1 / 7
ジェリスの物語
しおりを挟む
現実世界という矮小なイミテイションよりも、創作の持つ圧倒的なリアリティに没頭した。
世界が色を変え移ろいゆく中で、相も変わらず愚かな挙動を繰り返す者たち。
しかし、その者を裁くすべはない。
そして、その者が栄える世界もまた現実。
壊れたルールの中で、ルールを作り直し、壊し直し、関心と無関心の先に、一方的に
愚かであるという現実が存在しても一向に機能しない。
機能しない現実とはなんだ。
それならば、根源的な、宣言的な、フィクションの中に込められた人間の心象風景にこそ魂はともる。
我々はついにここまでたどり着いたのだ。
神がつくり給うたフィクションを脱するのだ。
現実を我々の手に取り戻すのだ。
―ある男の手記より―
教団に襲われた。
3度目の襲撃だった。
恐怖と、またかというあきらめの中、安心を感じ始めている自分に寒気が走る。
こんな状況でさえ人間は習慣化を望むのか。
「こんなことではいけない」
ジェリスにとって日常とは白い壁につけられた一点のドットでしかなかった。
動きもしない。変りもしない。
それはそこにあるということであり、そこにしかないということであり、それしかありえない。
白も黒も同じ割合で同じ場所にいる。
なんの代わり映えもしない。
何かをかきたそうと思えばかきたせる。
だが結局は壁の広さも元の色も、黒いドットの位置さえ変りはしない。
それが世界であり、自分であり、認識である。
それが…日常であった。
殺しも慣れた。「さようなら」
ジェリスは猛然と襲い来る目深帽の雌を縊り殺す。
教団の武器は妄信である。
殊、襲撃をさせられる尻尾など何の修練も積んでいない。
出会い頭の一点を避けさえすれば、案山子も同然だ。
顔は見ない。動作の慣れと心の摩耗は必ずしも一致しない。
それが人であったことをなるべく意識したくない。
仲間の死にあたって一瞬足が止まる。
信仰心の中にわずか残された人間味が身を亡ぼす。
「くしゃった」
意味のない発声をして、仕留める。
少し離れた場所に置かれていた斧の位置が移動した。
断末魔と静寂が順に訪れた。
ジェリスは行く。
教団から抜け出した3月を思い出す。
白壁についていると思われた一点のドットが虫の墓標だったと知った。
自分の認識とは完全に違う。世界の実像に衝撃を受けた。
壁は何も語らない。死は何も語らない。見るものは知らずに生きて、死ぬ。
知った今、過去も書き換わる。
そのドットはちっぽけな生き物が外部からやってきて、最後に絶えた証であった。
外の世界がある。
きちんと意味の無い生と無意味な死がある。
「私は生きている」
そのつぶやきは脱走の決意に十分な力を与えた。
最初の殺人で己が強靭であることを知る。
2回目の襲撃で体が絶命させる技術を持つことを悟る。
そして、先ほどの解体作業によって分かったことがある。
私は戦闘訓練を受けている。
思考を巡らせながら、力強い歩は目視できぬ直線をなぞっている。
ではなぜその襲撃に素人を寄こすのだろうか。
なぜ2人づつでしか襲わないのだろうか。
なぜ足取りがばれるのだろうか。
何者かに監視されているのだろうか。
360度を見渡す。
空を見上げる。
ジェリスは一人だ。
無意味な詮索はやめよう。
「無意味な詮索はやめよう」
自由意志への疑いを疑い、思考を終息させる。
目的地は教団第一首都ヘッケルバイン。
今はまだ地図の中にしかない架空の地。
我が人生の最終目的である。
自分の意志で赴き、定められた生を拒絶する。
誰かに見いだされた意味を否定する。
途方もなく無価値であることを謳歌するために。
ジェリスは固く決意しているのだ。
ジェリスは行く。
それがジェリスの物語だから。
世界が色を変え移ろいゆく中で、相も変わらず愚かな挙動を繰り返す者たち。
しかし、その者を裁くすべはない。
そして、その者が栄える世界もまた現実。
壊れたルールの中で、ルールを作り直し、壊し直し、関心と無関心の先に、一方的に
愚かであるという現実が存在しても一向に機能しない。
機能しない現実とはなんだ。
それならば、根源的な、宣言的な、フィクションの中に込められた人間の心象風景にこそ魂はともる。
我々はついにここまでたどり着いたのだ。
神がつくり給うたフィクションを脱するのだ。
現実を我々の手に取り戻すのだ。
―ある男の手記より―
教団に襲われた。
3度目の襲撃だった。
恐怖と、またかというあきらめの中、安心を感じ始めている自分に寒気が走る。
こんな状況でさえ人間は習慣化を望むのか。
「こんなことではいけない」
ジェリスにとって日常とは白い壁につけられた一点のドットでしかなかった。
動きもしない。変りもしない。
それはそこにあるということであり、そこにしかないということであり、それしかありえない。
白も黒も同じ割合で同じ場所にいる。
なんの代わり映えもしない。
何かをかきたそうと思えばかきたせる。
だが結局は壁の広さも元の色も、黒いドットの位置さえ変りはしない。
それが世界であり、自分であり、認識である。
それが…日常であった。
殺しも慣れた。「さようなら」
ジェリスは猛然と襲い来る目深帽の雌を縊り殺す。
教団の武器は妄信である。
殊、襲撃をさせられる尻尾など何の修練も積んでいない。
出会い頭の一点を避けさえすれば、案山子も同然だ。
顔は見ない。動作の慣れと心の摩耗は必ずしも一致しない。
それが人であったことをなるべく意識したくない。
仲間の死にあたって一瞬足が止まる。
信仰心の中にわずか残された人間味が身を亡ぼす。
「くしゃった」
意味のない発声をして、仕留める。
少し離れた場所に置かれていた斧の位置が移動した。
断末魔と静寂が順に訪れた。
ジェリスは行く。
教団から抜け出した3月を思い出す。
白壁についていると思われた一点のドットが虫の墓標だったと知った。
自分の認識とは完全に違う。世界の実像に衝撃を受けた。
壁は何も語らない。死は何も語らない。見るものは知らずに生きて、死ぬ。
知った今、過去も書き換わる。
そのドットはちっぽけな生き物が外部からやってきて、最後に絶えた証であった。
外の世界がある。
きちんと意味の無い生と無意味な死がある。
「私は生きている」
そのつぶやきは脱走の決意に十分な力を与えた。
最初の殺人で己が強靭であることを知る。
2回目の襲撃で体が絶命させる技術を持つことを悟る。
そして、先ほどの解体作業によって分かったことがある。
私は戦闘訓練を受けている。
思考を巡らせながら、力強い歩は目視できぬ直線をなぞっている。
ではなぜその襲撃に素人を寄こすのだろうか。
なぜ2人づつでしか襲わないのだろうか。
なぜ足取りがばれるのだろうか。
何者かに監視されているのだろうか。
360度を見渡す。
空を見上げる。
ジェリスは一人だ。
無意味な詮索はやめよう。
「無意味な詮索はやめよう」
自由意志への疑いを疑い、思考を終息させる。
目的地は教団第一首都ヘッケルバイン。
今はまだ地図の中にしかない架空の地。
我が人生の最終目的である。
自分の意志で赴き、定められた生を拒絶する。
誰かに見いだされた意味を否定する。
途方もなく無価値であることを謳歌するために。
ジェリスは固く決意しているのだ。
ジェリスは行く。
それがジェリスの物語だから。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~
深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公
じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい
…この世界でも生きていける術は用意している
責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう
という訳で異世界暮らし始めちゃいます?
※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです
※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる