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南フランス マルセイユ
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アスカが十時間かけて南フランスのマルセイユ空港に降り立つと、素晴らしく晴れていた。
「気持ちいい」
大きく伸びをして都心行きのバスに乗り込むと、窓の外では白人の男女が熱い抱擁をしていた。フランス人だろうか。よく見ると年令は六十歳くらいの老カップルである。日本ではまず見かけない光景に新鮮さを感じてまじまじと見入ってしまった。二人は何かを語りながら泣いている。しばらくすると老淑女だけがバスに乗り込んだ。老紳士はバスの外から顔を真っ赤にして大粒の涙を流している。
「ジュテーム」と老淑女に向けて叫ぶ老紳士。
バスの中から手を振って「ジュテーム」と応える老淑女も美しい涙を流している。
アスカはその光景に感涙してしまった。
事情はよく分からないが二人はしばらく離ればなれになるのだろう。別れを惜しむ姿から二人がとても愛し合っていることが分かる。
羨ましい。
次には自分もきっとああいう恋をしようとアスカは思った。
バスが出発すると、しばらくは金色の小麦畑が広がる道を走った。それから洋風の建物が増えてきて、石畳のしかれたオシャレな都会に着いた。ホテルに荷物を預けて港に行くとヨットが無数に並んでいる。路地裏からいい匂いがするので近寄ってみるとケバブが売られていた。食いしん坊のアスカは早速ケバブのサンドイッチを買って食べた。
「うまい!」と思わず叫びながら頬張る。ジューシーな肉汁と香辛料の効いた香ばしいケバブは空腹のアスカにはとても美味しく感じた。
バスに乗り海岸線に移動すると明るい地中海が広がっていた。芝生の公園ではたくさんの人がくつろぎ、サッカーをしている。人気の少ない海岸の方を散歩しているとトップレスの白人女性がシートをひろげて寝転んでいた。なんて開放的なんだろう!
見るもの全てが 刺激的だった。
アスカは自分の好きな小説の舞台が南フランスだったこともあり、いつかは来ようと思っていた。そして実際に来てみると、憧れてた以上に素晴らしかった。何もかも日本とは違っていて新鮮だ。
アスカはそれから活発に動き回ってフランスを満喫した。美術館に行き、コンサートに行き、ウインドウショッピングをし、レンタカーでドライブをした。
欲しいと思ったバッグや洋服は沢山あったけれども我慢した。予算が限られているし、それよりも興味があったのは食事だった。チーズやピザやワインはいくらでも美味しいものがあった。一人でレストランやBARにも入った。
ある夜、アスカがBARに入り、一人でワインを飲んでいると白人男性が声をかけてきた。金髪に鼻筋の通った端正な顔に青い瞳はまるで王子様のようだ。多分ナンパだろう。アスカはとつぜんのロマンスにドキドキしたが、流暢なフランス語で語りかけてくる彼が何を言っているのか分からない。
「は、はい。あ、い、いえ」としどろもどろになっていると、やがて苦笑いをしながら去っていった。
アスカはふぅーと大きくため息をついた。
めっちゃ緊張した~。
あんな王子のような人に声をかけられても言葉が分からないんじゃどうしようもない。やっぱりわたしには言葉の通じる日本人が合ってるのかな。
翌朝、お土産を買うためにアスカがお店を回っていると、ガラス張りの宝石店の中に見覚えのある女性がいた。空港で熱い抱擁をしていた老淑女だった。もちろん向こうはアスカのことは覚えてないだろうけれど、気になったのでお店に入ってみることにした。
しかし、扉には鍵がかかっていた。なんだ閉まっているのかと思っていると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
中から老淑女が優しそうに微笑みながら手招きをしている。
アスカが入店すると扉には再びガチャリと鍵がかかった。
どうやら強盗に入られないように中からロックしているみたいで、店員の許可がないと入れない仕組みらしい。
ショーケースにはずらりと高そうな貴金属が並んでいた。
老淑女は何やら話しかけながらアスカに近寄ってきてハグをした。
え?
