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第5章 ヒカリノツバサ
ネクスト ライブ
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「これが企画書だ」
佑香たちがライブに行った数日後。
アイドル同好会の部室に、紗夜香と顧問の美奈子の二人だけが居た。紗夜香はいつものお誕生日席に座り、美奈子は窓際に立っている。美奈子から渡されたA4用紙一枚の企画書に紗夜香が目を通す。
「……どう思う?」
おそらくはライブ等のイベントの企画書と思われるが、それに対してどう思うというのは少しおかしな聞き方だった。小さなライブイベントの場合、イベント企画者が無名の人間だとイベント自体がドタキャンになる危険があったりするが、そういう意味でのどう思う、というわけでも無さそうである。
「そうね、もちろんこんな大きなチャンス早々無いわ。みんなも出たいと思うけど、ただ……」
紗夜香の方も歯切れが悪い。
「ただ、美空ちゃんがどれくらい引きずっているものなのか、正直わからないのよね。みんなも気を使っているのかあまりその話題は口に出さないし」
紗夜香の口から、美空の名前が出てくる。美奈子も眉間にしわを寄せながら紗夜香の言葉を聞いている。
「とりあえず、放課後みんなに話してみましょう。本人の反応を見てみないと、ここでいくら話してもしょうがないわ」
「そうだな」
二人が席を立つと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
★
「失礼しまーすっ」
放課後、アイドル同好会の部室のドアを佑香が元気に開ける。美空、玲、亜紀も一緒だ。
「今日もみんなお揃いね」
部室にはすでに紗夜香がいた。いつもの笑顔で皆を迎える。そして、今日は隣にもう一人姿があった。
「あ、さとみな先生こんにちわー」
「おう、元気にやってるか」
「先生、ライブのチケットありがとうございました」
そう礼を述べて玲が頭を下げる。そうだとばかりに佑香が話を続ける。
「さとみな先生、ライブすっごいよかったです! もう次のライブが待ちきれないって感じですっ!」
「そうか、そりゃ良かった」
ちょうどライブの話が出たので、紗夜香が話を切り出す。
「ねえみんな、来て早速なんだけど、話があるの。とりあえず座って」
紗夜香の言葉に荷物を置いて座る一年生四人。全員が座ったのを確認して紗夜香が話す。
「実は、ライブの話が来ているの」
言葉の意味が飲み込めていないかのように一瞬の間を置いてから、佑香が喜びの声を上げる。
「本当ですかっ!?」
「ああ、私の大学時代の後輩がテレビ局のKTBで働いていてな」
答えたのは美奈子だった。
「それで、来月九日のサマージャンプKTB杯の試合前に行うステージライブに出演依頼が来たんだ」
笑顔で美奈子の話を聞いていた佑香が、ジャンプという言葉に反応して美空の方を見る。
「KTB杯……大倉山……」
美空は、珍しく目の焦点が合っていない感じでぶつぶつとつぶやいていた。
「みそらちゃん……」
佑香が恐る恐る美空に声を掛ける。
「……あっ、何、佑香ちゃん?」
「だいじょうぶ?ちょっと顔色悪かったから」
「大丈夫だよ、気にしないで」
そう答えるものの、美空の表情はやはり優れなかった。
「うちが断っても先方は他に頼む当てがあるそうだから、受けるのも断るのもお前達の自由だ」
その美奈子の言葉を聞いて、もう一度佑香が美空に声を掛ける。
「みそらちゃん……」
美空は悩むような表情を見せるが、一回目を閉じ、開けた時には笑顔になっていた。
「ん、大丈夫だよ、佑香ちゃん。せっかくライブがしたい、って思っている今だもん。受けよう。ね、玲ちゃん」
「う、うん」
当然ライブの話を受けるものだと思っていた玲は、佑香と美空のやりとりがわからなかったものの、美空の言葉に頷く。
「では受けることで先方に連絡を入れておくな。ステージの概要は及川に話してあるから及川から聞いてくれ。詳細は先方から追って連絡が来るだろうから来次第教えるからな」
「はい」
そう話すと美奈子は部室から出て行く。美奈子が出て行ったのを見て、紗夜香が口を開く。
「今さとみなちゃんが言ってたけど、今のところ決まってるのは来月九日に大倉山ジャンプ競技場で開催する、ってことだけだから。もうライブまで一ヶ月を切っているから、セトリはこの前と一緒でいきましょう。亜紀ちゃんは新曲を披露できなくてごめんね」
