1 / 22
1のかたち
しおりを挟む
「ただいま!」
「パパ、お帰り!」
おめめが、クリクリとしている。まつ毛が、ピンピンしている。お肌が、ツルツルしている。
髪の毛が、サラサラしている。鼻が、シュッとしている。娘は、まるでお人形さんだ。可愛すぎる。
地味な靴が、バラバラ散らばる玄関。ピンクの花柄マットの間にある段差は、娘を想うだけで軽々と越えられた。
重い荷物を、長時間支え続けた足が、娘に手を握られて、導かれていく。無重力空間にでも、いるかのように、ふわふわとなった。
僕の手から離れた娘は、両手を金色の長い取っ手にかけた。そして、全体重を込めるようにして、下に引く。続けて、当たったら怪我をするような、物凄いスピードで、扉を強く手前に引いた。
長い取っ手の行き着く先には、壁がある。娘の胸の高鳴りを表すかのように、ゴンッと大きな音でバウンドし、そっと止まった。
白いつるつるとした壁の、取っ手が接触した部分には、黒みを帯びた跡が、ぼんやりと浮かんでいた。再度引っ張られた右手は、最初よりもさらに強い刺激に縛られてゆく。
リビングのくすんだ黄土色の絨毯に隠れそびれた、フローリングの焦げ茶の先に目をやる。見慣れた仲間たちの右側に、見慣れない仲間の姿があった。
「今日ママに買ってもらったの」
「ミカ、良かったな」
「うん。可愛いでしょ?」
隅でドスンと構える、娘とほぼ同じ大きさのフッサフサしたクマさん。グリーンのパッツン前髪に、大きすぎるグリーンの瞳を携えた、頭でっかちのお人形さん。
暖色系の、不規則な模様で構成された着物を纏う、小柄な和のお人形さん。他にも、沢山の仲間がいて、毎日、僕たち家族に、微笑みかけてくれている。
その仲間たちに今日、新しい仲間が加わったのだ。そのお人形さんを最初に見た時、少しの震えと、少しの高揚感を覚えた。
ドールと呼ぶべき、異国感が漂う姿。笑みが一切ない表情。少し怒っているようにも見える、吊り上がった眉。他の人形が太いせいで、細さが際立つ身体。
そのお人形さんは、フローリングの上に、直で置くことを躊躇うほどの美しさと、異彩を放っていた。一体でも、空気の循環を、悪くする存在であるというのに、それは三体いた。
「ミカちゃんはね、お人形さんになりたいの」
「そっか、なれるといいね」
「うん」
娘は新しく仲間になったドール達に、バタバタと音を立てながら、一直線に向かっていく。
妻との、いざこざなんて忘れるほど、娘は生き生きしていた。娘の顔から溢れる笑いは、顔だけでなく、口からも漏れ出ていた。
娘が『ミドリちゃん』と呼んでいる、緑の髪と、緑の瞳をしたお人形さん。そして、新しく仲間に加わった、ドール達。
その間の僅かな隙間へと、娘は身体をねじ込んでゆく。僕の足は、小さな手に誘導されることなく、娘の幸福感のみで動かされていた。
埋もれるように、座り込んだ娘は、右手を腰、左手を頭の後ろに回した新入りのような格好をする。そこにいる、お人形さん達に、自然と溶け込んでいた。
「あれっ? ミカはどこだ?」
「パパ、ここだよ!」
「ミカがお人形さんみたいに可愛いから、分からなかったよ」
隣のお人形さんの真似をする、娘のまばたきは、空を飛べそうなくらい速い。
娘の頭は、首振り人形ほどではないが、小さくゆっくりと揺れていた。娘は人間らしく前髪を手櫛で整えたりもしていた。
不完全な物真似に、可愛さと幸福感が、音を立てるように、押し寄せてきた。お人形さん達には失礼かもしれないが、娘がこの中で、一番可愛いのは間違いない。
そう感じることしか、出来ないでいた。すると、そこに妻の可愛げのない声が響く。部屋に溢れていた幸福の中に、少しずつ不幸が侵入してきているのを、ひしひしと感じた。
「パパ、お帰り!」
おめめが、クリクリとしている。まつ毛が、ピンピンしている。お肌が、ツルツルしている。
髪の毛が、サラサラしている。鼻が、シュッとしている。娘は、まるでお人形さんだ。可愛すぎる。
地味な靴が、バラバラ散らばる玄関。ピンクの花柄マットの間にある段差は、娘を想うだけで軽々と越えられた。
重い荷物を、長時間支え続けた足が、娘に手を握られて、導かれていく。無重力空間にでも、いるかのように、ふわふわとなった。
僕の手から離れた娘は、両手を金色の長い取っ手にかけた。そして、全体重を込めるようにして、下に引く。続けて、当たったら怪我をするような、物凄いスピードで、扉を強く手前に引いた。
