機能しない現実

ダイナマイト山村

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ジェリスの物語

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 現実世界という矮小なイミテイションよりも、創作の持つ圧倒的なリアリティに没頭した。



世界が色を変え移ろいゆく中で、相も変わらず愚かな挙動を繰り返す者たち。



しかし、その者を裁くすべはない。



そして、その者が栄える世界もまた現実。



壊れたルールの中で、ルールを作り直し、壊し直し、関心と無関心の先に、一方的に



愚かであるという現実が存在しても一向に機能しない。



機能しない現実とはなんだ。



それならば、根源的な、宣言的な、フィクションの中に込められた人間の心象風景にこそ魂はともる。



我々はついにここまでたどり着いたのだ。



神がつくり給うたフィクションを脱するのだ。



現実を我々の手に取り戻すのだ。



―ある男の手記より―















 教団に襲われた。



3度目の襲撃だった。



恐怖と、またかというあきらめの中、安心を感じ始めている自分に寒気が走る。



こんな状況でさえ人間は習慣化を望むのか。



「こんなことではいけない」







 ジェリスにとって日常とは白い壁につけられた一点のドットでしかなかった。



動きもしない。変りもしない。



それはそこにあるということであり、そこにしかないということであり、それしかありえない。



白も黒も同じ割合で同じ場所にいる。



なんの代わり映えもしない。



何かをかきたそうと思えばかきたせる。



だが結局は壁の広さも元の色も、黒いドットの位置さえ変りはしない。



それが世界であり、自分であり、認識である。



それが…日常であった。







 殺しも慣れた。「さようなら」



ジェリスは猛然と襲い来る目深帽の雌を縊り殺す。



教団の武器は妄信である。



殊、襲撃をさせられる尻尾など何の修練も積んでいない。



出会い頭の一点を避けさえすれば、案山子も同然だ。







 顔は見ない。動作の慣れと心の摩耗は必ずしも一致しない。



それが人であったことをなるべく意識したくない。







 仲間の死にあたって一瞬足が止まる。



信仰心の中にわずか残された人間味が身を亡ぼす。



「くしゃった」



意味のない発声をして、仕留める。



少し離れた場所に置かれていた斧の位置が移動した。



断末魔と静寂が順に訪れた。







 ジェリスは行く。



教団から抜け出した3月を思い出す。



白壁についていると思われた一点のドットが虫の墓標だったと知った。



自分の認識とは完全に違う。世界の実像に衝撃を受けた。



壁は何も語らない。死は何も語らない。見るものは知らずに生きて、死ぬ。



知った今、過去も書き換わる。



そのドットはちっぽけな生き物が外部からやってきて、最後に絶えた証であった。



外の世界がある。



きちんと意味の無い生と無意味な死がある。



「私は生きている」



そのつぶやきは脱走の決意に十分な力を与えた。







 最初の殺人で己が強靭であることを知る。



2回目の襲撃で体が絶命させる技術を持つことを悟る。



そして、先ほどの解体作業によって分かったことがある。







 私は戦闘訓練を受けている。



思考を巡らせながら、力強い歩は目視できぬ直線をなぞっている。







 ではなぜその襲撃に素人を寄こすのだろうか。



なぜ2人づつでしか襲わないのだろうか。



なぜ足取りがばれるのだろうか。



何者かに監視されているのだろうか。







 360度を見渡す。



空を見上げる。







ジェリスは一人だ。







 無意味な詮索はやめよう。



「無意味な詮索はやめよう」



自由意志への疑いを疑い、思考を終息させる。



目的地は教団第一首都ヘッケルバイン。



今はまだ地図の中にしかない架空の地。







 我が人生の最終目的である。



自分の意志で赴き、定められた生を拒絶する。



誰かに見いだされた意味を否定する。



途方もなく無価値であることを謳歌するために。







 ジェリスは固く決意しているのだ。



ジェリスは行く。







それがジェリスの物語だから。
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