馬が挨拶もそこそこに、用件を切り出した。

三井丑之助みついうしのすけと剣を交えたと伺っておる」

 有馬はちらりと俺の方を見た。

(ほう、なるほどな)

 薩摩藩士だと聞いていたが御国訛りを感じさせないあたり、江戸常勤の藩士だったのだな。
 となると、薩摩島津家に仕えてはいても、生粋の江戸っ子だ。だから多くの薩摩兵がくにへ帰って行った後も東京に留まっているというわけだ。

 それにしても……言葉こそ丁寧だが、坊ちゃんを見下すような慇懃無礼な眼差しが不愉快だ。
 だが坊ちゃんは、そんなことは些末事だと言わんばかりの空々しい笑顔で対応している。

「こんなところにまで足を運んでいただき、申し訳ない」

 相変わらずこましゃくれた物言いではあるが。
 まるでそれに対抗するかのように、有馬の眼光が鋭くなった。
 「ごほん」と咳ばらいを一つして、口を開いた。

「それで、三井の何を聴きたいのかな。なんでも藤田警部補によれば、貴殿が辻斬り事件の捜査に協力を申し出ているとか」
「彼の秘密を暴きたいと思いましてね」
「ほお……」

 有馬が足を崩した。
 じっくり話を聞く気になったとみえる。
 それを見て、坊ちゃんはこちらの質問をこれ以上ないほど真っ直ぐにぶつけた。

「有馬士官がご存知の三井さんとは、どういうお人でしたか。どうやってあの人が新選組から薩摩藩へ寝返ったのか、詳しい背景などご存知でしょうか」

 坊ちゃんの口から『新選組』の台詞が出るなり、有馬が藤田を睨んだ。

「おい、貴様、彼が新選組の一味だったということまで話したのか」

 藤田が鼻を鳴らす調子で言い返す。

「だから言っただろ。それをばらした上で三井を教えたのだと」
「馬鹿なのか?! 狂犬の一味だとわかった上で近づいたと言うのか」

 呆れた目で俺の方を見、さらに大きく息を吐くと、うんざりした声で藤田に向かって抗議した。

「三井を辻斬りの下手人だと疑っているのなら、生き残った巡査を証人にしてさっさと捕まえればよいのだ。それに彼らが襲い掛かられたという事実がある。捕縛するに十分な理由が揃ったではないか。後は拷問でもすれば、奴なら簡単に口を割るよ」
「ふむ、『拷問すれば簡単に口を割る』……なるほど、三井とはそういう人物なのですね」

 したり顔で会話に割って入った坊ちゃんに、有馬が目を細め不愉快さを露わにした。

「しかし士官殿、僕たちが出会った三井は、そういう感じの人間ではなかったように思うのです。そのような小心者が、なぜ寝返ったはずの官軍側を裏切るような事件を起こしたのか、それを考察したいのです」
「考察など必要ない。罪を犯した、ならば捕まえる。それで良い!」

 声を荒げた有馬を藤田が冷ややかな口調で追及する。

「では、陰で糸を引く人物がいた場合どうする。そうするとトカゲの尻尾を斬っただけになる。別の刺客が殺しを請け負うだけだ」

 ぐっと言葉を詰まらせた有馬だったが、すぐに言いかえした。

「自分の同志を裏切って命乞いをしたような男だ。次に薩摩を裏切ったとて不思議はなかろう」

 だが、坊ちゃんは有馬の言葉に納得できないようだ。

「いいえ、たとえ裏切ったとしても、殺しをするような、下手すりゃ返り討ちに遭うような危険な真似をするような人物ではなかったはずです」

 これに藤田も同意する。

「そういうことだ。あいつはそういう豪胆なことをするような男ではなかったように思う。夜のうちに屯所を抜け出すような奴だぞ。薩摩が奴を利用して大石を捕らえたように、再び誰かに利用されているとは考えられぬか」

 有馬は静かに目を瞑ると、意を決したように諦めの表情を浮かべ、そしてとつとつと話し始めた。

「もう忘れたいと思っていたことである」

 いよいよ語られるであろう三井という男の真相に、ごくり――俺の喉が鳴った。
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