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20のかたち
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夢の国で買った、娘にそっくりのお人形さん。それが、僕のリビングの定位置からの視界に入って来る。
その度に、心を握られているような感覚になる。その度に、娘を人間に戻す、手助けをしてくれているような気持ちにさせてくれる。
今までよりも、多い日差しが、窓を通り抜けていた。いつもより、テレビから放たれる光も、明るい気がした。
娘の目の前に置かれた、いつもより欠けの多いハンバーグ。娘の、いつもより印象深いまぶたの色。
そして、最近増えてきた、いつも感じることのない音。娘が、トイレのドアを強く閉める時に鳴り響く、バタンという音の頻度。
それらは心を、そっと押さえ付けてくれた。全部、新しく家に来た、娘似のお人形さんの仕業だと、信じて疑わなかった。
ハンバーグを掴む娘の箸も、小気味良く動く。しかし、部屋の中での娘は、心なしか少しどんよりしている気がした。
夢の国が、眩し過ぎたせいか。それとも、夢の国が、魔法に満ちていたせいか。
夢の国で、笑顔を放出しすぎて、もう笑顔の蓄えが、底を尽きたのだろうか。娘の顔から、輝きが消えていた。僅かにまだ残ってはいるが、それは欠片にも満たないものだった。
食事をする普段の娘。なりきっていない、日常生活の娘。そんな娘が、まるでお人形さんのような表情を浮かべる。ちびちびと、肉片を口に運ぶ。まるで、電池や仕掛けによって、動かされているみたいだった。
なりきっているときだけではなく、普段の笑顔も消えていた。それは、覚悟していたこと。もっと、脳内に染み込ませておかないと、イケなかったこと。僕たち家族と触れ合っている、このような時間も、苦しさが充満していた。
娘にそっくりなお人形さんが、救世主に見えた。それは、刹那の出来事だった。
娘が、お人形さんになりきっている時間よりも、むしろ一家団欒の方が息苦しい。もう、団欒と呼べないほどに重苦しく感じていた。
最近の娘は、魂を抜かれてしまったかのような、覚束ない顔をする。今日は、ずっとそうだ。僕の目に映るもの全てが、覇気を無くしていた。
明るさも色味も形も、みんな萎れているように感じた。全ての原因は、分かっている。僕の魂が身体から抜けて、部屋中を浮遊しているからなのかもしれない。
ずっと、どんよりと沈む娘。それでも、お人形さんになりきっている時は、水を得た魚のようにシャキッとする。
生きているのに、生きていないような感覚。人間であるのに、機械的なものであるかのような感覚。それが粘っこく、張り付いているようだった。
娘は、お人形さんの方が生き生きしている。娘は、完璧なお人形さんに、もうなったのかもしれない。おもむろに箸を置いた。娘は、身体をお人形さんたちが溢れる世界に、迷わず向けた。
力強く、お人形さんとして生きていく意志が、固まっている。そんな感じを出し、娘は一歩ずつ一歩ずつ、踏みしめて歩いていった。
娘の夢は、お人形さんになること。娘の夢は、お人形さんとして生きていくこと。それが、もし娘の本望だったら。娘の夢は、すでに叶ったと言っていいだろう。
夢が叶ったのならば、僕も嬉しい。本人が喜びを得ているのであれば、すごく嬉しい。でも、この部屋のどこにも、そんな幸せの欠片は、転がってなどいなかった。
娘の頬の筋肉が、ほぼ動かなくなってきている。生きていれば、ハッキリとした動きが、顔に表れる。それは、当然のこと。
目の前にあるグラスに入ったお茶の水面も、常に揺れ動いている。窓の外を見れば、木々も風に当たって、ゆらゆらと優雅に踊っている。
なのに、定位置に飾られるように存在する娘に、少しの残像もなかった。娘の頬が動かなければ、もちろん僕の頬も、つられて動かなくなる。
静と動がハッキリしていた、昔の娘が薄れてゆく。お人形さんに相応しい雰囲気を、より多く放出している。外にいるときの娘よりも、室内にいる、今の娘の方が。
室内での、生き生きとした娘が薄れてゆく。静と動の境界線が、どんどんぼやけてゆく。病院に行って、どうにかなる問題ではない。お医者さんに見てもらって治るような、単純なものではない。
たぶん、娘とお人形さんの狭間に存在する、深い何かのせいなのだから。きっと、この問題の解決法は、この空間に存在するお人形さんしか知らない。
娘のお人形さんへの気持ちは、天を突き破ってしまったのかもしれない。突き破ったせいで、人間ではいられなくなってしまったのかもしれない。
お人形さんは、娘を仲間にしたいだけなのかもしれない。娘をお人形さんとして迎えるために、人間の機能を削ぎ落としたのかもしれない。
仲間にしたいという、純粋な気持ちしか、そこにはない気がする。色々と想像を広げてはみたものの、真実へは、一向に辿り着けなかった。絶対に辿り着けるはずもなかった。
僕の思考もお人形さんに、すっかり支配されてしまっているようだ。真相は、濁った雨水の底に溜まった、不純物のよう。暗く汚い場所の奥底に、黒く沈んでいるような気がした。
その度に、心を握られているような感覚になる。その度に、娘を人間に戻す、手助けをしてくれているような気持ちにさせてくれる。
今までよりも、多い日差しが、窓を通り抜けていた。いつもより、テレビから放たれる光も、明るい気がした。
娘の目の前に置かれた、いつもより欠けの多いハンバーグ。娘の、いつもより印象深いまぶたの色。
そして、最近増えてきた、いつも感じることのない音。娘が、トイレのドアを強く閉める時に鳴り響く、バタンという音の頻度。
それらは心を、そっと押さえ付けてくれた。全部、新しく家に来た、娘似のお人形さんの仕業だと、信じて疑わなかった。
ハンバーグを掴む娘の箸も、小気味良く動く。しかし、部屋の中での娘は、心なしか少しどんよりしている気がした。
夢の国が、眩し過ぎたせいか。それとも、夢の国が、魔法に満ちていたせいか。
夢の国で、笑顔を放出しすぎて、もう笑顔の蓄えが、底を尽きたのだろうか。娘の顔から、輝きが消えていた。僅かにまだ残ってはいるが、それは欠片にも満たないものだった。
食事をする普段の娘。なりきっていない、日常生活の娘。そんな娘が、まるでお人形さんのような表情を浮かべる。ちびちびと、肉片を口に運ぶ。まるで、電池や仕掛けによって、動かされているみたいだった。
なりきっているときだけではなく、普段の笑顔も消えていた。それは、覚悟していたこと。もっと、脳内に染み込ませておかないと、イケなかったこと。僕たち家族と触れ合っている、このような時間も、苦しさが充満していた。
娘にそっくりなお人形さんが、救世主に見えた。それは、刹那の出来事だった。
娘が、お人形さんになりきっている時間よりも、むしろ一家団欒の方が息苦しい。もう、団欒と呼べないほどに重苦しく感じていた。
最近の娘は、魂を抜かれてしまったかのような、覚束ない顔をする。今日は、ずっとそうだ。僕の目に映るもの全てが、覇気を無くしていた。
明るさも色味も形も、みんな萎れているように感じた。全ての原因は、分かっている。僕の魂が身体から抜けて、部屋中を浮遊しているからなのかもしれない。
ずっと、どんよりと沈む娘。それでも、お人形さんになりきっている時は、水を得た魚のようにシャキッとする。
生きているのに、生きていないような感覚。人間であるのに、機械的なものであるかのような感覚。それが粘っこく、張り付いているようだった。
娘は、お人形さんの方が生き生きしている。娘は、完璧なお人形さんに、もうなったのかもしれない。おもむろに箸を置いた。娘は、身体をお人形さんたちが溢れる世界に、迷わず向けた。
力強く、お人形さんとして生きていく意志が、固まっている。そんな感じを出し、娘は一歩ずつ一歩ずつ、踏みしめて歩いていった。
娘の夢は、お人形さんになること。娘の夢は、お人形さんとして生きていくこと。それが、もし娘の本望だったら。娘の夢は、すでに叶ったと言っていいだろう。
夢が叶ったのならば、僕も嬉しい。本人が喜びを得ているのであれば、すごく嬉しい。でも、この部屋のどこにも、そんな幸せの欠片は、転がってなどいなかった。
娘の頬の筋肉が、ほぼ動かなくなってきている。生きていれば、ハッキリとした動きが、顔に表れる。それは、当然のこと。
目の前にあるグラスに入ったお茶の水面も、常に揺れ動いている。窓の外を見れば、木々も風に当たって、ゆらゆらと優雅に踊っている。
なのに、定位置に飾られるように存在する娘に、少しの残像もなかった。娘の頬が動かなければ、もちろん僕の頬も、つられて動かなくなる。
静と動がハッキリしていた、昔の娘が薄れてゆく。お人形さんに相応しい雰囲気を、より多く放出している。外にいるときの娘よりも、室内にいる、今の娘の方が。
室内での、生き生きとした娘が薄れてゆく。静と動の境界線が、どんどんぼやけてゆく。病院に行って、どうにかなる問題ではない。お医者さんに見てもらって治るような、単純なものではない。
たぶん、娘とお人形さんの狭間に存在する、深い何かのせいなのだから。きっと、この問題の解決法は、この空間に存在するお人形さんしか知らない。
娘のお人形さんへの気持ちは、天を突き破ってしまったのかもしれない。突き破ったせいで、人間ではいられなくなってしまったのかもしれない。
お人形さんは、娘を仲間にしたいだけなのかもしれない。娘をお人形さんとして迎えるために、人間の機能を削ぎ落としたのかもしれない。
仲間にしたいという、純粋な気持ちしか、そこにはない気がする。色々と想像を広げてはみたものの、真実へは、一向に辿り着けなかった。絶対に辿り着けるはずもなかった。
僕の思考もお人形さんに、すっかり支配されてしまっているようだ。真相は、濁った雨水の底に溜まった、不純物のよう。暗く汚い場所の奥底に、黒く沈んでいるような気がした。
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