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5章
3話
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「検査の結果はとても良かったよ。頑張ったね」
幼い子供に向けてユキが言うと親子はとてもほっとしたような表情を浮かべた。
「お薬も種類が減るので少し楽になるかと思います。二週間分お出しするので二週間後にまた受診してください。もちろん何かありましたら、すぐに来てくださいね。それじゃ次回の予約をして今日は終わりです」
ユキがにっこり笑って言うと親子も安心したように笑った。
「先生今は週二回しか外来いらっしゃらないんですよね?娘がユキ先生じゃないと嫌だって言うので……」
「嬉しいな。じゃあ23日の木曜はいかがですか?」
「それでお願いします」
「はい。じゃあ23日10時からになりますね。それじゃあ、まゆちゃん、それまでお薬頑張ろうね」
うん、と笑って患者は診察室から出て行った。
「今ので最後の方ですね」
患者が出た後にベテランの看護師が入ってくる。
「え?もうそんな時間?」
ユキが時計を確認すると1時を回ったところだった。
「ユキ先生、お昼に出られます?」
「今日は3時には帰りたいから昼休みは取らずにこの後病棟の手伝いに行くつもりだよ」
「ちゃんとお昼食べなくて大丈夫?先生まだ授乳中でしょう?」
「ありがとう。でも合間に軽くお腹に入れておくから平気だよ。あ、山田さんお勧めのお鍋って何かある?」
そういえば料理が得意と言っていたことを思い出して尋ねてみる。
「お鍋ですか?」
「うん。最近週一回くらいでやっててね。しゃぶしゃぶ、水炊き、すき焼き、豆乳鍋とか寄せ鍋……定番ばかりでさ」
そう言ったユキに、あ、と看護師は言うと
「牡蠣の土手鍋はどうでしょう?牡蠣がお嫌いでなければ」
そう言えば寄せ鍋に牡蠣を入れたとき嬉しそうに食べていた永瀬を思い出す。
「いいかもしれない。牡蠣の土手鍋ってお味噌で作るやつだよね?ポイントあったら教えて」
ユキが手元のメモ用紙を引き寄せて尋ねる。
「信州味噌がベースなんですけどね、赤味噌を少し入れて、おろし生姜を忘れないで。あとお砂糖とみりんで甘味はお好みで調節しながらだといいですよ」
「美味しそう……お腹すいてきちゃったよ」
とユキが笑う。すると傍で聞いていた他の看護師も笑いながら
「もしかして永瀬先生、お鍋好きなんですか?なんか意外!」
「え?そうかな?」
これまで一人のときはそんなに食べなかったらしいが、ユキと暮らすようになってから二人で突っつきながら晩酌を楽しむ鍋に永瀬はすっかり嵌まってしまった。そう言えば火燵まで買って鍋を楽しむ姿に家政婦の佳代は目を点にしたあと大爆笑していたのを思い出す。
「そうですよ、永瀬先生ってワインとフレンチとかってイメージ?」
「ウイスキー飲んで食事とかあんまりしなさそうって意見もあるよね」
なんて看護師達が笑っていうのでユキも笑ってしまう。
「お鍋突っつきながらビールが好きみたいだよ」
「うそー?!」
「信じられない!!」
みんなで大きな声で笑っていると、そこへ年若い看護師が診察室に現れた。
「ユキ先生、綾川さんという方からユキ先生宛てにお電話です」
名前を聞いて、どくり、と心臓が波打った。一瞬曇ったユキの顔を見て
「あの、心当たりない方でしたらお断りしましょうか?」
この春から小児科に配属になったばかりのこの看護師はどうやらユキの旧姓が綾川だとは知らないらしい。
「あ、いや……大丈夫だよ。電話回して下さい」
ユキが言うと看護師達は電話の邪魔にならないようにそっと診察室を出た。
そして、それからややしてから、プルル…プルル……診察室の机にある電話が鳴って……
「お電話代わりました……」
