蠱惑の瞳の神子

ジカハツデン

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神子と騎士と幼なじみ

第17話 頼み事

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夢を見ているような気がした。
ぼんやりと滲んだ視界で、白や騎士、そしてマリアが話をしている。


ールリ殿の体は眠らせました。意識は残っていますが、今見聞きしていることは朧気な夢を見ているような感覚のはずです

ールリ君はなんて言ってた?

ーそれが、いまいち要領を得ないのです。様子もおかしくて、急に心を閉ざしてしまったような…

ーまだ混乱しているのでしょう。あんな状態になるまで…

ー神子殿のこともちゃんと分かってないんじゃない?

ー…分かんねぇ…ちゃんと顔は見られたはずなんだけど

ーそもそも、目を覚ましたらすぐに私を呼んでくださいと申しましたわ!

ーそうだよー、案の定ルリくん混乱してたじゃん

ーだって、久しぶりに動いてる瑠璃見たらいてもたってもいられなくて…

ーどうする?目を覚ました時に神子殿に会ったって記憶を消すこともできるけど

ーいや、記憶を消すにはルリ殿の記憶を読む必要があるだろう。辞めておいた方が身のためだ

ーまぁ…それもそうか。必要なら自白魔法くらいなら使えるから、合図してね

ーとりあえず瑠璃が呼べって言ってんなら、アルフォンス以外は一旦出た方がいいよな



目の前を揺蕩っていたシャボン玉がパチンっと弾けるような感覚がして、瞼をきつく瞑ったあとそっと目を開ける。

意識を失っていたのかうたた寝していたのか、先程まで見ていた気がする夢の内容は綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

俯いていた視線をあげると、黄金色で宝石のように煌めく瞳と目が合った。
見覚えのあるその瞳は、あの部屋に最後に入ってきた騎士に間違いない。

「…ぁ、きしさま…!」

やっと会えた。やっと、願いを叶えてくれる人物が目の前に現れた。
瑠璃の心がこれほど喜びで満たされたのは一体いつぶりだろうか。
痛みで引き攣る口角を持ち上げて笑みを浮かばせた。

「っ、こんにちは、ルリ殿。目が覚められたようで何よりでございます。怪我の具合はいかがですか?」

一瞬面を食らったような表情を浮かべた気がしたが、すぐに精悍な顔つきに戻って瑠璃の体を案ずる言葉を投げた。

「いえ、僕は大丈夫です。どこも痛くないので、気にしなくて大丈夫です」

こんなに丁寧に治療してもらって傷が痛むと言ってしまえば失礼な気がして痛くないと言ったのだが、前髪の隙間からちらりと顔色を伺うと何故かアルフォンスの方がどこか痛そうな顔をしていて瑠璃は首を傾げる。

「私は近衛騎士団長を拝命しております、アルフォンス・フォン・ボールドウィンと申します。ご挨拶が出来ておりませんでしたので、改めてよろしくお願いします」

先程表情を歪めていたように見えたのは気のせいだったのか、何事も無かったかのようにアルフォンスが惚れ惚れするほど美しい所作で腰を折って名乗りを上げた。
瑠璃なんかにもちゃんと挨拶してくれるだなんてよく出来た人だと思ったし、きっとマリアが言う通り優秀な騎士に違いない。

「僕なんかに挨拶しなくても…あっ、ごめんなさい…僕は千草瑠璃ちぐさるりです」

せっかく名乗ってくれたのに、固辞してばかりなのは失礼かと思って慌てて瑠璃も自分の名を名乗った。

「チグサ、という家名だったのですか。素敵な響きですね」

きらきらと光を反射している銀髪がさらりと揺れて、誰もが見惚れてしまいそうな美しい笑みを湛えてアルフォンスが瑠璃の名を褒めた。

「そう、ですか…?初めて言われました」

瑠璃のことを褒める人など白しかいなかっただけに、真っ直ぐな賛辞を受け取ってたじろいでしまう。
もっとも、白の口から出た賛辞の言葉は全てお世辞でしかないのだと理解している。

「それはそうとルリ殿、なにか私に頼みたいことがあったのでは無いですか?なんでも仰ってください」

瑠璃に威圧感を与えないようにか、一定の距離を保ったままアルフォンスは話を続ける。
やはりこの誠実そうな騎士になら瑠璃の願いを任せてもいいと思えた。

「あの、アルフォンス様は白の騎士様、なんですよね…?」
「ええそうですよ。近衛騎士は本来王家に仕えているのですが、現在はシロ殿の直属の騎士を拝命しております」
「そうなんですね…良かった…」

