ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~

フジノシキ

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第5章 ヒカリノツバサ

一歩先を目指して

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「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト!」

 豊平川の河川敷で、紗夜香が手を叩きながら掛け声を上げる。

「さやか先輩、今脚を寄せたあとに外側の腕をさっと開く感じにしてみたんですがどうでしたか?」
「ええ、動きが大きくて見栄えが良くなったわ」
「ailesの蘭さんがやってたのをマネしてみたんです」

 そう言って佑香が笑顔を見せる。その言葉に玲が重ねる。

「ねえ佑香、ailesの流嘉さんのダンス、髪がふわっと舞い上がってキレイだった。アタシも同じくらいの髪の長さだけど、どこが違うんだろう?」
「うーん、実はわたしailesのとき蘭さんばっかり見てて流嘉さんのダンスきちんと見てなかったんだけど、髪を舞い上がらせるんならカカトをキュっと返してみるとか」

 そう言って、その場でツーステップを行う佑香。開いた脚を寄せる際につま先を軸に踵を捻ってみせる。

「ん、やってみる……」

 玲も佑香の真似をしてツーステップを行うが中々上手くいかない。

「玲ちゃんは下半身だけ捻って腰から上が動いていないから、捻るときに腰ごと捻るように意識してみるといいんじゃないかな」
「腰ごと捻る……」

 美空のアドバイスを聞いて、さらに玲が何度かステップを繰り返す。やがて、身体の捻りに合わせて美しい黒髪がふわりと舞い上がるようになる。

「あ、今の感じ……」
「うん、れいちゃんすごいキレイだった!」
「あとは今の動きを忘れないように反復練習ね」
「はい」

 紗夜香の言葉に頷く玲。

「いやあ、みんな気合が入ってますなぁ」

 その様子を紗夜香の横で見ていた亜紀がつぶやく。

「そうね、よっぽどこの前のライブで良い影響を受けたみたい」
「なんか青春してますなぁ」
「もう、亜紀ちゃんもフレッシュな一年生なんだから。あ、そうだ亜紀ちゃん、今回屋外のライブだから、亜紀ちゃんに手伝って欲しいことがあるの」

          ★

 その後も熱の入ったライブの練習が続いた。
 佑香、美空、玲のそれぞれがお互いの気付いた点を指摘し合っていた。

「サビのラストのところ、もうちょっとみそらちゃん声を出してもいいかも。わたしとれいちゃんがけっこう張り上げて歌っちゃってるから」
「うん、わかった。声を張り上げる感じってどうやればいいんだろう?」
「美空も、一回腹式呼吸の基礎を練習した方がいいと思う。アタシは合唱部でやってたし、佑香はカラオケで自然とできてるから……」
「腹式呼吸か。今から練習してライブに間に合うかな」
「マスターできなくても、基本を知っておくだけで大分違うと思う……」

 今日も三人で話し合っていたところ、紗夜香と亜紀がやってきた。亜紀が両手で持つ荷物には、いつものCDプレーヤー以外にも別の機械が入っていた。

「みんな、今度のライブは屋外で、どうも話を聞く限りイヤモニが必要そうなの」
「イヤモニ、ですか?」

 紗夜香の言葉に聞き慣れない単語があった美空が質問をする。

「イヤーモニターの略で、スマホなんかで音楽聴く時に使ってるイヤホンの高性能なやつだと思ったらええで」

 亜紀が質問に答える。

「あ、知ってます。大きいホールや屋外でやると伴奏が遅れて聞こえてくるから付けるんですよねっ」
「佑香ちゃんさすがね。その通りよ。今回は仮設ステージでモニタースピーカーが無いらしいの」
「モニタースピーカー?」

 今度は玲が質問をする。英語の意味としてなんとなくのイメージは沸くが具体的にはどういうものかわからない。

「この前観に言ったライブハウスにもあったと思うけど、ステージの手前側に四角い箱があったでしょ? あれがモニタースピーカー。あれがあると歌い手のすぐ目の前から音が流れてくるから伴奏とのタイムラグは発生しにくいんだけど、今回は無いらしいの」
「論より証拠や。みんな、その場に居てえな」

