豪雨

MJ

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床下浸水

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山田が住んでいる地域は普段は河原でのんびり散歩を楽しむことができる川沿いの町である。ただし、今夜のような大雨が降っている日は水が流れ込んできて浸水する心配がある。先程川の様子を見に行った際には、かなり増水しており、市内の水が至る所から流れ込んできて濁流がかなり大きくなっていた。まるでモンスターのように暴れている。何とか防波堤が決壊する前に雨がやんでもらわないと困る。そう考えながら家に帰って天気予報のチェックをしていた。すると、チャイムが鳴ったので表に出てみると近所の奥様方が数名立っていた。どうやら床下浸水しそうな家があるので男手の助けを呼びに回っているらしい。山田は直ぐに汚れても良いような作業着に着替えて雨の中にスコップを持って出て行った。
「お休みのところ悪いのお」
「困った時はお互い様じゃけぇ。何したらええんじゃ」
「用水路の方から水が溢れてきょうるけえ水がこっちに来んように土嚢を積んでくれ」
見るといつもは水がない駐車場が水たまりになっている。このまま水かさが増えたら二、三軒水浸しになってしまう。
「分かった」
山田はすぐさま作業にとりかかる。近所の住民と消防隊員が10数名ほど集まり土嚢を運んだ。ポンプ車で溜まった水を川に放水するが、距離が足りず同じ場所に流れ込んできている。
山田はこれでは意味が無いと思った。
水は流動的な物質であり、次から次へと物理の法則に従って押し寄せてくる。
これだけの量の水の前では人は無力である。逃げ場を失った水は静かに溜まっていく。
それが例え俺たち人間にとって大事な家だったとしても、指を咥えて見ているしかない。
必死の抵抗にも関わらず、水は徐々に増えていき神田さん家の庭はついに水浸しになってしまった。水の中を歩く度に水が揺れる。これ以上は水が来ないでくれと懸命に作業のピッチを速めるが、水の増えるスピードにはかなわない。
色んなものが水に浸かっていく。プラスチックで出来た軽いものは水の上をプカプカと漂いはじめる。重いものは沈んだまま見えなくなる。
若い男の人がアパートから出てきて駐車場の水の中をバシャバシャと泳ぐように歩き始めた。そして水に半分ほど浸かった車のドアを空けた。キーを差し込んで回すがエンジンはかからない。直ぐに諦めて戻ってくる。パジャマ姿である。先程まで寝ていて慌てて出てきたのだろう。車はおしゃかになった。可哀想に教えてあげようにも近所づきあいがあまり無かったので持ち主が分からなかったのである。
幸いこれ以上水が増えることはなかったが、この地域では神田さんほか2軒が運悪く床下浸水をしてしまった。
夜が開けた頃には徹夜で作業を行ったみんなの顔がだいぶむくんでいた。
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