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3章
4話
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ユキの実家である綾川家がよく使用するホテルのラウンジ。
東京から新幹線ならばそう遠くないユキの実家のあるこの地では一番と言われる規模のホテル。
大きなクリスマスツリーが煌めいていて、永瀬と横浜のクリスマスツリーを一緒に見る約束をしていたなと思いを巡らせたが、別れを告げてここに来たくせに未練がましいと軽く頭を振ってその考えを追い出した。
実家を出てからは呼び出しがかかることもなくユキは久しぶりにここを訪れた。
待ち合わせのラウンジに行くと既に父母が待機していた。
「お久しぶりです。お父さん、お母さん」
アルファである両親は母でさえユキより背が高く上から見下ろされる格好だ。父はあまり興味がなさそうにユキを一瞥すると窓の外に目を移した。
上から下までじろじろと母は見ると
「まぁまぁの格好ね」とだけ言った。
年齢はもう50歳をとっくに超えたはずだが、30代とと言っても良いような母はアルファの女性らしい目鼻立ちがくっきりとした華やかな人を惹き付ける容姿をしている。
「お父さん、お母さん……お相手の方にお会いする前に話があるのですが」
ユキは深く息を吸い込むと思いきって告げた。
顔が見れず恐ろしいまでにピカピカと光る革靴と先の細いピンヒールばかりを見つめてしまう。
だめだ。ちゃんと告げなくてはいけない。
それでなくては自分はいつまで経ってもこの強烈な父母の呪縛からは逃れることができない。
『君はいい医師だな』
あの永瀬がそう、言ってくれたのだ。
どんなに頑張っても優秀なアルファを産むための道具としてばかり見られることに絶望して、オメガを隠したユキの全てを暴いた優秀な医師。
そして、ユキが初めて愛してしまった、人。
(大丈夫。言える。彼が医師として認めてくれたことに責任を持ちたい)
「僕、病院でちゃんと医者として仕事出来ています。だから……オメガとしてではなく、医師として家族の役に立つのではいけませんか」
騒がしいはずのホテルのロビーだが、回りの喧騒は一切遮断されてしまったかのようにユキの耳には入らなかった。
とても永い時間にユキには思えたが時間にすればほんの僅かな隙間。
ふ、と父親が息を吐いた。
「言うんじゃないかと、思っていたよ」
そして薄く笑って
「いくらお前がオメガにしては優秀といえども、やはりオメガだな。」
見つめる瞳のあまりの冷たさに、ユキは凍りついた。
「オメガの医者はいらない。小児科医もだ。何度も言わせるな」
父親は後ろを振り返り、後ろで待機していた秘書に
「西園寺先生に連絡を。時間が無駄だ。始める」と告げた瞬間、ザザッと回りが動いた。
「ユキ、私たちはお前がアルファじゃなかったからといって、がっかりなどしたことはないよ。稀少なオメガを欲しいアルファは多いからな。アルファの兄弟達とは違う役に立ってくれる存在だと喜んだくらいだ。オメガにはオメガの役立ち方がある。アルファの真似など無駄なことをするな」
父に続いて母が言った。
「西園寺総合病院の跡取りなのよ。これでうちの病院にも色々と便宜を図ってくれるそうよ」
(僕は、両親にとって何なのだろう)
はっと気づいたときには回りを屈強な男たちに囲まれていた。そして
「初めまして、雪也君」美しく低い声。だが、父のそれと同じくらい冷たい声。
ユキがぱっと顔を上げると
「私は西園寺司だ。君の番になる。よろしく頼むよ」
強烈なアルファのフェロモンが香り、くらりとユキはよろめく。アルファらしく整った顔にきっちりとセットされたヘアスタイル。
「あぁ、私のフェロモンは発情期のオメガにはきつすぎたかな。可哀想に。すぐ抱いて治めてあげるからね。さぁ、部屋に行こうか」
西園寺がユキに向かって近付く。
すごい、香りだ。くらくらする。だが────
(………吐きそうだ………)
ユキは知ってしまったのだ。近付かれただけで躯が蕩けそうになる極上の香りを。
