婚約破棄されて衝動買いしたら異世界にて王子に求愛された

MJ

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黒猫に導かれて

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 アスカが腕時計を買う事を伝えると、老淑女は腕時計が動かないことを分かっているのかとても心配してくれた。ネジを動かしても針が動かないことを何度も見せてくれた。
 それでもとても気に入ったので買うということをはっきりと伝えると、老淑女は困った顔を笑顔に変えて
「メルシーボークー」ととても素敵な声で言ってくれた。

 アスカは、こちらこそこんな素敵な腕時計を売ってくれてありがたいわと思い、とびきりの「メルシーボークー」で応えた。
支払いはカードで済ませた。気がかりなのは来月の支払いのみだ。それに関しては心の中はトホホホなのだが、アスカは気丈に振舞った。

 老淑女は腕時計をアスカの左腕に丁寧に着けてくれた。本当にピッタリとアスカの手にフィットした。まるでアスカのために作られたような腕時計である。アスカにとっては針が動かない以外はなんの問題もない。本当は針が動かなければ時計としての用を全く果たしていないのだが……
まあ、最悪アクセサリーとして使えばいいか。
 アスカは老淑女にもう一度お礼を言ってハグをした。
 旅人のアスカはこの優しくて気品のある老淑女に二度と会うことはないかもしれないと思うと切なさを感じた。言葉は通じなくとも心は通じあっている気がした。そして、名残惜しさを感じつつも店を後にした。

支払いはきついが衝動買いに悔いはなし!

 気に入った腕時計をしているだけで何だか世の風景が変わって見えた。ワクワクしてこの世の全ての物が愛おしく感じた。

 すると、目の前に黒猫が現れた。気だるそうに後ろ足で首をかいている。スマートな体型にツヤのある毛並みだ。
「か、かっわいい!」
 触りたいと思ってアスカが近づくと黒猫は遠ざかった。その後も近づくと近づいた分だけ距離を測ったように離れていった。アスカはどうしても触りたくなって黒猫を追いかけて行った。黒猫は路地裏に歩いていった。
「逃がさないわよ~」といってアスカも路地裏に入っていく。黒猫はどんどん路地裏の坂道を登って行く。さすがにアスカが疲れて諦めかけると、黒猫が「ニャー」といって誘うように鳴く。
「なによ。もしかして誘ってる?」と声をかけても「ニャー」と鳴くのみである。

「ついて行ってあげるけど、ちゃんとなでなでさせてよねー」と息を切らしながら黒猫について行くと、黒猫は坂道の途中にある緑色の屋根の店に入っていった。アスカもその中に入って行くと、痩せた黒人の男がいた。男はメガネをかけて机に向かい何か小さな機械を修理している。黒猫はいない。
 男はアスカをじろりと見上げると「ボンジュール」と言った。
 アスカも「ボンジュール」と応えると、男はアスカの腕時計に目をやった。腕時計に興味を示してフランス語で何かを話しかけてくるが、アスカは意味がわからず警戒をする。男が立ち上がって近づいてきて、アスカの腕時計に触ろうとするので、とっさに十字小手という技を決めた。アスカは少林寺拳法二段の腕前なのでこれくらいは朝飯前だ。
「ノー、ノー、ノー」と男が叫ぶ。男は手首の関節を決められてその場にひれ伏している。初めてこの技をかけられた人は手首の関節が相当痛いはずだ。アスカは手を離すとさっと店の出入口の方に移動した。
 この騒動を聞きつけて、店の奥の方から女性が出てきた。この男の奥さんと思われる。

 二人がフランス語で言い争いを始めたので、アスカはその隙に店を出ようとした。
すると、
「ウェイト!プリーズ!」と英語で声をかけられた。それから奥さんが英語で説明してくれた。

 どうやら男は腕時計の修理職人で、その腕時計がとても珍しい品物なので見せて欲しいそうだ。もし、それが本物ならとても珍しい構造をしているばすなので興味があるらしい。

 アスカは大事な腕時計を男に渡すのはためらわれたが、二人の目はとても澄んでいて悪い人には見えない。熱心にお願いされて、結局渡すことにした。

以下、英語のできる奥さんが通訳してくれた男との会話である。

「おいおい、驚いたよ。これは本物だ。何処で手に入れた?」

「町の貴金属店」

「こいつが売られていたのかよ。気づいてたらなあ。良かったら俺に売ってくれないか?」
「嫌だ」
「五千ユーロ出すぞ」
「え?! そんなに価値があるの? でも私はすごく気に入ってるから手離したくない。それに壊れてるし」
「壊れてるのか?」
「そう」
「これは特別な構造なので素人には直せない。ほらこうすれば簡単に開く」
男が器用に工具を差し込むとパカッと音がして時計の裏が開いた。中には細かい金色の歯車が無数に絡み合っている。
「凄くきれい!」
「ほら、この歯車が外れている。ここをはめれば直るかもしれない……」
男はしばらく時計をいじっていたが直らなないので諦めて裏蓋を閉じた。
「ダメだ。直らないや。歯車をはめたので直っているはずなんだがな。スキャンをして細かい構造を解析すれば分かるんだが……。1ヶ月位預けてくれれば何とかなるかもしれない」
「それはだめ。私はもうすぐ日本に帰るから一ヶ月も預けられない」
「そうか。残念。ただ、見せてくれたお礼に磨いてやるよ」
そう言って男は特別な液体をつけて時計を丹念に磨いてくれた。

くすぶった色をしていた時計がみるみるうちに綺麗になり、本来の輝きを取り戻した。

日光が当たると神秘的な光を反射して幻想的な輝きを放つ。

「うわぁー。綺麗。ありがとう」

「うむ」
男は満足そうに微笑んだ。

「料金はいくら?」

「そんなもの、サービスに決まってんだろ」

「ありがとう!」

「盗まれないように気をつけな。お嬢ちゃん」

 アスカは腕時計を着けるとルンルンになってホテルに帰った。
部屋のドアを開けた時、どこから現れたのか、黒猫がドアの隙間からするりと部屋に入り込んだ。
「そういえばあなたどこにいたの? 」
「ニャーン」
と黒猫はベッドの上に座って応えた。
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