ひとのかたち

織賀光希

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15のかたち

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「ハグしてもいい?」
「いいんじゃないか」
「リスさん、ぎゅっ」
「よかったな、ミカ」
「うん。すごくカワイイ。ねえ、写真撮ろうよ」
「そうだな。撮ろう」
 僕は、押入れに埋もれていた、小さなデジタルカメラを出した。この日のために、日の当たる場所へと晒した。
 ホコリを払い、タオルで丁寧に磨いた。そして、今日に備えてきたのだ。

 デジタルカメラには、ホコリが積もっていた。その量が、僕たち家族が、幸せから遠ざかっていた、日々を物語っていた。
 このデジタルカメラを、どれくらい使っていなかったのだろう。どれだけ、娘の笑顔を、撮ってあげていなかったのだろう。
 娘と、カメラのフィルターを通して向き合うのは、久し振りだった。娘以上に、カメラ越しの妻は、いい顔をしていた。

 幸福感とは裏腹に、ボタンを押す指はスムーズに動かない。娘が、これ以上の微笑みを、表面上に出さなくなった場面を思い浮かべた。思い浮かべてしまった。
 そんな場面に遭遇したとき、どうなるだろう。写真に映った、満面の笑みの娘を見るだけで、哀しみに覆われてしまうだろう。今の娘の笑顔が、強ければ強いほど、哀しみも強くなってしまうのだろう。

 そんなことを考えている時点で、僕の負け。そう思っていたら、スッと指に力が戻った。素直に、指でボタンを捉えることが出来た。
 最近で一番の、娘の自然な表情を、カメラで切り取ることが出来た。妻も綺麗に収まっていた。
 シャッターを切る瞬間、僕の瞳に光るものが見え隠れした。でも、二人と僕の瞳の間に、カメラを上手く差し込んだ。それで、なんとか耐え忍んだ。

 目に見えている、夢の国の情報を、素直に口に出しながら、走る娘。娘は、笑顔で未来へと突っ走っていた。よく喋り、よく笑い、よく走る。今の娘は、お人形さんと、似ても似つかない。
 お菓子を売っている、ワゴンの横を、何事もなかったように走り抜けてゆく。ポップコーンの香ばしい香りを、惜しげもなく撒き散らすスタッフ。そこには、目もくれない。
 香ばしさに、誘われることはなかった。空腹感に囚われることなく、娘は夢の国を、優雅に駆け抜けていった。

 人間らしくなる娘を、妨げるお人形さん達は、ここにはいない。だから、きっと大丈夫なはず。そう思うようにしていた。
 ここは、平和に満ち溢れている。ここは、夢がパンパンに詰まっている。きっと、この国に不幸せなんてない。不幸せが存在出来ない、世界である。僕は、そう信じていた。
 人間が入った、大きなお人形さんが、ちらほらいる世界。あちらこちらで、お人形さんを抱く子供達と、すれ違う。

 この中に、娘の敵は誰もいない。敵は、リビングにいるお人形さんのどれかだ。部屋のお人形さんが、娘を仲間に、引き摺り込もうとしている。だから、ここは味方しかいない。
 子供達を、包み込みながら、ポーズを決める大きなお人形さん。子供達に包み込まれるように、抱かれている小さなお人形。そのどちらも、家にいる、どのお人形さんよりも、柔らかい印象だった。
 口を大きく開けて、安らぎのカケラを吸い込む。そして、全身を安らぎの僅かな成分で、ひたひたにする。それから、勢いよく、負を吐き出す。

 この国は、何でも浄化してくれるような気がした。安心感に少しだけ、もたれ掛かってみた。ほんの少しだけ。
 お人形さんを撫でながら、両親と一緒に、夢の国を歩んでいる。そんな、僕の娘に似た女の子も、目に入る。やはり、少女はお人形さんに、甘美な魅力を感じるのだろう。頭の中では、お人形さんに変わりつつある娘の姿が、未だに邪魔をし続けていた。
 そんな重大なこと、たとえ夢の国だとしても、忘れ去るなんて不可能だ。僕は少しずつ少しずつ。ゆっくりとゆっくりと。楽しむモードに、近づけていった。
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