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第3章 ファーストライブ!
夢のような時間
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公演開始のアナウンスが終わり、慌てて最初の位置に立つ三人。
そこから開幕のブザーが鳴るまでの間の時間は一分間もなかったが、三人にはとても長い時間に感じられた。
そしてブザーが鳴り、幕がゆっくりと上がる。
三人の視界に飛び込んできたのは、まばらに観客がいるだけのほとんど空席の客席だったが、三人にとって、観客の人数は問題ではなかった。これから、このステージ上で今までの練習の成果を披露する。そのために皆、スピーカーから流れてくる前奏に集中していた。
まもなくして、スピーカーから『CANDY☆CANDY☆STORY』の前奏が流れてくる。もうこれまでに何百回と聴いてきた前奏だ。音楽に合わせて身体が自然と動き出す。
「♪小さなキャンディ ポケットいっぱいに詰め込んで」
前奏が終わってAメロを歌い始める佑香。両手の親指と人差し指を可愛らしく丸めてキャンディを作ってそれをポケットにしまい込む振り付けをする。
「♪甘くてハッピー それは魔法のストーリー」
サビになり、三人が思い切り歌いながら全身を動かしてダンスをする。亜紀がしっかりとマイク調整をしたおかげで、玲もハウリングの心配をすることなく、力の限り大きな声で歌うことができた。
一番が終わって間奏のダンスに入る。この時には、玲の心から不安はすっかり消えていた。あるのは、ただ佑香と美空と一緒に歌いたいという気持ちだけだった。
「♪届けみんなへ 魔法のストーリー」
キャンストを歌い切った三人が、最後の決めのポーズを取る。曲の終わりと共に、まばらな観客からぱちぱちと拍手が起こる。その拍手の音に、曲の世界から帰ってきた佑香は自分の左右に立つ美空と玲を見る。二人とも笑顔で佑香に頷き返す。
佑香が頷くと、三人は横に並んだ。佑香が小声で「いくよっ」とつぶやく。
「みなさんはじめましてっ! わたしたちは、せーのっ」
「「「スノーフェアリーズです!」」」
佑香の掛け声に合わせて、三人で自己紹介をする。何度も部室で練習してきたMCの時間だ。観客からぱちぱちと小さいながらも拍手を受ける。佑香が話し始める。
「今日は、H大学学園祭、アイドルフェスティバルにお越しいただきありがとうございます! こんなにたくさんのアイドルが出るフェスのトップバッターを任されてとてもうれしいですっ」
すぐに自分達の紹介には入らずに、まずは今日のフェスを代表して挨拶をする。事前に紗夜香から教えてもらった通りの話の切り出し方だ。自分でもここまですらすら言えることに驚きながら、そのまま佑香が続ける。
「そして、わたしたちスノーフェアリーズは、今年の四月に結成したばかりのグループです。今日がはじめてのライブです。全力で歌って踊りますので、今日は楽しんでいってください! それではメンバーの自己紹介をしたいと思います。まずは、みそらちゃんからっ」
佑香から振られた美空が、しっかりと真っ直ぐ客席を見ながら自己紹介をする。
「皆さんはじめまして、スノーフェアリーズの葛西美空です。初ライブですが、今の私達の全力をお見せします。今日はよろしくお願いします!」
美空が右を向く。目が合った玲が頷く。本番前の、ステージが怖かった玲はもうここにはいない。
「はじめまして、スノーフェアリーズの成瀬玲です。今日は、みなさんの前で歌うことができて幸せです。よろしくお願いします」
「そして、わたしがスノーフェアリーズリーダーの柿木佑香です。ぜひ、今日ここにいる皆さんに、スノーフェアリーズという名前を覚えてもらえたらうれしいです」
MCをしている間にも、ぱらぱらと観客が入ってきていた。二十人ちょっとになった客席に向かって佑香がMCを続ける。
「さて、わたしたちは、次の曲で最後になります」
プロのアイドルのライブなら、ここでテレビの昼番組のように観客の「えー」というブーイングが入るが、初ライブの三人に対してそんな声は起こらない。もちろんブーイングが入らないことは想定済みで、かまわず佑香は話し続ける。
「一曲目は、『CANDT☆CANDY☆STORY』という、私達の先輩アイドルの曲を歌いました。次の曲は、わたしたちのために作った新曲です。わたしたちの、はじめてのオリジナル曲になります。聴いてください」
佑香の「聴いてください」に合わせて美空と玲も口を開く。
「「「ヒカリノツバサ」」」
少しの静寂の後、前奏のピアノのアルペジオが流れ始める。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
センターの佑香が、両腕を光の翼に見立てて上方へ伸ばし、前奏を歌い始める。自分のパートが終わると、すっと右側へ移動し、右手にいた玲が代わってセンターの位置に付く。
「♪遥か高く広い あの空へと」