白の騎士だと言うなら、瑠璃の望みなど叶えようと思わずとも職務のひとつにしか過ぎないだろうと思い安堵した。
手を煩わせるかもしれないと危惧していたが、職務ならきっと心配は要らないだろう。

昔家に引きこもっていた頃読んだ本に、騎士は主を守るのが役目で、それには降りかかる災難を排除することも含まれていると書いていた気がする。

「?良かったとは、なにがでしょうか?」

アルフォンスは何故不思議そうな顔をしているのだろうか。
アルフォンスが白の騎士で、そして瑠璃は白を不快にさせた罪深い魔族で。
それだけで瑠璃が望むことも、アルフォンスがすべきことも分かるはずだ。

「いつでも大丈夫なので、お願いします」

瑠璃がアルフォンスに向き合って両手を広げる。
瑠璃は完全に無防備な状態だ。
体中の治っていない怪我のせいでろくに身動きが取れない上に無防備な瑠璃など、アルフォンスからすれば始末することなど容易いはずだ。
アルフォンスには何故か瑠璃の目が効かないようだし、無駄な手順は踏まず即座に終わらせてくれるだろう。

「…?あの、すみません、話がよく分からないのですが…私はルリ殿のために何をすればいいのでしょうか?」
「なにをって…僕のこと殺すんじゃないんですか…?」

アルフォンスを真っ直ぐに見上げて質問を質問で返す。
何も分からない、というような顔をしたアルフォンスに歯がゆい気持ちを覚える。

「…は、い…?ルリ殿、一体何を、」

アルフォンスが目を見開いて、段々と瞳が驚愕の色に塗りつぶされていく。

「だから、僕を殺すためにあそこから出したんじゃないんですか…?」

瑠璃自身は当たり前のことを述べている気でいる。
本気でそう思っているから、疑問も感じずに真っ直ぐな瞳でアルフォンスを見つめている。

「それは、誰かから言われたのですか?」

瑠璃の言葉を聞くや否や、アルフォンスの体からぶわりと殺気が広がった。
今まで味わったことの無い種類の威圧感に、冷や汗が吹き出て体が震える。

「ひ…っ、ぁ、ご、ごめんなさい…っ!」
「…っ!すみません、ルリ殿に怒っている訳ではないのです…!」

体をガタガタと震えさせる姿を見て、慌てて殺気を収めたアルフォンスが瑠璃を落ち着けようと宥める。
王国最強と呼ばれる騎士の殺気はこんなにも恐ろしいものかと畏怖の念を感じた。
殺されるために騎士を呼んでもらったのに、いざ目の前にすると恐ろしくて震えてしまうなどつくづく自身の情けなさに嫌気がさした。

「ルリ殿、落ち着いてください。私は怒っていませんし、貴方を害するつもりもありません」
「そ、それじゃ困ります…ぼくのこと、殺してくれると思ったのに…」

悲痛な面持ちで瑠璃を害さないと言い切るアルフォンスに、信じられないというような視線を向ける。

「……ルリ殿、貴方がどうしてそう思うのか、本当の気持ちを聞かせてくださいませんか?」

本当の気持ちなど、殺して欲しいという気持ちしかないから、これ以上言えることなどない。
どうして分かってくれないのか、どうして分からないふりをするのか、瑠璃からすればアルフォンスの言い様の方がよっぽど理解が出来なかった。

「……頼む」

アルフォンスが敬語を崩して、瑠璃のすぐ隣の何も無い空間に目線をやった。
アルフォンスが見る先に瑠璃も視線を動かそうとした途端、自分の意思とは関係無しに口が開いた。