どうやら老淑女はバスで一緒だったことを覚えていたみたいだ。
驚いてなぜ? という仕草をすると、老淑女はアスカの長い黒髪を指し示した。
確かにここでは黒髪は目立つ。
アスカは二人が別れるシーンをみて自分が泣いたという事を英語とジェスチャーを混じえて何とか伝えた。すると、老淑女が大袈裟に泣くジェスチャーをしたので、何だか可笑しくなり二人で笑った。
それから、老淑女はショーケースをアスカに見せてくれた。言葉は通じないが、アスカに似合いそうなものを選んでくれている。どれもこれも素敵なアクセサリーだったが、アスカには値段が高すぎて買うことができないものばかり。安くても二千ユーロする。日本円で二十万以上もするのだ。今のアスカにはとてもじゃないが買うことは出来ない。
アスカは丁寧に断りながら、老淑女の勧める品物を眺めていた。すると、隅の方にとても気になる時計が目に入った。
とても古いが月の形をしていてなんとも魅力的なデザインだった。値段は千ユーロ。この中では安い。手に取ってみると、しっかりとした重みがあり、サイズもピッタリだった。ちいさな宝石がちりばめられていてとても手がこんでいた。
アスカは一目で気に入った。
だが、老淑女は、申し訳なさそうに首を振り、針を指した。針は12時10分を指したまま動いていなかった。
「ブロークン?」
「ウィ」ジェスチャーでなすすべなしと言っている。
アスカは悩んだ。壊れていてもとにかく欲しい。こんなに欲しいと思ったものは今まで無かった。魂が吸い取られるのではないかと思えるほど心が魅了されていた。
値段的には無理をすればなんとか買えないことも無い。
ただ、壊れていることが気になる。動かないから安いんだろう。でも、どこかに持っていけば直るかもしれない。
ええーい、ままよ。
アスカは買うことに決めた。
「気持ちいい」
大きく伸びをして都心行きのバスに乗り込むと、窓の外では白人の男女が熱い抱擁をしていた。フランス人だろうか。よく見ると年令は六十歳くらいの老カップルである。日本ではまず見かけない光景に新鮮さを感じてまじまじと見入ってしまった。二人は何かを語りながら泣いている。しばらくすると老淑女だけがバスに乗り込んだ。老紳士はバスの外から顔を真っ赤にして大粒の涙を流している。
「ジュテーム」と老淑女に向けて叫ぶ老紳士。
バスの中から手を振って「ジュテーム」と応える老淑女も美しい涙を流している。
アスカはその光景に感涙してしまった。
事情はよく分からないが二人はしばらく離ればなれになるのだろう。別れを惜しむ姿から二人がとても愛し合っていることが分かる。
羨ましい。
次には自分もきっとああいう恋をしようとアスカは思った。
バスが出発すると、しばらくは金色の小麦畑が広がる道を走った。それから洋風の建物が増えてきて、石畳のしかれたオシャレな都会に着いた。ホテルに荷物を預けて港に行くとヨットが無数に並んでいる。路地裏からいい匂いがするので近寄ってみるとケバブが売られていた。食いしん坊のアスカは早速ケバブのサンドイッチを買って食べた。
「うまい!」と思わず叫びながら頬張る。ジューシーな肉汁と香辛料の効いた香ばしいケバブは空腹のアスカにはとても美味しく感じた。
バスに乗り海岸線に移動すると明るい地中海が広がっていた。芝生の公園ではたくさんの人がくつろぎ、サッカーをしている。人気の少ない海岸の方を散歩しているとトップレスの白人女性がシートをひろげて寝転んでいた。なんて開放的なんだろう!
