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5のかたち
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四角い焦げ茶色のお盆に乗せて、俯きながら、食器を運ぶ妻。肉眼で確認出来る挙動を、一切しない。そんな、お人形さんと化した娘。
テレビから流れてくるCMの中の、微妙な距離感の父と娘。揺れるカーテンの隙間から覗く、暗がりの葉。この場に、明るいものなんて、ほとんどなかった。
風に揺れる、水色のカーテン。妻が片付けている、パステルカラーの食器。天井に張り付く、空飛ぶ円盤のような白い照明機器。この場に、目に見えない明るさなんて、一つもなかった。
音はほぼ、妻の周りからしか聞こえて来ない。お盆をテーブルに置く音。食器を重ね合わせる音。足が入ったスリッパで、フローリングを叩く音。
娘の名前を、ぶつぶつと呟く音。それらの音も、妻が娘を見つめている時だけは、止んだ。
妻との会話はどうしても、喧嘩中特有の、たどたどしいものになってしまう。その会話も今は無い。娘のお陰で続いていた会話は、長続きしなかった。
色々と考えすぎて、僕は掛ける言葉を失っていた。妻は妻で、娘の心配をし過ぎて、隙を見せてはくれない。決して妻に話し掛けられる状況ではなかった。
前と全然違う。前は、妻と二人きりでいても、エアコンの音さえ気にならなかった。それだけ、笑いも喋り声も、絶え間なかったということだ。三人で仲良く公園で、笑いながらお弁当を食べたこともあった。
あの日が懐かしい。あの日とは、ガラリと変わってしまった。あの日の痕跡は、今はない。また、あの楽しかった日々に戻りたい。
娘はいつもと変わらない。そんなことを考えていた。可愛いものが大好き。何かに集中すると、他のものが見えなくなる。何か楽しいことを発見すると、時間を忘れて熱中する。
熱中している時以外は、飛び切りの笑顔や元気を、振り撒く。今までの娘と、何ら変わりはないように思えてきた。お人形になっている娘も、いつもの娘かもしれない。
妻に似たのだろうか。妻も集中すると、他のものが見えなくなる。妻と付き合いたての頃は、ひっきりなしにメールが来ていた。悩み出すと、時間も忘れて、悩み通してしまうのだ。
娘が生まれた時も、娘だけに愛情を注ぎ続けていた。でも、今の妻の様子は、いつもと違う。こんなに眉毛の下がった、妻を見るのは初めてだった。こんなに肩を落とす、妻を見るのも初めてだった。
いつもと変わらない娘がここにはいる。なのに、それを見て、僕たち夫婦が勝手に乱されている。いつもと違うのは、周りだけなのかもしれない。
チャンネルを変えると、クイズ番組が、テレビから流れ出した。僕はそっと、音量を一つ上げる。司会席に、白のスーツを着た俳優。そして、隣には、赤いワンピースを着たアイドルがいる。
アイドルは、愛想を周囲に投げ掛けていた。娘の大好きなクイズ番組。娘の大好きなアイドル。そして、娘の大好きが詰まった放送。しかし、娘はピクリとも動かなかった。
独特な雰囲気を漂わせる、ドール三姉妹の横で、娘はお人形さんとして、鎮座を続けている。細い身体と上がる眉毛の威圧感に、どうしても慣れない。
心に訴えかける目力。脳に刷り込まれていく、印象的な顔。それが、三体も連ねられていたら、落ち着けるはずがない。
威圧感が、横に置かれているにも関わらず、全く動かない娘。心配だったが、欠片ほどの誇らしさも、同時に感じてしまっていた。
テレビから流れてくるCMの中の、微妙な距離感の父と娘。揺れるカーテンの隙間から覗く、暗がりの葉。この場に、明るいものなんて、ほとんどなかった。
風に揺れる、水色のカーテン。妻が片付けている、パステルカラーの食器。天井に張り付く、空飛ぶ円盤のような白い照明機器。この場に、目に見えない明るさなんて、一つもなかった。
音はほぼ、妻の周りからしか聞こえて来ない。お盆をテーブルに置く音。食器を重ね合わせる音。足が入ったスリッパで、フローリングを叩く音。
娘の名前を、ぶつぶつと呟く音。それらの音も、妻が娘を見つめている時だけは、止んだ。
妻との会話はどうしても、喧嘩中特有の、たどたどしいものになってしまう。その会話も今は無い。娘のお陰で続いていた会話は、長続きしなかった。
色々と考えすぎて、僕は掛ける言葉を失っていた。妻は妻で、娘の心配をし過ぎて、隙を見せてはくれない。決して妻に話し掛けられる状況ではなかった。
前と全然違う。前は、妻と二人きりでいても、エアコンの音さえ気にならなかった。それだけ、笑いも喋り声も、絶え間なかったということだ。三人で仲良く公園で、笑いながらお弁当を食べたこともあった。
あの日が懐かしい。あの日とは、ガラリと変わってしまった。あの日の痕跡は、今はない。また、あの楽しかった日々に戻りたい。
娘はいつもと変わらない。そんなことを考えていた。可愛いものが大好き。何かに集中すると、他のものが見えなくなる。何か楽しいことを発見すると、時間を忘れて熱中する。
熱中している時以外は、飛び切りの笑顔や元気を、振り撒く。今までの娘と、何ら変わりはないように思えてきた。お人形になっている娘も、いつもの娘かもしれない。
妻に似たのだろうか。妻も集中すると、他のものが見えなくなる。妻と付き合いたての頃は、ひっきりなしにメールが来ていた。悩み出すと、時間も忘れて、悩み通してしまうのだ。
娘が生まれた時も、娘だけに愛情を注ぎ続けていた。でも、今の妻の様子は、いつもと違う。こんなに眉毛の下がった、妻を見るのは初めてだった。こんなに肩を落とす、妻を見るのも初めてだった。
いつもと変わらない娘がここにはいる。なのに、それを見て、僕たち夫婦が勝手に乱されている。いつもと違うのは、周りだけなのかもしれない。
チャンネルを変えると、クイズ番組が、テレビから流れ出した。僕はそっと、音量を一つ上げる。司会席に、白のスーツを着た俳優。そして、隣には、赤いワンピースを着たアイドルがいる。
アイドルは、愛想を周囲に投げ掛けていた。娘の大好きなクイズ番組。娘の大好きなアイドル。そして、娘の大好きが詰まった放送。しかし、娘はピクリとも動かなかった。
独特な雰囲気を漂わせる、ドール三姉妹の横で、娘はお人形さんとして、鎮座を続けている。細い身体と上がる眉毛の威圧感に、どうしても慣れない。
心に訴えかける目力。脳に刷り込まれていく、印象的な顔。それが、三体も連ねられていたら、落ち着けるはずがない。
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