センターに立った玲が、左手を掲げながら、自分のありったけの心を込めて前奏を歌い上げる。その伸びやかな声が終わると同時に、アップテンポな前奏が始まる。
「♪駆け出して行く 今日も放課後 いつもの川原へ」
Aメロに入る頃には、佑香は完全に曲の世界に入り込んでいた。練習で何百回とやったステップも身体にしみ込んでいて自然と動ける。
そのままBメロに入る。BメロのPPPHで客席で数本のペンライトが舞う。アイドル好きな観客が初見の曲にも合わせてペンライトを振ってくれているのだ。だが、歌とダンスに集中している三人は客席の様子まで気付く余裕は無い。次にくるのは一番の見せ場、全員がそこへ向けて集中していた。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
Bメロを歌い終わって、縦一直線に三人が並んだ状態から、佑香と玲が左右に分かれる。そして出来上がった中央の空間を、美空が短い助走を付けて跳ぶ。
曲のファンファーレに合わせて思い切りジャンプする美空。
その瞬間、二十人ちょっとの観客から、たしかなどよめきが聞こえた。高く高く飛ぶ美空は、曲のタイトルのように、光の翼が生えているようだった。
一番の見せ場を成功させることができて、自分の中のスイッチが入る三人。ノリノリになってサビを歌っていく。
「♪自分の脚で 蹴り出せば翼が運んでくれる」
三人がタイミングをずらしながら決めポーズを取るシーンも、勢いでタイミングが早くなりそうなところをなんとかこらえて決めて見せる。
二番以降は、少ない観客達も皆ペンライトを振って応援していた。三人に客席を見る余裕は無かったが、客席からパワーをもらっているということは三人にも伝わっていた。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
歌い終えて最後のポーズを取る三人。曲が終わると同時に、観客からの大きな拍手が聞こえてきた。単に一曲目より観客が増えたからではない。観客の一人一人が全力で喝采を送っていた。立ち上がって拍手をしている者もいる。
その拍手の音をしっかりと聞いた三人は、お互いに顔を見合わせる。三人全員が全てを出しきった表情をしていた。
「ありがとうございましたっ! スノーフェアリーズでした。まだまだフェス楽しんでいってくださいっ!」
佑香がお客さんに挨拶をして、小走りで舞台袖へ下がっていく三人。すれ違いに次のグループがステージへ向かっていく。
「ん~~~、やった! やったよ、みそらちゃん、れいちゃん!」
舞台袖で興奮状態のまま佑香が美空と玲を抱きしめる。美空と玲も佑香を抱きしめ返す。
「練習してきたことが全部出せた。ね? 玲ちゃん」
「うん、本番で楽しいと感じたの、はじめて……」
嬉しさと安心感から破顔する玲。
三人は初ライブの余韻に浸っていた。
そこから開幕のブザーが鳴るまでの間の時間は一分間もなかったが、三人にはとても長い時間に感じられた。
そしてブザーが鳴り、幕がゆっくりと上がる。
三人の視界に飛び込んできたのは、まばらに観客がいるだけのほとんど空席の客席だったが、三人にとって、観客の人数は問題ではなかった。これから、このステージ上で今までの練習の成果を披露する。そのために皆、スピーカーから流れてくる前奏に集中していた。
まもなくして、スピーカーから『CANDY☆CANDY☆STORY』の前奏が流れてくる。もうこれまでに何百回と聴いてきた前奏だ。音楽に合わせて身体が自然と動き出す。
「♪小さなキャンディ ポケットいっぱいに詰め込んで」
前奏が終わってAメロを歌い始める佑香。両手の親指と人差し指を可愛らしく丸めてキャンディを作ってそれをポケットにしまい込む振り付けをする。
「♪甘くてハッピー それは魔法のストーリー」
サビになり、三人が思い切り歌いながら全身を動かしてダンスをする。亜紀がしっかりとマイク調整をしたおかげで、玲もハウリングの心配をすることなく、力の限り大きな声で歌うことができた。
一番が終わって間奏のダンスに入る。この時には、玲の心から不安はすっかり消えていた。あるのは、ただ佑香と美空と一緒に歌いたいという気持ちだけだった。
「♪届けみんなへ 魔法のストーリー」
キャンストを歌い切った三人が、最後の決めのポーズを取る。曲の終わりと共に、まばらな観客からぱちぱちと拍手が起こる。その拍手の音に、曲の世界から帰ってきた佑香は自分の左右に立つ美空と玲を見る。二人とも笑顔で佑香に頷き返す。
佑香が頷くと、三人は横に並んだ。佑香が小声で「いくよっ」とつぶやく。
「みなさんはじめましてっ! わたしたちは、せーのっ」
「「「スノーフェアリーズです!」」」
佑香の掛け声に合わせて、三人で自己紹介をする。何度も部室で練習してきたMCの時間だ。観客からぱちぱちと小さいながらも拍手を受ける。佑香が話し始める。
「今日は、H大学学園祭、アイドルフェスティバルにお越しいただきありがとうございます! こんなにたくさんのアイドルが出るフェスのトップバッターを任されてとてもうれしいですっ」