その香りを知ってしまった今、他の香りは安い香水を無理矢理嗅がされてるような不快感。
「いくら発情期のオメガだって、誰にでも彼にでも抱かれたいわけじゃない」
ユキは西園寺に向かってはっきりと言い放った。
背筋を冷や汗が流れ落ちる不快感。
「強がるところも好みなんだが」
くすりと嗤われて腕をきつく掴まれ抱き寄せられた。
心臓が荒く脈打つ。
意識が遠退くほどの不快感。血の気が引いて真っ青になったユキの顔。
ユキが手を払うと徐に眉を不快気に歪めた男の合図で屈強な男達がユキを取り押さえる。
「自分の立場がわかっていないようだな」
西園寺は言ってユキの顎をつかんで上向かせた。
「お前は親に売られたんだよ」
それから西園寺は後ろの男達に
「連れていけ」
と言った。
両親はこの様子を輪から外れたところで見ているだけだった。
無理矢理連れて行かれそうなことよりも、一連のことを見ていても両親の何も感情を持たない瞳が辛かった。
(僕は、駒の一つに過ぎないんだ)
痛切に感じた。嫌がるユキを強引に拉致するやり方を容認するまでとは思わなかった。
破れるように、胸が痛い─────
そのときだった。
「西園寺君、彼は私の番になる相手なのだが」
その場にいた屈強な男達がその声だけでびくりと背筋を震わせるほどの声。
それだけでアルファの中でも他を圧倒する王者のような存在であるということがわかる声。
そして、ユキが一番聞きたかったその声。
でも、まさか。だって何処に行くなんて言っていない。ばれないようにもしたつもりだ。
だから彼じゃない。彼な訳がない。
だが、目の前でいやらしい笑みを浮かべていた男は凍りついたような表情を浮かべて
「な……永瀬先生?!」
ユキの愛しい男の名を呼んだ。
「聞こえなかったのかな。西園寺君。雪也は私のものなので、その手を離せと言ってるんだ」
「え?まさか?そんな……彼は番は居ないって……」
「番にはこれからなるんだ。ユキは真面目だからね。きちんと手順を踏んであげていたらこんなことになってしまったんだよ。まさか、君……私の恋人を無理矢理拉致して番にしようとしたんじゃないだろうな」
瞬く間に西園寺の顔は真っ青になり言い募った。
「知らなかったんです。彼の両親がそんなこと一言も言ってなかったものだから……永瀬先生の恋人と知っていたら……」
「まぁ、私の恋人であろうがなかろうが、君が人に対してこの様なことをするとは残念だよ」
まさに凍りつくような声で言った後、ゆっくりとユキの元に永瀬は歩いてきた。
彼の一挙一動から誰も目を離せない。
彼が特別に高貴なアルファであるのだとそのオーラが言わずとも周囲に知らしめていた。
まさか、そんな、どうして…………?
永瀬はユキの前でゆったりと跪くと
「これでも、わからないのか?ユキ……」
でも、だって、まさか………
たった今、親にも捨てられたばかりの僕なのに。
「こんなところまで追いかけてくるほど、お前を……愛してるよ」
おいで………
そう言って腕を広げられると、花の蜜に引き寄せられる蝶のようにふらふらとその腕にユキは堕ちていった。
さっきまで西園寺のフェロモンにはあんなにも嫌悪を抱いていたのが嘘のように永瀬から香るフェロモンには圧倒的にユキを虜にしてしまう。
きつく抱き締められると、今ここで何がどうなってるのか、誰がいるのかも、もうユキにはわからない。
その香りで完全に発情してしまい、躯が蕩け出す。
それと同時に辺りにはユキのフェロモンの香りと永瀬のフェロモンの香りが入り交じってあまく切ない香りが漂う。
「は……っ………ん……っ」
乱れる吐息のまま、その香りが恋しくて愛しくてユキは永瀬の首筋に鼻先を潜らせる。
永瀬は熱くなり始めた躯をそっと抱き上げる。
永瀬を感じるなり蕩け出した躯は何も見えなくなり、
ユキはきつく永瀬に抱きついて、敏感になった躯を擦り寄せて吐息を乱す。
「ふ……っぅ……あ………ん………」
あまったるい吐息を漏らしてしまうユキの濡れ始めたくちびるに、軽くくちびるで触れると
「こら、もうちょっとだから……我慢しなさい…」
永瀬も蕩けるように優しくささやいた。
大きな手のひらが宥めるようにユキの頭をそっと撫でた。
「西園寺先生!これは一体……」