「ユキ……?」
電話の向こうから、あの居丈高な母らしくない少し疲れた声が聞こえた。
幼い子供に向けてユキが言うと親子はとてもほっとしたような表情を浮かべた。
「お薬も種類が減るので少し楽になるかと思います。二週間分お出しするので二週間後にまた受診してください。もちろん何かありましたら、すぐに来てくださいね。それじゃ次回の予約をして今日は終わりです」
ユキがにっこり笑って言うと親子も安心したように笑った。
「先生今は週二回しか外来いらっしゃらないんですよね?娘がユキ先生じゃないと嫌だって言うので……」
「嬉しいな。じゃあ23日の木曜はいかがですか?」
「それでお願いします」
「はい。じゃあ23日10時からになりますね。それじゃあ、まゆちゃん、それまでお薬頑張ろうね」
うん、と笑って患者は診察室から出て行った。
「今ので最後の方ですね」
患者が出た後にベテランの看護師が入ってくる。
「え?もうそんな時間?」
ユキが時計を確認すると1時を回ったところだった。
「ユキ先生、お昼に出られます?」
「今日は3時には帰りたいから昼休みは取らずにこの後病棟の手伝いに行くつもりだよ」
「ちゃんとお昼食べなくて大丈夫?先生まだ授乳中でしょう?」
「ありがとう。でも合間に軽くお腹に入れておくから平気だよ。あ、山田さんお勧めのお鍋って何かある?」
そういえば料理が得意と言っていたことを思い出して尋ねてみる。
「お鍋ですか?」
「うん。最近週一回くらいでやっててね。しゃぶしゃぶ、水炊き、すき焼き、豆乳鍋とか寄せ鍋……定番ばかりでさ」
そう言ったユキに、あ、と看護師は言うと
「牡蠣の土手鍋はどうでしょう?牡蠣がお嫌いでなければ」
そう言えば寄せ鍋に牡蠣を入れたとき嬉しそうに食べていた永瀬を思い出す。
「いいかもしれない。牡蠣の土手鍋ってお味噌で作るやつだよね?ポイントあったら教えて」
ユキが手元のメモ用紙を引き寄せて尋ねる。
「信州味噌がベースなんですけどね、赤味噌を少し入れて、おろし生姜を忘れないで。あとお砂糖とみりんで甘味はお好みで調節しながらだといいですよ」
「美味しそう……お腹すいてきちゃったよ」
とユキが笑う。すると傍で聞いていた他の看護師も笑いながら
「もしかして永瀬先生、お鍋好きなんですか?なんか意外!」
「え?そうかな?」
これまで一人のときはそんなに食べなかったらしいが、ユキと暮らすようになってから二人で突っつきながら晩酌を楽しむ鍋に永瀬はすっかり嵌まってしまった。そう言えば火燵まで買って鍋を楽しむ姿に家政婦の佳代は目を点にしたあと大爆笑していたのを思い出す。
「そうですよ、永瀬先生ってワインとフレンチとかってイメージ?」
「ウイスキー飲んで食事とかあんまりしなさそうって意見もあるよね」
なんて看護師達が笑っていうのでユキも笑ってしまう。
「お鍋突っつきながらビールが好きみたいだよ」
「うそー?!」
「信じられない!!」
みんなで大きな声で笑っていると、そこへ年若い看護師が診察室に現れた。
「ユキ先生、綾川さんという方からユキ先生宛てにお電話です」
名前を聞いて、どくり、と心臓が波打った。一瞬曇ったユキの顔を見て
「あの、心当たりない方でしたらお断りしましょうか?」
この春から小児科に配属になったばかりのこの看護師はどうやらユキの旧姓が綾川だとは知らないらしい。
「あ、いや……大丈夫だよ。電話回して下さい」
ユキが言うと看護師達は電話の邪魔にならないようにそっと診察室を出た。
そして、それからややしてから、プルル…プルル……診察室の机にある電話が鳴って……
「お電話代わりました……」
「ユキ……?」
電話の向こうから、あの居丈高な母らしくない少し疲れた声が聞こえた。
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