「…ころして、ほしい」
「それは貴方の本心ですか?」

心の底から思っている言葉が止めどなく口から出てくる。

「うそじゃない…僕はもう、生きていたくない、生きていちゃいけない」

視界がふわふわと濁ったような感覚がする。
言いたくないことまで、無理に心から引き出されているような気がした。

「もう、痛いのも寂しいのもやだよぉ…っ、」

嗚咽が漏れて次第に声が震える。

「必ず私達が貴方を守ると誓います。シロ殿がそばに居ます。寂しい思いもさせません。それでも、生きてはくれませんか?」

アルフォンスはまた守るだなんて嘘を言う。
そんなの信じたところで、瑠璃には何の得もないというのに。

「守って欲しくなんてない、ただ死なせて欲しいだけなのに、どうして殺してくれないの…?」
「私には貴方を殺すことなんて出来ません」

まるで暖簾に腕押しだ。
何度殺して欲しいと言っても、アルフォンスは了承しそうにない。

「それに、貴方が死ねばシロ殿が悲しみます」
「そんなの嘘だっ…!白が悲しむわけないのに、どうして嘘ばっかりつくの…まだ許してくれないの…?死ねば、許してくれるんじゃないの…!?」

白が悲しむだなんて、それこそタチの悪い嘘だ。
そもそも白が瑠璃の過去を話したから、騎士は瑠璃を排除するためにあの部屋から連れ出したのではないのか。

「何度でも言います、貴方が死ぬ必要なんてどこにもありません」
「そんなの、うそだよ…なにもわかってない…っ」

アルフォンスは一貫して、瑠璃を殺すつもりは無いと言う。
何を言っても真面目に取り合ってくれないようにしか感じないし、からかわれているようにすら感じる。

「ルリ殿は何から許されたいのですか?シロ殿は悲しまないと言ったのも、何か理由があるのですか?」
「…りゆう…?」

これは思い出しちゃいけない記憶だ、そう思うのに瑠璃の口は止まらない。

「だって、お父さんと、おかあさんが…死んじゃったから…」
「ルリ殿のご両親が関係しているのですか?」

また呼吸が苦しくなってくる。
今日はこればかりな気がする。
でもあの記憶を無理やり掘り起こされて、平静を保つことなど瑠璃には出来なかった。

「は…っ、は、っ、…おと、さん…おかあさ、ん…」
「ルリ殿…っ」

背中をさすろうとしたのかアルフォンスが瑠璃の方へ手を伸ばすのが見えるが、震える手でパシリと叩いてその手を避ける。
両親の声も思い出せないほどの遠い記憶、両親の暖かい笑顔が頭によぎって、何もかもが嫌になる。
死ねばみんな幸せになる、死ねば両親に会える。
瑠璃のこの気持ちはどうしたらアルフォンスにも伝わるのだろうか。

「だって、っ…みんな、が、言ってたんだよ、ぼくが死んだら、みんなしあわせになるんだって…っ」

乱れた呼吸をどうにか抑えながら心中を吐露するが、ぐちゃぐちゃに乱れた思考では、瑠璃の気持ちを上手く伝える言葉が出てこなかった。

「もうだめ、見てらんない。これ以上は触れちゃいけない記憶だよ」
「オルキナス…」

男の声が聞こえた瞬間、言葉にせずに心に閉じ込めていた気持ちが口からボロボロと零れ出していた先程までが嘘のように、瑠璃の口はピッタリと閉じていた。

瑠璃のすぐ隣、ついさっきアルフォンスが視線を向けた場所から男の声が聞こえた。
この部屋には瑠璃とアルフォンスの2人しかいなかったはずなのに、オルキナスと呼ばれた男以外にも白とマリアの姿が突如現れた。
アルフォンスは瑠璃のことを殺してくれるのだと思い込んで警戒していなかったが、白とマリアにはどうせまた裏切られるのだと不安が渦巻くせいで姿を見ただけで体が竦んでしまう。

「ごめんねルリ君。君の本当の気持ちが聞きたくて、魔法使っちゃったんだ」
「だ、だれ…?」

ジリジリと後退りを続けたせいであと少しで落ちてしまいそうな位置まで来てしまった。
ベッドが広くてベッド脇に立つ白達とは少し距離を取れたおかげで、パニックに陥らないギリギリの所でなんとか自分を保てた。

ベッド端に寄ってシーツを引っ張り、自分を守るように胸に抱き寄せた。
まるで部屋の押し入れに入って布団を頭から被っていれば辛いことから隠れられると思っていた、幼い頃の瑠璃に戻ったようだった。