長い取っ手の行き着く先には、壁がある。娘の胸の高鳴りを表すかのように、ゴンッと大きな音でバウンドし、そっと止まった。
白いつるつるとした壁の、取っ手が接触した部分には、黒みを帯びた跡が、ぼんやりと浮かんでいた。再度引っ張られた右手は、最初よりもさらに強い刺激に縛られてゆく。
リビングのくすんだ黄土色の絨毯に隠れそびれた、フローリングの焦げ茶の先に目をやる。見慣れた仲間たちの右側に、見慣れない仲間の姿があった。
「今日ママに買ってもらったの」
「ミカ、良かったな」
「うん。可愛いでしょ?」
隅でドスンと構える、娘とほぼ同じ大きさのフッサフサしたクマさん。グリーンのパッツン前髪に、大きすぎるグリーンの瞳を携えた、頭でっかちのお人形さん。
暖色系の、不規則な模様で構成された着物を纏う、小柄な和のお人形さん。他にも、沢山の仲間がいて、毎日、僕たち家族に、微笑みかけてくれている。
その仲間たちに今日、新しい仲間が加わったのだ。そのお人形さんを最初に見た時、少しの震えと、少しの高揚感を覚えた。
ドールと呼ぶべき、異国感が漂う姿。笑みが一切ない表情。少し怒っているようにも見える、吊り上がった眉。他の人形が太いせいで、細さが際立つ身体。
そのお人形さんは、フローリングの上に、直で置くことを躊躇うほどの美しさと、異彩を放っていた。一体でも、空気の循環を、悪くする存在であるというのに、それは三体いた。
「ミカちゃんはね、お人形さんになりたいの」
「そっか、なれるといいね」
「うん」
娘は新しく仲間になったドール達に、バタバタと音を立てながら、一直線に向かっていく。
妻との、いざこざなんて忘れるほど、娘は生き生きしていた。娘の顔から溢れる笑いは、顔だけでなく、口からも漏れ出ていた。
娘が『ミドリちゃん』と呼んでいる、緑の髪と、緑の瞳をしたお人形さん。そして、新しく仲間に加わった、ドール達。
その間の僅かな隙間へと、娘は身体をねじ込んでゆく。僕の足は、小さな手に誘導されることなく、娘の幸福感のみで動かされていた。
埋もれるように、座り込んだ娘は、右手を腰、左手を頭の後ろに回した新入りのような格好をする。そこにいる、お人形さん達に、自然と溶け込んでいた。
「あれっ? ミカはどこだ?」
「パパ、ここだよ!」
「ミカがお人形さんみたいに可愛いから、分からなかったよ」
隣のお人形さんの真似をする、娘のまばたきは、空を飛べそうなくらい速い。
娘の頭は、首振り人形ほどではないが、小さくゆっくりと揺れていた。娘は人間らしく前髪を手櫛で整えたりもしていた。
不完全な物真似に、可愛さと幸福感が、音を立てるように、押し寄せてきた。お人形さん達には失礼かもしれないが、娘がこの中で、一番可愛いのは間違いない。
そう感じることしか、出来ないでいた。すると、そこに妻の可愛げのない声が響く。部屋に溢れていた幸福の中に、少しずつ不幸が侵入してきているのを、ひしひしと感じた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
荷車尼僧の回顧録
石田空
大衆娯楽
戦国時代。
密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。
座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。
しかし。
尼僧になった百合姫は何故か生きていた。
生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。
「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」
僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。
旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。
和風ファンタジー。
カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。


仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる