ひとのかたち

織賀光希

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12のかたち

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「いただきます」
「いただきます」
「ミカ、本当にそれだけでいいの?」
「うん。ミカちゃんはこれだけでもお腹すかないもん」
 朝の光は、ザラザラとした曇りガラスを突き破る。そして、リビングを明るく照らし出す。地べたで、あぐらをかきながら、箸を進めてゆく。妻の元気も、娘の食欲も相変わらずだった。
 四つに区切られた、白いプレートには、空白が目立つ。微量しか盛られていない。いつものことだが、それをいつものことだと思ってしまった。そんな自分が、少し嫌だった。

 娘は、5分もかからずに食べ終えた。そして、いつもの位置についた。そこで、いつものように、お人形さんを始めた。そこに、ワンッワンッという鳴き声が響く。耳をピッと立たせ、シッポを小気味良く左右に振って近づいてきた。
 隣人の愛犬のココロが、無邪気に走り回る。娘よりも、元気が溢れていた。隣人が、家を離れる僅かな間だけ、ココロは僕の家の住人になる。
 預かることを伝えたときの娘は、喜んでいた。夢の国行きが決まったときと、同じような笑顔を振り撒いて。

 しかし、ココロは、娘のななめ上を行くヤンチャさ。何度も、場を荒らそうとする。ココロは、ドール三姉妹に近づいていった。そして、右手を腰、左手を頭の後ろに回した、ドール三姉妹の姉に向かう。ココロは鼻を付けて、クンクンとしきりに動かし始めた。
 普段なら、特に何も思わないかもしれない。普段なら、普通に見守っているかもしれない。でも今は、心臓が波打つように揺れ動いている。気が気ではなかった。全ての動揺は、お人形さんに関係している。

 お人形さんには、危害を加えてはならない。お人形さんに、失礼なことをしてはならない。もしも、そのようなことをしてしまった場合、災難が家族に降りかかる。そんな想いで、頭はパンパン。今にも、破裂してしまいそうだった。
 不気味なお人形さんに、何か仕出かしてしまうと、何かが起きる。今でも不協和音が、鳴り響いているのに。これ以上、災難はいらない。そんな考えが、脳内を巡る。僕は、声を轟かせようと、ココロに近づいていった。

「ココロ、おとなしくしなさい!」
 僕の喉元に、溜まっている声を抑えるように、娘の可愛い声が響き渡る。なりきっていた娘が、急に声を発した。
 娘は、なりきることも忘れて、お人形さんをくわえようとする、ココロを注意した。なりきっている時の娘が、こんなに簡単に、現実の世界に帰還することなど、滅多にない。
 いくらお人形さんのことであっても、いつもは、びくともしない。動くことや、喋ることなんて、僕達からしたら普通のことだ。でも、娘のそれに関しては、とても喜ばしい出来事に数えられる。

 娘の無邪気な顔を見つめていた。娘の怒ったり笑ったりする顔を、優しく見つめていた。すると、ある部分が目を通って体内に入り、僕の呼吸を苦しくさせた。
 なりきっている時に、まばたきをしていないことは、なんとか我慢出来る。でも、なりきりから一旦降りたはずの娘が、一切まばたきをしていない。それを目の当たりにし、耐えることが出来なかった。
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