「いえいえ、ウチはその次のライブに向けて新曲考えておきますから」
「とりあえず詳細な内容が出るまでは、キャンストとヒカリノツバサの練習をしましょう。みんな、この前のライブを観に行って感じたところもあるでしょうし」
紗夜香の話が一段落した所で、玲が小声で佑香に話し掛ける。
「ねえ佑香、美空何かあったの? あまり乗り気じゃなかったみたいだけど」
「あ、えっとそれは」
どう答えればいいか悩む佑香。その時、美空が会話に入ってきた。
「私から話すよ」
「みそらちゃん……」
「あのね、玲ちゃん、私が中学までジャンプの選手だったって話はしたことあったっけ?」
「直接は聞いてないけど、なんとなくみんなで会話してる時に出てくることがあったから……」
「それでね、今私がジャンプ選手をやってない理由は、中学二年の時に試合中転倒事故を起こしたからなんだ」
「転倒事故……」
実際のジャンプの試合は見たことのない玲でも、北海道民なのでテレビでジャンプの試合中継なら何度か見たことはある。自分では考えられないような高さから飛んでくるジャンプで転倒事故を起こすことの恐怖を想像しただけで玲は血の気が引き、顔が青ざめる。
「その事故を起こしたのが今回のライブ会場の大倉山ジャンプ場。だから、私が会場自体にトラウマを持っていないか佑香ちゃんは心配してくれたんだ」
「美空……」
「でも大丈夫、大倉山でやるって言ってもたぶんステージは下の観客席のあたりだと思うし。まさかジャンプ台の上で踊ったりしないでしょ?」
そう務めて明るく話す美空。
「私だってこの前のライブを見てモチベーションが上がったもの。頑張ろう」
「よし、じゃさっそく着替えて川原ランニングしよう!」
佑香の声で、三人はカバンを持って更衣室へ向かった。
三人が部室から出て、紗夜香と亜紀の二人が残る。
「どう思う?」
「みそらっち無理はしてますな」
「やっぱり亜紀ちゃんもそう感じた?」
「ま、そこはウチがケアしますわ。今回は自分の仕事もないですし」
「ごめんなさいね。私もできるかぎりフォローはするから」
そう言って、二人は三人が出て行った部室のドアを見つめた。
佑香たちがライブに行った数日後。
アイドル同好会の部室に、紗夜香と顧問の美奈子の二人だけが居た。紗夜香はいつものお誕生日席に座り、美奈子は窓際に立っている。美奈子から渡されたA4用紙一枚の企画書に紗夜香が目を通す。
「……どう思う?」
おそらくはライブ等のイベントの企画書と思われるが、それに対してどう思うというのは少しおかしな聞き方だった。小さなライブイベントの場合、イベント企画者が無名の人間だとイベント自体がドタキャンになる危険があったりするが、そういう意味でのどう思う、というわけでも無さそうである。
「そうね、もちろんこんな大きなチャンス早々無いわ。みんなも出たいと思うけど、ただ……」
紗夜香の方も歯切れが悪い。
「ただ、美空ちゃんがどれくらい引きずっているものなのか、正直わからないのよね。みんなも気を使っているのかあまりその話題は口に出さないし」
紗夜香の口から、美空の名前が出てくる。美奈子も眉間にしわを寄せながら紗夜香の言葉を聞いている。
「とりあえず、放課後みんなに話してみましょう。本人の反応を見てみないと、ここでいくら話してもしょうがないわ」
「そうだな」
二人が席を立つと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
★
「失礼しまーすっ」
放課後、アイドル同好会の部室のドアを佑香が元気に開ける。美空、玲、亜紀も一緒だ。
「今日もみんなお揃いね」
部室にはすでに紗夜香がいた。いつもの笑顔で皆を迎える。そして、今日は隣にもう一人姿があった。
「あ、さとみな先生こんにちわー」
「おう、元気にやってるか」
「先生、ライブのチケットありがとうございました」
そう礼を述べて玲が頭を下げる。そうだとばかりに佑香が話を続ける。
「さとみな先生、ライブすっごいよかったです! もう次のライブが待ちきれないって感じですっ!」
「そうか、そりゃ良かった」
ちょうどライブの話が出たので、紗夜香が話を切り出す。
「ねえみんな、来て早速なんだけど、話があるの。とりあえず座って」
紗夜香の言葉に荷物を置いて座る一年生四人。全員が座ったのを確認して紗夜香が話す。
「実は、ライブの話が来ているの」
言葉の意味が飲み込めていないかのように一瞬の間を置いてから、佑香が喜びの声を上げる。
「本当ですかっ!?」
「ああ、私の大学時代の後輩がテレビ局のKTBで働いていてな」
答えたのは美奈子だった。
「それで、来月九日のサマージャンプKTB杯の試合前に行うステージライブに出演依頼が来たんだ」
笑顔で美奈子の話を聞いていた佑香が、ジャンプという言葉に反応して美空の方を見る。
「KTB杯……大倉山……」
美空は、珍しく目の焦点が合っていない感じでぶつぶつとつぶやいていた。
「みそらちゃん……」
佑香が恐る恐る美空に声を掛ける。
「……あっ、何、佑香ちゃん?」
「だいじょうぶ?ちょっと顔色悪かったから」
「大丈夫だよ、気にしないで」
そう答えるものの、美空の表情はやはり優れなかった。
「うちが断っても先方は他に頼む当てがあるそうだから、受けるのも断るのもお前達の自由だ」
その美奈子の言葉を聞いて、もう一度佑香が美空に声を掛ける。
「みそらちゃん……」
美空は悩むような表情を見せるが、一回目を閉じ、開けた時には笑顔になっていた。
「ん、大丈夫だよ、佑香ちゃん。せっかくライブがしたい、って思っている今だもん。受けよう。ね、玲ちゃん」
「う、うん」
当然ライブの話を受けるものだと思っていた玲は、佑香と美空のやりとりがわからなかったものの、美空の言葉に頷く。
「では受けることで先方に連絡を入れておくな。ステージの概要は及川に話してあるから及川から聞いてくれ。詳細は先方から追って連絡が来るだろうから来次第教えるからな」
「はい」
そう話すと美奈子は部室から出て行く。美奈子が出て行ったのを見て、紗夜香が口を開く。
「今さとみなちゃんが言ってたけど、今のところ決まってるのは来月九日に大倉山ジャンプ競技場で開催する、ってことだけだから。もうライブまで一ヶ月を切っているから、セトリはこの前と一緒でいきましょう。亜紀ちゃんは新曲を披露できなくてごめんね」
「いえいえ、ウチはその次のライブに向けて新曲考えておきますから」
「とりあえず詳細な内容が出るまでは、キャンストとヒカリノツバサの練習をしましょう。みんな、この前のライブを観に行って感じたところもあるでしょうし」
紗夜香の話が一段落した所で、玲が小声で佑香に話し掛ける。
「ねえ佑香、美空何かあったの? あまり乗り気じゃなかったみたいだけど」
「あ、えっとそれは」
どう答えればいいか悩む佑香。その時、美空が会話に入ってきた。
「私から話すよ」
「みそらちゃん……」
「あのね、玲ちゃん、私が中学までジャンプの選手だったって話はしたことあったっけ?」
「直接は聞いてないけど、なんとなくみんなで会話してる時に出てくることがあったから……」
「それでね、今私がジャンプ選手をやってない理由は、中学二年の時に試合中転倒事故を起こしたからなんだ」
「転倒事故……」
実際のジャンプの試合は見たことのない玲でも、北海道民なのでテレビでジャンプの試合中継なら何度か見たことはある。自分では考えられないような高さから飛んでくるジャンプで転倒事故を起こすことの恐怖を想像しただけで玲は血の気が引き、顔が青ざめる。
「その事故を起こしたのが今回のライブ会場の大倉山ジャンプ場。だから、私が会場自体にトラウマを持っていないか佑香ちゃんは心配してくれたんだ」
「美空……」
「でも大丈夫、大倉山でやるって言ってもたぶんステージは下の観客席のあたりだと思うし。まさかジャンプ台の上で踊ったりしないでしょ?」
そう務めて明るく話す美空。
「私だってこの前のライブを見てモチベーションが上がったもの。頑張ろう」
「よし、じゃさっそく着替えて川原ランニングしよう!」
佑香の声で、三人はカバンを持って更衣室へ向かった。
三人が部室から出て、紗夜香と亜紀の二人が残る。
「どう思う?」
「みそらっち無理はしてますな」
「やっぱり亜紀ちゃんもそう感じた?」
「ま、そこはウチがケアしますわ。今回は自分の仕事もないですし」
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そう言って、二人は三人が出て行った部室のドアを見つめた。
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