ユキの父親が西園寺に駆け寄る。
「綾川さん!こちらこそ雪也君の恋人が永瀬先生だなんて聞いてませんよ!」
真っ青な顔の西園寺。
「永瀬先生ってまさか……永瀬和真……?」
ユキの父親が驚きの声を上げたそのとき、永瀬はユキの両親を振り返った。
「雪也君のご両親は、こんなに美しい宝物がいらないようなので、私がいただきますね」
言うと、ユキを抱いたまま永瀬は歩き出した。
「ちょっと待っ……っ」
珍しく焦ったように後を追ってくる父親の前に、二人と隔てるように何処かからか現れた男達が立ちはだかった。
男達に何事か告げられると両親はその場に崩れるように座り込んだ。
永瀬は一度だけユキの両親を振り返った。
「ユキは、医師としても素晴らしいですよ。本当にあなた方はもったいないことをした。気付いたところで、もうお返しはしませんが」
そして今度こそ振り返らずに
ロビーの奥にあるエレベーターに乗り込んだ。
そしてエレベーターの扉が閉まると静寂が訪れた。
永瀬はポケットからカードキーを取り出すとエレベーターのボタンパネルに差し込んだ。
すると最上階のボタンが光った。
エレベーターに二人きりになると、よりいっそう互いの香りが強く香る。
「ユキ……俺を見くびらないで欲しいな……何のために、ここまでの力を付けたと思う?」
噛みつくような、キス…………
「んっ………ぅ」
くちびるを合わせたままささやかれる。
「きみを縛り付けているあの家から、きみを拐うため……きみの実家は結構力のある家だからな……俺の実家の力を使わず自分の力だけでそこから完全にきみを奪う力を付けるのに随分長いことかかってしまったが」
「あ………っ」
そして、ユキのうなじに熱い舌を這わせて
「もう、完全に俺だけのものに、するよ」
親にだって渡しはしない。逃げられると、思うなよ。
東京から新幹線ならばそう遠くないユキの実家のあるこの地では一番と言われる規模のホテル。
大きなクリスマスツリーが煌めいていて、永瀬と横浜のクリスマスツリーを一緒に見る約束をしていたなと思いを巡らせたが、別れを告げてここに来たくせに未練がましいと軽く頭を振ってその考えを追い出した。
実家を出てからは呼び出しがかかることもなくユキは久しぶりにここを訪れた。
待ち合わせのラウンジに行くと既に父母が待機していた。
「お久しぶりです。お父さん、お母さん」
アルファである両親は母でさえユキより背が高く上から見下ろされる格好だ。父はあまり興味がなさそうにユキを一瞥すると窓の外に目を移した。
上から下までじろじろと母は見ると
「まぁまぁの格好ね」とだけ言った。
年齢はもう50歳をとっくに超えたはずだが、30代とと言っても良いような母はアルファの女性らしい目鼻立ちがくっきりとした華やかな人を惹き付ける容姿をしている。
「お父さん、お母さん……お相手の方にお会いする前に話があるのですが」
ユキは深く息を吸い込むと思いきって告げた。
顔が見れず恐ろしいまでにピカピカと光る革靴と先の細いピンヒールばかりを見つめてしまう。
だめだ。ちゃんと告げなくてはいけない。
それでなくては自分はいつまで経ってもこの強烈な父母の呪縛からは逃れることができない。
『君はいい医師だな』
あの永瀬がそう、言ってくれたのだ。
どんなに頑張っても優秀なアルファを産むための道具としてばかり見られることに絶望して、オメガを隠したユキの全てを暴いた優秀な医師。
そして、ユキが初めて愛してしまった、人。
(大丈夫。言える。彼が医師として認めてくれたことに責任を持ちたい)
「僕、病院でちゃんと医者として仕事出来ています。だから……オメガとしてではなく、医師として家族の役に立つのではいけませんか」
騒がしいはずのホテルのロビーだが、回りの喧騒は一切遮断されてしまったかのようにユキの耳には入らなかった。
とても永い時間にユキには思えたが時間にすればほんの僅かな隙間。
ふ、と父親が息を吐いた。
「言うんじゃないかと、思っていたよ」
そして薄く笑って
「いくらお前がオメガにしては優秀といえども、やはりオメガだな。」
見つめる瞳のあまりの冷たさに、ユキは凍りついた。
「オメガの医者はいらない。小児科医もだ。何度も言わせるな」
父親は後ろを振り返り、後ろで待機していた秘書に
「西園寺先生に連絡を。時間が無駄だ。始める」と告げた瞬間、ザザッと回りが動いた。
「ユキ、私たちはお前がアルファじゃなかったからといって、がっかりなどしたことはないよ。稀少なオメガを欲しいアルファは多いからな。アルファの兄弟達とは違う役に立ってくれる存在だと喜んだくらいだ。オメガにはオメガの役立ち方がある。アルファの真似など無駄なことをするな」
父に続いて母が言った。
「西園寺総合病院の跡取りなのよ。これでうちの病院にも色々と便宜を図ってくれるそうよ」
(僕は、両親にとって何なのだろう)
はっと気づいたときには回りを屈強な男たちに囲まれていた。そして
「初めまして、雪也君」美しく低い声。だが、父のそれと同じくらい冷たい声。
ユキがぱっと顔を上げると
「私は西園寺司だ。君の番になる。よろしく頼むよ」
強烈なアルファのフェロモンが香り、くらりとユキはよろめく。アルファらしく整った顔にきっちりとセットされたヘアスタイル。
「あぁ、私のフェロモンは発情期のオメガにはきつすぎたかな。可哀想に。すぐ抱いて治めてあげるからね。さぁ、部屋に行こうか」
西園寺がユキに向かって近付く。
すごい、香りだ。くらくらする。だが────
(………吐きそうだ………)
ユキは知ってしまったのだ。近付かれただけで躯が蕩けそうになる極上の香りを。
その香りを知ってしまった今、他の香りは安い香水を無理矢理嗅がされてるような不快感。
「いくら発情期のオメガだって、誰にでも彼にでも抱かれたいわけじゃない」
ユキは西園寺に向かってはっきりと言い放った。
背筋を冷や汗が流れ落ちる不快感。
「強がるところも好みなんだが」
くすりと嗤われて腕をきつく掴まれ抱き寄せられた。
心臓が荒く脈打つ。
意識が遠退くほどの不快感。血の気が引いて真っ青になったユキの顔。
ユキが手を払うと徐に眉を不快気に歪めた男の合図で屈強な男達がユキを取り押さえる。
「自分の立場がわかっていないようだな」
西園寺は言ってユキの顎をつかんで上向かせた。
「お前は親に売られたんだよ」
それから西園寺は後ろの男達に
「連れていけ」
と言った。
両親はこの様子を輪から外れたところで見ているだけだった。
無理矢理連れて行かれそうなことよりも、一連のことを見ていても両親の何も感情を持たない瞳が辛かった。
(僕は、駒の一つに過ぎないんだ)
痛切に感じた。嫌がるユキを強引に拉致するやり方を容認するまでとは思わなかった。
破れるように、胸が痛い─────
そのときだった。
「西園寺君、彼は私の番になる相手なのだが」
その場にいた屈強な男達がその声だけでびくりと背筋を震わせるほどの声。
それだけでアルファの中でも他を圧倒する王者のような存在であるということがわかる声。
そして、ユキが一番聞きたかったその声。
でも、まさか。だって何処に行くなんて言っていない。ばれないようにもしたつもりだ。
だから彼じゃない。彼な訳がない。
だが、目の前でいやらしい笑みを浮かべていた男は凍りついたような表情を浮かべて
「な……永瀬先生?!」
ユキの愛しい男の名を呼んだ。
「聞こえなかったのかな。西園寺君。雪也は私のものなので、その手を離せと言ってるんだ」
「え?まさか?そんな……彼は番は居ないって……」
「番にはこれからなるんだ。ユキは真面目だからね。きちんと手順を踏んであげていたらこんなことになってしまったんだよ。まさか、君……私の恋人を無理矢理拉致して番にしようとしたんじゃないだろうな」
瞬く間に西園寺の顔は真っ青になり言い募った。
「知らなかったんです。彼の両親がそんなこと一言も言ってなかったものだから……永瀬先生の恋人と知っていたら……」
「まぁ、私の恋人であろうがなかろうが、君が人に対してこの様なことをするとは残念だよ」
まさに凍りつくような声で言った後、ゆっくりとユキの元に永瀬は歩いてきた。
彼の一挙一動から誰も目を離せない。
彼が特別に高貴なアルファであるのだとそのオーラが言わずとも周囲に知らしめていた。
まさか、そんな、どうして…………?
永瀬はユキの前でゆったりと跪くと
「これでも、わからないのか?ユキ……」
でも、だって、まさか………
たった今、親にも捨てられたばかりの僕なのに。
「こんなところまで追いかけてくるほど、お前を……愛してるよ」
おいで………
そう言って腕を広げられると、花の蜜に引き寄せられる蝶のようにふらふらとその腕にユキは堕ちていった。
さっきまで西園寺のフェロモンにはあんなにも嫌悪を抱いていたのが嘘のように永瀬から香るフェロモンには圧倒的にユキを虜にしてしまう。
きつく抱き締められると、今ここで何がどうなってるのか、誰がいるのかも、もうユキにはわからない。
その香りで完全に発情してしまい、躯が蕩け出す。
それと同時に辺りにはユキのフェロモンの香りと永瀬のフェロモンの香りが入り交じってあまく切ない香りが漂う。
「は……っ………ん……っ」
乱れる吐息のまま、その香りが恋しくて愛しくてユキは永瀬の首筋に鼻先を潜らせる。
永瀬は熱くなり始めた躯をそっと抱き上げる。
永瀬を感じるなり蕩け出した躯は何も見えなくなり、
ユキはきつく永瀬に抱きついて、敏感になった躯を擦り寄せて吐息を乱す。
「ふ……っぅ……あ………ん………」
あまったるい吐息を漏らしてしまうユキの濡れ始めたくちびるに、軽くくちびるで触れると
「こら、もうちょっとだから……我慢しなさい…」
永瀬も蕩けるように優しくささやいた。
大きな手のひらが宥めるようにユキの頭をそっと撫でた。
「西園寺先生!これは一体……」
ユキの父親が西園寺に駆け寄る。
「綾川さん!こちらこそ雪也君の恋人が永瀬先生だなんて聞いてませんよ!」
真っ青な顔の西園寺。
「永瀬先生ってまさか……永瀬和真……?」
ユキの父親が驚きの声を上げたそのとき、永瀬はユキの両親を振り返った。
「雪也君のご両親は、こんなに美しい宝物がいらないようなので、私がいただきますね」
言うと、ユキを抱いたまま永瀬は歩き出した。
「ちょっと待っ……っ」
珍しく焦ったように後を追ってくる父親の前に、二人と隔てるように何処かからか現れた男達が立ちはだかった。
男達に何事か告げられると両親はその場に崩れるように座り込んだ。
永瀬は一度だけユキの両親を振り返った。
「ユキは、医師としても素晴らしいですよ。本当にあなた方はもったいないことをした。気付いたところで、もうお返しはしませんが」
そして今度こそ振り返らずに
ロビーの奥にあるエレベーターに乗り込んだ。
そしてエレベーターの扉が閉まると静寂が訪れた。
永瀬はポケットからカードキーを取り出すとエレベーターのボタンパネルに差し込んだ。
すると最上階のボタンが光った。
エレベーターに二人きりになると、よりいっそう互いの香りが強く香る。
「ユキ……俺を見くびらないで欲しいな……何のために、ここまでの力を付けたと思う?」
噛みつくような、キス…………
「んっ………ぅ」
くちびるを合わせたままささやかれる。
「きみを縛り付けているあの家から、きみを拐うため……きみの実家は結構力のある家だからな……俺の実家の力を使わず自分の力だけでそこから完全にきみを奪う力を付けるのに随分長いことかかってしまったが」
「あ………っ」
そして、ユキのうなじに熱い舌を這わせて
「もう、完全に俺だけのものに、するよ」
親にだって渡しはしない。逃げられると、思うなよ。
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