とろけてまざる

ゆなな

文字の大きさ
上 下
38 / 46
5章

10話

しおりを挟む
「このお花やお見舞いの品……殆ど小児科のスタッフからなのよ」
 手術後の父が目覚めるのを待つ間、陽が傾き薄暗くなった病室で母がぽつりと切り出した。父の部屋は見舞いの花や品が見たことがないくらい沢山並んでいた。
 兄達は手術が無事に終わり数値が落ち着いているのを確認した後、既に帰宅していた。そのため病室には母と二人だった。まだ何処か怯えたような仕種でユキは母を見る。
「小児科の先生方や看護師さん達。個別に持って来て下さった方も何人もいたわ。皆さん口々にあなたがどんなに素晴らしい医師なのか沢山話してくれたわ……本当に立派な医師になったのね…」
 ずっとずっと欲しかった言葉が突然目の前に落ちてきて、ユキは信じられずに瞳を瞬かせた。

「あなたが可愛くなかった訳じゃ……愛していなかったわけじゃないの。お兄ちゃん達はみんなアルファだったから体が大きかったけれど、あなたはとても小さくて……守ってあげなければいけないと強く思ったわ。同時にこんなに体が小さくては体力もないしアルファとは同じことは出来るはずがないって決めつけてた。あなたがそれで傷つくかもなんて考えもしなかったの。病院の経営が傾いて、お父さんが倒れて……それで私は漸く少しだけ人の気持ちがわかるようになったわ。恥ずかしいけれど、今までは何時だって自分が絶対に正しいと思っていて人の気持ちなんて考えたことなかったのよ」

母はそう言うと
「病院の経営をうまくいかせたくて、大切な子供達を駒のように扱ったわ……特にあなたには酷いことをした。許して欲しいなんて言えないけど、謝らせて欲しいの……」
ユキの手をそっと取って
「ごめんなさい」
と謝った。ユキの手の甲にぽたり、と母の涙が落ちた。
 母の手の感触で、幼いときに手を繋いで歩いた記憶が蘇った。
「あんなに酷いことをしてしまったことに産まれて初めて苦労して漸く気付いたの。もう二度とあなたに関わってはいけないと思ったのだけれど……どうしてもお父さんを助けたくてあなたに電話をしたわ。優しいあなたは断らないことも何処かでわかっていたの。本当に私は狡いわね」

いつも強くて自信いっぱいの母の姿は欠片もなく、ただ一人の弱い女が其処に居た。

「僕の……僕のことを立派な医師だと、認めてくれたのなら、僕はもうそれで十分です。それに、愛されていなかったわけじゃないってわかってよかった」
いつの間にか病室に現れていた永瀬が優しく見守っていた。

「麻酔が切れる時間ですし、脳波に動きが見られたのでそろそろ目が醒めるんじゃないかと思いまして」
 永瀬が言うと、二人も横たわる父の方に向き直った。
 ぴくぴくと父の瞼が動いたと思うと永瀬の言うとおり、静かに瞳が開いた。ゆっくりと、父は視線を巡らせるとユキの上でぴたりと止めた。
声にはならなかったが、唇が確かに動いた。

『雪也、ありがとう。ごめん』

 ユキも母もこれ以上は我慢できなくなって声を上げて泣いた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

処理中です...