ひとのかたち

織賀光希

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17のかたち

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「楽しかった。あとで、もう一回乗ろうよ」
「そうだな。でも、他にもアトラクションは、沢山あるみたいだからね」
「一番人気だし、もう乗れないかもしれないんだよ」
「そうだな。他を回ったら、またここに戻って来ようか」
「うん」
「あっ、ミカ? お土産屋さんがあるわよ。行きましょう」
「わあ、行きたい。行こう!」
 一際、目を引き寄せる、角張った建物。白一色で、一切模様のないシンプルな外観。沢山のお人形さんに、一番最初に埋もれた時の、娘のような異質感。

 そこへ、何の躊躇もなく、娘は駆け出していった。娘の姿は、遠ざかっていく。なのに、娘の足音は、段々と大きくなっていった。
 娘の足音が、白に吸い込まれてゆく。もつれる足を、必死に動かして、娘の背中を追う。息を乱しながら、風を切ってゆく。心臓が保っている限り、僕は娘を、追いかけようと決意した。
 店内は、子供連れの人達で、ごった返していた。一度行き止まりに入ったら、人々で蓋がされる。そこから抜け出すのは、容易ではない。そんな激流が、目の前にはあった。

 痩せている方だと、自覚している僕。それでも、やっと通ることの出来る狭い通路。この窮屈な光景は今、僕が直面している人生に、少し似ている気がした。
 密集地帯という名の、ざわざわとした窮屈な視界。その中にも、小さくて可愛くて、大きな笑顔がたくさん広がっていた。
 ところどころに、パッと咲いている、微笑みの花。それは、砂漠に咲いた花の如く、僕の瞳を潤してくれた。

 この場の窮屈さだけでない。子供たちの笑顔が、溢れているという事実。それも、今、僕が直面している人生に、似ていたら良かったなと感じた。
 お土産屋、と呼ぶことに、違和感を覚えるような、華やかさと異国感。ずらりずらりと、奇妙さも漂わせながら、並ぶお人形さん。
 ぺらっぺらの、白い棚が、悲鳴をあげる。それくらい、どっしりとぎっしりと、そこに並んでいた。

 大部分のお人形さんの瞳が、僕を見つめている。そんな気がした。敵として、見つめている。そんな気しかしなかった。
 見張っているような瞳。心まで見透かそうと、しているような瞳。とろかそうと、しているような瞳。そんな似たり寄ったりの瞳の中に、異質のものが紛れ込んでいた。
 それは、娘にそっくりで、少し小さめのお人形さん。そのお人形さんは、ずっとこちらを見つめていた。似たり寄ったりの、お人形さん達の瞳が、払い除けられる感覚。そのなかで、娘にそっくりなそのお人形さんと、ビタッと目が合う。

 浮き上がるように、浮き彫りのように存在する、その存在。他に同じタイプの顔の、お人形さんはいない。取り残されたかのよう。置き去りにされたかのよう。まわりに空白を置いて、ポツリと存在していた。
 娘を、ぎゅっと小さくしたような、優しさの塊。柔らかさと、優しさを放つ、美しい目鼻立ち。そのお人形さんだけは、敵ではないような気がした。

 そのお人形さんだけは、敵でないと、そう思いたかっただけかもしれない。
 だが、その優しさだけは、信じられると心から感じた。僕たちを救ってくれるヒーローのように、感じて仕方がなかった。
 そのお人形さんは、娘がおねだりをする時のような目をしていた。僕に、買ってと、訴えかけているようだった。

「パパ? このお人形さんがほしいな」
「買ってあげるけど、一つだけだぞ」
「うん」
「見始めてまだ、そんなに時間が経ってないから。もっと、じっくりと選んだ方がいいんじゃないか?」
「私、もうこの子に決めたの。お願い」
「うん、そうか」
 おねだりしてきた娘は、お人形さんが訴えかけてきたときと、ほぼ同じ顔だった。それに押されて、そのお人形さんを、そっと入れてあげた。お人形さんが、二体収まるほどの、小さなスカイブルーのカゴに。

 押されたのは、娘の可愛さにだけではない。お人形さんの、ヒーローのような
眼差しにも押された。真新しいお人形さんが、家のリビングに、また新たに加入する。
 全ての感情が、混じり合うくらいの複雑さが、生まれていた。
 頭の中にある、家のリビングの隅に、娘そっくりな、お人形さんを置いてみた。
 想像の中で、そのお人形さんは、優しい微笑みを浮かべていた。それが不敵な笑みにも、穏やかな心を映し出す笑みにも、見えた。

 ずっと、その場所に居座られたことを、想像した。脳が溶かされそうになった。しかし、娘の分身のような、そのお人形さんの可愛い姿を信じたい気持ちは、変わらない。
 娘が乗り移ったかのようなお人形さんが、スカイブルーのカゴでちょこんと座る。重みを支えるために、指を丸め込む力を強めて、力の源にもしっかりとエネルギーを込めていった。手でギュッと握りしめて運んでいるカゴを、娘が下から手を差し込んで持ち上げてきた。

 二人以上の人間が、前後から担いで人を運ぶ乗り物。そんな、駕籠のように思えてきた。娘はカゴを、お神輿に見立てていた。家のお人形さんの仲間入りを、お祝いしているようにも見えた。
 カゴを通じて、繋がっていた親子の時間は、刹那に消えた。スカイブルーから、走って離れてゆく娘の手は、前後いっぱいまで振られている。
 蹴る足に、不規則な動きを付け加えながら、人混みを縫う。あっという間に娘は奥へと消えていった。

 顔は見えないが、娘の後ろ姿は、満面の笑みだった。娘と僕の間に、人々の波という障害が溢れ返っていた。
 妻は目と鼻の先に、存在している。それなのに、孤独感の質量が半端ではない。
 娘との実際の距離も、離れている。それ以上に、妻の心との距離が遠いことは、否めなかった。
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