はじまりはいつもラブオール

フジノシキ

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6章 柚乃、出陣

039話 ゾーンと、結末と

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SIDE:YUKI

 ゆのちの、見事に逆を突いたサービスエース。
 久しぶりの得点に、ベンチも拍手と掛け声で盛り上がる。

「あれ」
「ん、どしたくどみか」

 一番に喜ぶはずのくどみかちゃんが、不思議そうな声を出す。

「ゆの、『入った』んじゃ」

 くどみかが何を言いたいのか、私も薄々感じていた。

 ゆのちの次のサーブ、直前と同じやや高めのトスから、今度はフェイントをかけずに打ち方通りのバック側深くへのナックルサーブ。直前のフェイントの残像が残っているキマリは回り込むのが一瞬遅れ、強引なフォアドライブはコートオーバーする。

 そのボールに対して、ゆのちはすでにカウンターブロックでフォア側に返す準備をしていた。


「うん、ゆのち『ゾーンに入った』かも」

 スポーツの世界で、最近は色んな競技で言われるようになった「ゾーンに入る」状態。
 集中力が極限まで高まると、急に周りの動きがスローモーションのように見えたり、周囲の動きの予測ができるような状態になることがある。

 私も卓球の試合中に何度かその状態になったことがあるし、色んなスポーツで活躍していたくどみかなら幾度もなったことがあるんだろう。

 ゾーンに入ったカットマンはどうなるのか。
 私は、ドキドキが止まらなかった。


***

SIDE:YUNO

 ボールが、視える。
 それだけじゃなく、相手が次にどう動くのかも、動画を逆再生したように見える感覚がある。

 7-9から相手のサーブ。横回転のようなフォームだが打つ瞬間は上回転をかけている。しっかりとツッツキの下回転を乗せて後陣に下がる。
 相手の三球目はこちらのバック深く目掛けてのスピードドライブ。実際に打つ前に動きが予測で見えるので、しっかりと一番打ちやすい位置までフットワークで動いて下回転を思い切りかけたカットで拾う。

 その後もいつもよりほんの少し、フットワークの出だしが早いことで、自信を持ってカットの下回転を思いきり掛けられる。二十球近いラリーの末、相手の無理な体勢から打ったドライブがネットに引っ掛かる。

 声を上げてガッツポーズしているはずだが、自分の声が聞こえない。不思議な感覚。

 相手の二本目のサーブもしっかりとレシーブし、カットドライブの打ち合いに持ち込む。相手のドライブが少し雑になり、カットとドライブで打ち合っていても自分が優位に進めている感覚がある。
 最後は相手のツッツキがネットインの形となり点を取られ、8-10と相手のマッチポイントとなるが、焦りは全然ない。


(残り全部取る。取れる)

 戻ってきたサーブ権、セット前には打つ予定になかったサーブが脳内で閃く。
 少し高いトスから、思い切り下回転をかけて相手のフォア側ネットぎりぎりへのショートサーブ。打つ瞬間にナックルっぽい腕の動きをしたので、相手はフリックで払うにしても回転を気にして全力では打ち込めない。

 狙い通りの甘いフリックに対し、全力のバックハンドスマッシュ。自分ですら基礎練習以外で打った記憶のないボール。当然相手は全く予想しておらず、見事に三球目攻撃が決まる。

 これで9-10。
 次のサーブは無理にでも相手が二球目攻撃をしてくる雰囲気があった。回転の読みを外せばサービスエースが取れるが、相手の読みが当たれば逆に二球目攻撃をされる。今は打ち合いに自信があるのでなるべく攻撃のし辛い下回転のロングサーブから、カットドライブの打ち合いへ。

 フォア、バック、バック、バック、フォアとスピードドライブで左右に振られるが、今ならどれだけ左右に振られても全部カットで拾える。向こうも左右では打ち抜けないと考えたのか、ツッツキで前に落としてくる。
 逆に甘いツッツキはこちらにとっては打ち頃のボールだ。しっかりと回転をのせたツッツキで一番厳しいコースへ打ち込む。
 
 その後も三十回以上ラリーが続いただろうか、汗で踏み込む足が滑った私のカットが甘い高さのチャンスボールになってしまう。
 
もちろん相手は隙を逃さずスマッシュを打ち込んでくる。普段ならなんとかラケットに当ててロビングで時間稼ぎをするしかないが、今の私にはスマッシュの軌道も、それを打ち返す軌道も「視えて」いた。
 スマッシュはドライブに比べて上回転がかかっていないので、実はボールが伸びてこない。こちらが打つ瞬間にはかなり減速しているので、インパクトの位置さえ間違えなければ、しっかりと回転をかけたカットで返球できる。

 私のカットでの返球に、相手はもう一度連続でスマッシュを打つが、今度はしっかりと下回転の掛かった球、相手のスマッシュは下回転に負けてネットの上部に引っ掛かり。


 ネットに当たったボールはコースを変えて。
 
 こちら側の卓球台の側面ぎりぎりのエッジに当たり、そのまま弾まずに地面へ落下した。


 その後、自分がきちんと試合後の礼をできていたか覚えていない。
 どこか、全ての音が遠くなったままの状態で。
 美夏が、涙をボロボロ流しながら抱き着いてきて。
 稔里ちゃんが、口を真一文字に結んだままで。
 先輩が、自分より背の高い私の頭をぽんぽんと叩いてくれて。


「3-2で聖マリヤ女学院高校の勝ちです。礼」
「ありがとうございました!」

 審判の子の試合終了を告げる言葉に、四人で並んで礼をして。
 ここでやっと私は、現実に帰ってきた。


 私は、試合に負けたんだ。
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