 そう言うと、亜紀は三人から十メートル以上離れて、そこにCDプレーヤーを置く。

「今からヒカリノツバサを流すから、それに合わせて歌ってえな! こっちまで聞こえるくらい大声でな」
「えー、それじゃ歌うっていうより叫ぶかんじになっちゃうよぉ!」
「それでええから!」

 離れた場所で、亜紀と佑香が大声で会話を交わす。

「それじゃ流すで!」

 亜紀が叫ぶと、CDプレーヤーを再生する。それと同時に、手元の別に機械も動かす。

「「「♪ヒカリーノツーバサー広げーとーびたとー!」」」

 三人が一番を歌い終わったところで、亜紀がCDプレーヤーを止める。

「みんなこっち来てやー!」

 歌い終わった三人が亜紀の元へ行く。亜紀が手に持っている機械を前に出す。

「今、これで録音をしていたんや。ウチの位置のお客さんが聴くと、こんな感じに聞こえるんや」

 そう言って亜紀が録音機を再生する。音質はかなり悪いがCDプレーヤーからの伴奏と三人の歌声が入っている

「なにこれ、気持ち悪い」
「うん、伴奏から歌がぴったり一拍半遅れている……」

 美空と玲が流れてきた音源の感想を言う。玲の言う通り、CDプレーヤーからの伴奏の音から少し遅れて、遠くの方から三人の歌声が聞こえていた。カラオケでたまにリズム感がなくなり伴奏とずれたまま歌ってしまうことがあるが、ちょうどそれと同じ状態だった。

「そこで、こうなってしまわないようにするのがイヤモニなの。今度はこれを付けて、CDプレーヤーからの音じゃなくてイヤモニから聞こえてくる音に合わせて歌ってみて」

 そう話して紗夜香が三人にイヤホンとレシーバーの様なものが一体化した機材を渡す。三人でどうやって付けるか顔を見合わせ、とりあえずジャージのズボンにレシーバー部分を入れることにする。

「それじゃいくでー!」

 そう叫んで亜紀がCDプレーヤーを再生すると、美空の耳にすぐヒカリノツバサの伴奏が流れてくる。それと同時に、耳に直接入ってくる音から少し遅れて、CDプレーヤーから直接響いてくる伴奏も聞こえてくる。やまびこのような状態に戸惑いながらも、美空はイヤモニからの音を頼りに必死に歌いきる。

「どうだったかしら? 初のイヤモニは」
「難しかったです。イヤモニからの伴奏とCDプレーヤーからの伴奏と、今どっちに合わせているのかわからなくなりそうで」

 紗夜香に聞かれて、美空が素直に難しかった旨を伝える。他の二人もそれは同じだった。

「わたしもなんとなく歌ってて気持ちよくのれない感じがしました」
「アタシも、イヤモニに集中したら逆にリズムが速くなりそうになって……」
「その辺りを違和感なく歌えるようになるまで、本番まですぐだけど練習しましょう」
「「「はい!」」」

          ★

「最後にー、キメっ!」

 佑香の声に合わせて、三人が決めのポーズを取る。
 イヤモニを付けての練習から一週間ほど、三人共ほぼスピーカーの音には釣られずにイヤモニの伴奏に合わせて歌えるようになっていた。

「三人ともお疲れな」
「あきちゃんありがとーっ」

 亜紀がタオルとスポーツドリンクを持ってやってくる。

「もうイヤモニにも大分慣れたね」
「うんっ、これで次からはお客さんに「魅せる」練習に集中できそう」
「アタシも、歌い方で挑戦してみたいことがあるから、試してみる……」
「三人とも気合い入ってるなー。いい感じやで」

 会話をしている四人から少し離れた場所で、紗夜香はスマートフォンで誰かと電話をしていた。その紗夜香が電話が終わったらしく四人の元へ来る。

「みんな、今さとみなちゃんから連絡があってね、来週の月曜日放課後に本番の会場でリハーサルができるそうよ」
「本当ですか、やったー!」

 はしゃぐ佑香。その横で、玲はあることに気付く。

「本番の会場って……」

 美空が、奥歯をぎゅっと噛み締めてつぶやいた。

「大倉山……」
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