「俺はオルキナス。アルフォンスと同じく騎士をやってる。ルリ君、近くに行ってお話してもいいかな?」
「…は、ぃ…」

まだ会ったばかりで警戒を解ける訳では無いが、瑠璃の目を見ないように少しだけ逸らされた視線や、近寄ることに対して許可を求める姿はオルキナスの配慮や優しさのようなものを感じる。
瑠璃が承諾すると、オルキナスは静かな動きでベッドに軽く腰を下ろした。

「先に言っておくけど、俺も騎士だからって君のこと殺そうなんて思ってないよ。むしろ神子殿やアルフォンスと一緒で、君を守りたいと思ってるんだ」
「で、でも、それじゃ困るんです…!」

アルフォンスが殺せないからオルキナスが代わりに現れたのだと思ったが違うらしい。
自分を騎士だと名乗ったのに瑠璃のことは殺せないと言う。

「みんなが幸せになるだなんて、誰に言われたの?ルリ君がいなくなると俺も寂しいんだけどな」

オルキナスが困ったように小さく笑いながら言う。
騎士とは本来、善良な人間を守る為に存在している。
オルキナスは1年間の浄化の旅の間、瑠璃がどれほど優しくて可愛くて素晴らしいのかを嫌という程白から聞かされていた。
善良な人間だと言うだけでなく瑠璃の人となりを少なからず知ってしまったオルキナスも、瑠璃を簡単に切り捨てることなど出来はしないのだ。

しかし、まさか白が瑠璃の長所ばかり吹聴していたなど瑠璃は知る由も無く、オルキナスまで寂しいだなんて嘘をついているのだとしか思えなかった。

「ちがう…っみんな言ってた…っ、しろだって…、ぅ、」

瑠璃から距離をとるように部屋の隅に立っている白にちらりと目線を向けたが、白が瑠璃の悪い噂を吹聴していると聞いたことを思い出して、すぐに目線を逸らした。
まだ傷も治りきらず回復したとは間違っても言えない状態で興奮してしまったせいか、目眩がして視界がぐるりと回った。

「瑠璃っ!」

白が咄嗟に瑠璃に手を伸ばそうとしたが、手が届く前にバランスを失って傾いた瑠璃の体はベッドの上に置かれたクッションに倒れ込んだ。
ふわふわと柔らかいクッションのおかげで倒れても瑠璃の体に痛みはなかったが、いつからか自分の吐く息が熱くなっていたことに気づく。

「ゃ、やだ…も、ひとりにして…っ」

殺してくれないというのなら、誰も触れないで欲しい。
死なせてくれないのなら、誰も近寄らないで欲しい。
はふはふと熱い息を吐きながらどうにかして言葉を紡ぐ。
頭がガンガンと痛んで、クッションに倒れ込んでいるはずなのにクラクラと体が揺れているように錯覚する。

「…熱が出てきたかな、起きたばかりなのにいっぱい話しかけちゃってごめんね。とにかく、今はいっぱい休んで元気にならないとだね」

クッションに埋めた頭の上から、幼子に語りかけるような優しい声色が降ってくる。
瞼を瞑っているのに涙が止めどなく溢れてくる。
思考はずっとぐちゃぐちゃに乱れていて、自分が何故泣いているのかも分からなかった。

「俺達は外に出てるけど、何かあったらすぐに呼んで。寂しくなったってだけでも呼んでいいからね」

誰かが瑠璃の肩に布団を掛けた後、部屋にいた数名がぞろぞろと部屋を出ていく音がした。
白が部屋を出て行く時瑠璃はクッションに顔を押し付けていたせいで、白が泣きそうに顔をゆがめていたのに気付かなかった。

瑠璃は誰もいなくなった部屋でようやくほんの少しだけ肩の力を抜くことが出来た。

「ふ、うぅ…っ、」

1人になったとしても瑠璃の瞳から零れる涙が止まることは無かった。
とにかく消えてしまいたかった。
やっと消えられると思っていたのに、騎士が瑠璃を殺さないというのなら、瑠璃のこの消えてしまいたいという気持ちはどう消化すればいいのか分からない。

こんな状態では閉じ込められる部屋が変わっただけで依然の生活と何も変わらない。
逃げることも出来ず男に囲まれるだけの生活なんてもう耐えられない。

結局はまだ絶望の縁から逃げられず、死ぬことも許されないのだ。

神様はなんて意地悪なんだろう。

はらはらと涙を流しながら、瑠璃は存在すら分からない神を恨んだ。
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