見るもの全てが 刺激的だった。
アスカは自分の好きな小説の舞台が南フランスだったこともあり、いつかは来ようと思っていた。そして実際に来てみると、憧れてた以上に素晴らしかった。何もかも日本とは違っていて新鮮だ。
アスカはそれから活発に動き回ってフランスを満喫した。美術館に行き、コンサートに行き、ウインドウショッピングをし、レンタカーでドライブをした。
欲しいと思ったバッグや洋服は沢山あったけれども我慢した。予算が限られているし、それよりも興味があったのは食事だった。チーズやピザやワインはいくらでも美味しいものがあった。一人でレストランやBARにも入った。
ある夜、アスカがBARに入り、一人でワインを飲んでいると白人男性が声をかけてきた。金髪に鼻筋の通った端正な顔に青い瞳はまるで王子様のようだ。多分ナンパだろう。アスカはとつぜんのロマンスにドキドキしたが、流暢なフランス語で語りかけてくる彼が何を言っているのか分からない。
「は、はい。あ、い、いえ」としどろもどろになっていると、やがて苦笑いをしながら去っていった。
アスカはふぅーと大きくため息をついた。
めっちゃ緊張した~。
あんな王子のような人に声をかけられても言葉が分からないんじゃどうしようもない。やっぱりわたしには言葉の通じる日本人が合ってるのかな。
翌朝、お土産を買うためにアスカがお店を回っていると、ガラス張りの宝石店の中に見覚えのある女性がいた。空港で熱い抱擁をしていた老淑女だった。もちろん向こうはアスカのことは覚えてないだろうけれど、気になったのでお店に入ってみることにした。
しかし、扉には鍵がかかっていた。なんだ閉まっているのかと思っていると、ガチャリと音がして鍵が開いた。
中から老淑女が優しそうに微笑みながら手招きをしている。
アスカが入店すると扉には再びガチャリと鍵がかかった。
どうやら強盗に入られないように中からロックしているみたいで、店員の許可がないと入れない仕組みらしい。
ショーケースにはずらりと高そうな貴金属が並んでいた。
老淑女は何やら話しかけながらアスカに近寄ってきてハグをした。
え?
どうやら老淑女はバスで一緒だったことを覚えていたみたいだ。
驚いてなぜ? という仕草をすると、老淑女はアスカの長い黒髪を指し示した。
確かにここでは黒髪は目立つ。
アスカは二人が別れるシーンをみて自分が泣いたという事を英語とジェスチャーを混じえて何とか伝えた。すると、老淑女が大袈裟に泣くジェスチャーをしたので、何だか可笑しくなり二人で笑った。
それから、老淑女はショーケースをアスカに見せてくれた。言葉は通じないが、アスカに似合いそうなものを選んでくれている。どれもこれも素敵なアクセサリーだったが、アスカには値段が高すぎて買うことができないものばかり。安くても二千ユーロする。日本円で二十万以上もするのだ。今のアスカにはとてもじゃないが買うことは出来ない。
アスカは丁寧に断りながら、老淑女の勧める品物を眺めていた。すると、隅の方にとても気になる時計が目に入った。
とても古いが月の形をしていてなんとも魅力的なデザインだった。値段は千ユーロ。この中では安い。手に取ってみると、しっかりとした重みがあり、サイズもピッタリだった。ちいさな宝石がちりばめられていてとても手がこんでいた。
アスカは一目で気に入った。
だが、老淑女は、申し訳なさそうに首を振り、針を指した。針は12時10分を指したまま動いていなかった。
「ブロークン?」
「ウィ」ジェスチャーでなすすべなしと言っている。
アスカは悩んだ。壊れていてもとにかく欲しい。こんなに欲しいと思ったものは今まで無かった。魂が吸い取られるのではないかと思えるほど心が魅了されていた。
値段的には無理をすればなんとか買えないことも無い。
ただ、壊れていることが気になる。動かないから安いんだろう。でも、どこかに持っていけば直るかもしれない。
ええーい、ままよ。
アスカは買うことに決めた。
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