ひとのかたち

織賀光希

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9のかたち

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 娘の目が、ほとんど閉じていない。まばたきを、ほとんどしていない。瞼は、娘の視界を邪魔しないで、大人しくしていた。瞼が、娘のお人形さんになる夢を、応援しているかのように。
 娘の瞳には、流れ出すほどの水分はない。瞳は、常に露出しているにも関わらず、充血している様子もない。赤くない白目が、逆に寒気をそそってきた。

 今まで、どれだけ家族のことを見ていなかったかが、分かった気がする。僕は妻だけではなく、娘とも真剣に向き合っていなかった。娘の変化を、汲み取ろうとしていなかった。
 娘の顔に、苦しそうな表情はない。きっと、幸せなのだろう。きっと、これが幸せなのだろう。
 まばたきを制御することを、意識しているのかいないのかは、分からない。だが、何かに操られていると考えただけで、身体が震えた。

 まばたきを無くし、お人形さんに染まりゆく。そんな娘を、心の中心で捉えたくはない。今になっても、信じたくない自分がいた。自分の瞳への、疑いまで溢れ出し、僕のまばたきも少なくなってゆく。
 まばたきの数と比例して、呼吸も少なくなってゆく。娘のように、涼しい顔で動きを表さずに、キープし続ける。そんなことなど、無理に等しかった。
 目には、苦しみに似た刺激が走った。目からは、悲しみに似たしずくが流れた。時が止まったかのような娘を見つめる、僕の時間は進んでいく。

 この世界は、笑っていても泣いていても進む。熟考していても、ボーってしていても流れていってしまう。
 娘をじっと見つめ続ける妻の、首の後ろに、ネックレスのチェーンらしきものが光る。こちらに顔を、しばらく向けていない妻の悲しさ。それは、顔を見なくても、察知が出来た。
 ネックレスのチェーンのように光る、涙を流し続けている。その悲しみの成分の一部を、僕が作り出していたことは、明らかだった。

 あのネックレスを、いつからしていたかは分からない。全く見覚えはない。だから、僕があげたものではない。僕はプレゼントというものを、今までに数えられるほどしか、してこなかったのだから。
 家族の変化に気付けたことは、良かった。でも、どれだけ今まで、家族に無関心だったのかが、浮き彫りになってしまった。

 そもそも、気付いてあげられることが、当たり前なのだから。いいパパを、演じていたつもりだった。でも、なりきれていなかった。
 いいパパの像さえ、ぼやけてしまっていた。パパを演じるなんて、考えては駄目だ。演じると考えている時点で、父親失格だ。
 娘以上に、妻を今まで、よく見てあげられていなかったのかもしれない。妻や娘と、もっと真剣に向き合いたい。

 正面の娘の顔と、妻の後頭部をじっと見ていた。すると、手のひらに収まるほどの幸せが、込み上げてきた。
 一緒の空間にいる。一緒のひとつの、屋根の下にいる。ひとつの視界に、幸せが二人も存在する。そう考えただけで、自然と口角が上がっていた。

 幸せの世界から一旦抜け出し、部屋の角に視線を移す。すると、幸せそうな親子が、画面で微笑んでいた。
 テレビに映る、バスを乗り継ぎながら旅する番組に、三人の行く末を、じっくりと重ね合わせていた。
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