すぐに自分達の紹介には入らずに、まずは今日のフェスを代表して挨拶をする。事前に紗夜香から教えてもらった通りの話の切り出し方だ。自分でもここまですらすら言えることに驚きながら、そのまま佑香が続ける。
「そして、わたしたちスノーフェアリーズは、今年の四月に結成したばかりのグループです。今日がはじめてのライブです。全力で歌って踊りますので、今日は楽しんでいってください! それではメンバーの自己紹介をしたいと思います。まずは、みそらちゃんからっ」
佑香から振られた美空が、しっかりと真っ直ぐ客席を見ながら自己紹介をする。
「皆さんはじめまして、スノーフェアリーズの葛西美空です。初ライブですが、今の私達の全力をお見せします。今日はよろしくお願いします!」
美空が右を向く。目が合った玲が頷く。本番前の、ステージが怖かった玲はもうここにはいない。
「はじめまして、スノーフェアリーズの成瀬玲です。今日は、みなさんの前で歌うことができて幸せです。よろしくお願いします」
「そして、わたしがスノーフェアリーズリーダーの柿木佑香です。ぜひ、今日ここにいる皆さんに、スノーフェアリーズという名前を覚えてもらえたらうれしいです」
MCをしている間にも、ぱらぱらと観客が入ってきていた。二十人ちょっとになった客席に向かって佑香がMCを続ける。
「さて、わたしたちは、次の曲で最後になります」
プロのアイドルのライブなら、ここでテレビの昼番組のように観客の「えー」というブーイングが入るが、初ライブの三人に対してそんな声は起こらない。もちろんブーイングが入らないことは想定済みで、かまわず佑香は話し続ける。
「一曲目は、『CANDT☆CANDY☆STORY』という、私達の先輩アイドルの曲を歌いました。次の曲は、わたしたちのために作った新曲です。わたしたちの、はじめてのオリジナル曲になります。聴いてください」
佑香の「聴いてください」に合わせて美空と玲も口を開く。
「「「ヒカリノツバサ」」」
少しの静寂の後、前奏のピアノのアルペジオが流れ始める。
「♪ヒカリノツバサ広げ 飛び立とう」
センターの佑香が、両腕を光の翼に見立てて上方へ伸ばし、前奏を歌い始める。自分のパートが終わると、すっと右側へ移動し、右手にいた玲が代わってセンターの位置に付く。
「♪遥か高く広い あの空へと」
センターに立った玲が、左手を掲げながら、自分のありったけの心を込めて前奏を歌い上げる。その伸びやかな声が終わると同時に、アップテンポな前奏が始まる。
「♪駆け出して行く 今日も放課後 いつもの川原へ」
Aメロに入る頃には、佑香は完全に曲の世界に入り込んでいた。練習で何百回とやったステップも身体にしみ込んでいて自然と動ける。
そのままBメロに入る。BメロのPPPHで客席で数本のペンライトが舞う。アイドル好きな観客が初見の曲にも合わせてペンライトを振ってくれているのだ。だが、歌とダンスに集中している三人は客席の様子まで気付く余裕は無い。次にくるのは一番の見せ場、全員がそこへ向けて集中していた。
「♪不安よりも期待持って行くよ」
Bメロを歌い終わって、縦一直線に三人が並んだ状態から、佑香と玲が左右に分かれる。そして出来上がった中央の空間を、美空が短い助走を付けて跳ぶ。
曲のファンファーレに合わせて思い切りジャンプする美空。
その瞬間、二十人ちょっとの観客から、たしかなどよめきが聞こえた。高く高く飛ぶ美空は、曲のタイトルのように、光の翼が生えているようだった。
一番の見せ場を成功させることができて、自分の中のスイッチが入る三人。ノリノリになってサビを歌っていく。
「♪自分の脚で 蹴り出せば翼が運んでくれる」
三人がタイミングをずらしながら決めポーズを取るシーンも、勢いでタイミングが早くなりそうなところをなんとかこらえて決めて見せる。
二番以降は、少ない観客達も皆ペンライトを振って応援していた。三人に客席を見る余裕は無かったが、客席からパワーをもらっているということは三人にも伝わっていた。
「♪素敵な冒険を今始めよう」
歌い終えて最後のポーズを取る三人。曲が終わると同時に、観客からの大きな拍手が聞こえてきた。単に一曲目より観客が増えたからではない。観客の一人一人が全力で喝采を送っていた。立ち上がって拍手をしている者もいる。
その拍手の音をしっかりと聞いた三人は、お互いに顔を見合わせる。三人全員が全てを出しきった表情をしていた。
「ありがとうございましたっ! スノーフェアリーズでした。まだまだフェス楽しんでいってくださいっ!」
佑香がお客さんに挨拶をして、小走りで舞台袖へ下がっていく三人。すれ違いに次のグループがステージへ向かっていく。
「ん~~~、やった! やったよ、みそらちゃん、れいちゃん!」
舞台袖で興奮状態のまま佑香が美空と玲を抱きしめる。美空と玲も佑香を抱きしめ返す。
「練習してきたことが全部出せた。ね? 玲ちゃん」
「うん、本番で楽しいと感じたの、はじめて……」
嬉しさと安心感から破顔する玲。
三人は初ライブの余韻に浸っていた。
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