12 / 22
12のかたち
しおりを挟む
「いただきます」
「いただきます」
「ミカ、本当にそれだけでいいの?」
「うん。ミカちゃんはこれだけでもお腹すかないもん」
朝の光は、ザラザラとした曇りガラスを突き破る。そして、リビングを明るく照らし出す。地べたで、あぐらをかきながら、箸を進めてゆく。妻の元気も、娘の食欲も相変わらずだった。
四つに区切られた、白いプレートには、空白が目立つ。微量しか盛られていない。いつものことだが、それをいつものことだと思ってしまった。そんな自分が、少し嫌だった。
娘は、5分もかからずに食べ終えた。そして、いつもの位置についた。そこで、いつものように、お人形さんを始めた。そこに、ワンッワンッという鳴き声が響く。耳をピッと立たせ、シッポを小気味良く左右に振って近づいてきた。
隣人の愛犬のココロが、無邪気に走り回る。娘よりも、元気が溢れていた。隣人が、家を離れる僅かな間だけ、ココロは僕の家の住人になる。
預かることを伝えたときの娘は、喜んでいた。夢の国行きが決まったときと、同じような笑顔を振り撒いて。
しかし、ココロは、娘のななめ上を行くヤンチャさ。何度も、場を荒らそうとする。ココロは、ドール三姉妹に近づいていった。そして、右手を腰、左手を頭の後ろに回した、ドール三姉妹の姉に向かう。ココロは鼻を付けて、クンクンとしきりに動かし始めた。
普段なら、特に何も思わないかもしれない。普段なら、普通に見守っているかもしれない。でも今は、心臓が波打つように揺れ動いている。気が気ではなかった。全ての動揺は、お人形さんに関係している。
お人形さんには、危害を加えてはならない。お人形さんに、失礼なことをしてはならない。もしも、そのようなことをしてしまった場合、災難が家族に降りかかる。そんな想いで、頭はパンパン。今にも、破裂してしまいそうだった。
不気味なお人形さんに、何か仕出かしてしまうと、何かが起きる。今でも不協和音が、鳴り響いているのに。これ以上、災難はいらない。そんな考えが、脳内を巡る。僕は、声を轟かせようと、ココロに近づいていった。
「ココロ、おとなしくしなさい!」
僕の喉元に、溜まっている声を抑えるように、娘の可愛い声が響き渡る。なりきっていた娘が、急に声を発した。
娘は、なりきることも忘れて、お人形さんをくわえようとする、ココロを注意した。なりきっている時の娘が、こんなに簡単に、現実の世界に帰還することなど、滅多にない。
いくらお人形さんのことであっても、いつもは、びくともしない。動くことや、喋ることなんて、僕達からしたら普通のことだ。でも、娘のそれに関しては、とても喜ばしい出来事に数えられる。
娘の無邪気な顔を見つめていた。娘の怒ったり笑ったりする顔を、優しく見つめていた。すると、ある部分が目を通って体内に入り、僕の呼吸を苦しくさせた。
なりきっている時に、まばたきをしていないことは、なんとか我慢出来る。でも、なりきりから一旦降りたはずの娘が、一切まばたきをしていない。それを目の当たりにし、耐えることが出来なかった。
「いただきます」
「ミカ、本当にそれだけでいいの?」
「うん。ミカちゃんはこれだけでもお腹すかないもん」
朝の光は、ザラザラとした曇りガラスを突き破る。そして、リビングを明るく照らし出す。地べたで、あぐらをかきながら、箸を進めてゆく。妻の元気も、娘の食欲も相変わらずだった。
四つに区切られた、白いプレートには、空白が目立つ。微量しか盛られていない。いつものことだが、それをいつものことだと思ってしまった。そんな自分が、少し嫌だった。
娘は、5分もかからずに食べ終えた。そして、いつもの位置についた。そこで、いつものように、お人形さんを始めた。そこに、ワンッワンッという鳴き声が響く。耳をピッと立たせ、シッポを小気味良く左右に振って近づいてきた。
隣人の愛犬のココロが、無邪気に走り回る。娘よりも、元気が溢れていた。隣人が、家を離れる僅かな間だけ、ココロは僕の家の住人になる。
預かることを伝えたときの娘は、喜んでいた。夢の国行きが決まったときと、同じような笑顔を振り撒いて。
しかし、ココロは、娘のななめ上を行くヤンチャさ。何度も、場を荒らそうとする。ココロは、ドール三姉妹に近づいていった。そして、右手を腰、左手を頭の後ろに回した、ドール三姉妹の姉に向かう。ココロは鼻を付けて、クンクンとしきりに動かし始めた。
普段なら、特に何も思わないかもしれない。普段なら、普通に見守っているかもしれない。でも今は、心臓が波打つように揺れ動いている。気が気ではなかった。全ての動揺は、お人形さんに関係している。
お人形さんには、危害を加えてはならない。お人形さんに、失礼なことをしてはならない。もしも、そのようなことをしてしまった場合、災難が家族に降りかかる。そんな想いで、頭はパンパン。今にも、破裂してしまいそうだった。
不気味なお人形さんに、何か仕出かしてしまうと、何かが起きる。今でも不協和音が、鳴り響いているのに。これ以上、災難はいらない。そんな考えが、脳内を巡る。僕は、声を轟かせようと、ココロに近づいていった。
「ココロ、おとなしくしなさい!」
僕の喉元に、溜まっている声を抑えるように、娘の可愛い声が響き渡る。なりきっていた娘が、急に声を発した。
娘は、なりきることも忘れて、お人形さんをくわえようとする、ココロを注意した。なりきっている時の娘が、こんなに簡単に、現実の世界に帰還することなど、滅多にない。
いくらお人形さんのことであっても、いつもは、びくともしない。動くことや、喋ることなんて、僕達からしたら普通のことだ。でも、娘のそれに関しては、とても喜ばしい出来事に数えられる。
娘の無邪気な顔を見つめていた。娘の怒ったり笑ったりする顔を、優しく見つめていた。すると、ある部分が目を通って体内に入り、僕の呼吸を苦しくさせた。
なりきっている時に、まばたきをしていないことは、なんとか我慢出来る。でも、なりきりから一旦降りたはずの娘が、一切まばたきをしていない。それを目の当たりにし、耐えることが出来なかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。


仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる