ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~

フジノシキ

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第5章 ヒカリノツバサ

これからもよろしく

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「三人ともお疲れさん!」
「お疲れ様。良いステージだったわ」

 三人が控え室に戻ると、音響室から戻ってきていた亜紀と紗夜香が迎えてくれた。

「やったよー!」

 そう叫んで亜紀に飛び付く佑香。亜紀は髪をくしゃくしゃになで回して佑香を迎える。
 一方、紗夜香は優しく美空に話し掛ける。

「……良かったわね」
「はい」

 玲も目を潤ませながら、そんな美空を見つめている。亜紀に抱きついていた佑香が、離れると美空と玲の方を向く。

「わたしたち、お客さんを笑顔にできていたかな?」
「うん、みんな笑顔だった」
「れいちゃん、お客さんが見えてたの?」
「たまにだけど、間奏の時とか、客席を見るようにしていた」

 それは、玲自身にとっても大きな成長だった。ファーストライブの時の、自分以外見えていなかった玲はもうここにはいなかった。

「わたしはまだまだだなぁ。二人との位置関係を気にしてたら客席まで見られなかったや」
「佑香はセンターだからアタシよりも気にしないといけないことがたくさんあるしね」
「よーっし、次のライブの目標は客席を見る余裕を作ることだ!」

 そう言って力こぶを作る佑香を笑って見る玲と美空。美空が、一瞬間を置いて、口を開く。

「玲ちゃん、佑香ちゃん、ありがとう」

 あらたまった美空の言葉に、二人も美空の方を向く。

「二人には関係の無い私自身のことで迷惑かけちゃってごめん。でも、二人のおかげで、ちゃんと正面から自分にとってのトラウマを乗り越えられた気がする」
「関係ないことなんて無いよ。美空の悩みが解決できたなら、アタシも嬉しい」

 玲の言葉に、横で頷く佑香。その時、ある言葉が佑香の脳内をよぎる。前回リハーサルでこの大倉山に来た時に美空と交わした会話だ。


 『みそらちゃん、また飛びたいの……?』
 『飛べるなら、ね』
 『私はもう、飛べないから』


 あの時、たしかに美空はまた空を飛びたいと言っていた。自分はもう飛べないから、と。
 ならば、飛べない原因となっていたトラウマを克服した今、美空はまたジャンプの世界に戻りたいのではないか。地道なアイドル活動と、世界で戦うジャンプ選手、美空が選ぶのは……。

 急に不安に駆られた佑香は、きょろきょろと視線を泳がせる。すると、紗夜香と目が合った。紗夜香の視線から、紗夜香も佑香と同じ可能性を考えていることがわかった。そして、佑香に向かって静かに頷いた。美空の選択を尊重しよう、と。

「今日、『ヒカリノツバサ』で跳んだ時、目の前の景色が光り輝いて見えたんだ」

 美空の言葉をじっと聞く佑香。

「昔、ジャンプで優勝を決める飛躍を決めた時と同じ感覚……。もう二度と見られないと思っていたあの光景。だから」

 佑香は次の言葉を待つ。どんな言葉が出てきても受け入れられるように。

「だから、私、もっともっとライブをしていきたい! アイドルとして、どこまであの先の景色を見ることができるか、挑戦していきたい」
「えっ」
 
 美空の口から出てきた言葉が、予想していたものと違って一瞬ぽかんとする佑香。その佑香に、美空が笑いかける。

「だから、佑香ちゃん、玲ちゃん。これからもよろしく!」
「みそらちゃん……!」
「うん」

 泣きそうな笑顔になる佑香と、優しく微笑む玲。そのまま三人は肩を抱き合った。

「おーい、ウチも仲間ハズレにせんといてやー」
「あはは、もちろん亜紀ちゃんも、紗夜香先輩もみんなだよ」
「ふふ、私も仲間にいれてくれるのね、ありがとう」
「もちろんですっ」

 外から『これより試技を開始します』というアナウンスが聞こえてくる。

「これからどうする? テレビ局の方にはさとみなちゃんが挨拶に行ってくれたみたいだけど」
「せっかくここまで来たのにこのまま帰るのもなんかもったいない気が」
「でもロッジとかも前のリハの時に一通り見たしね」

 そんな佑香と玲の会話を聞いていた美空が提案をする。

「じゃ、せっかくだし試合を見ていかない?」
「そうか、今から始まるんだよね」
「元選手の解説付き。どう?」

 美空の言葉に、佑香が乗り気になる。

「わあ、楽しみ! じゃ行こう!」
「こらこらゆかっち、ステージ衣装のままやんか」
「あっそうか」
「じゃとりあえず着替えましょうか」

          ★

 試合が始まり、観客席の後方で観戦する五人。
 選手が上から飛んでくる度に「おー」「うわー」と歓声を上げる佑香。試合のルール等、わからないことを美空に聞きながら観る玲。

 やがて試合が進み、日本代表の選手達が大ジャンプを見せ始める。原木選手の百四十メートルのジャンプに観客からどよめきが起きる。

「ねえ、みそらちゃん」
「ん、何?」
「みそらちゃんもこれくらい飛んでたの?」
「うん、さっきも話したように助走距離や風の影響で毎回条件は変わるんだけど、条件の良い時だったら百三十七メートルまで飛んだことがあるよ」

 玲も話に入ってくる。

「百三十七メートル飛んだ時って、どんな感覚だったの?」
「うーん、そうだなぁ」

 そうつぶやいて、思い出すようにちょっと目を瞑る美空。そして、目を開けるとまだ仮設されたままのステージを見る。


「今日のライブの時みたいかな」


 そう言葉にした美空の笑顔に、雲の切れ間からの木漏れ日が優しく差し込んだ。
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