とろけてまざる

ゆなな

文字の大きさ
上 下
11 / 46
2章

3話

しおりを挟む
「荷物はこれだけでいいのか?」
次の土曜日はこれでもかというくらい晴れていて、抜けるような青空が目に眩しい日であった。
永瀬の車の後部座席とトランクに積めてしまうくらいの量の荷物。

「マンション、親が買った分譲なんで勝手に処分できないんです。だから普段使わないものとか季節外れのものは置いておきます」

僕にすぐに飽きるかもしれないしね、というのは心の中で。

国道沿いのセキュリティがしっかりとした比較的新しいユキのマンションは地理的条件からいっても分譲ならば安いとは言いかねる価格であろう。

「親とは疎遠だと言っていたが随分いいところに住まわせてもらってたんだな」

「親がいくつか都内に所有してたものの一つがたまたま空いていたからってだけですよ。空き家にしておくよりは人が住んでいた方がいいんです。それに永瀬先生には言われたくありません」

ユキのマンションから近い永瀬の自宅は都心にありながらも閑静な住宅街の一角。
一人で住むにはかなりの広さの邸宅。
暖かな雰囲気の美しい家。
『まさか、ご家族と一緒に住んでるところに連れ込んだんですか?』
初めて泊まった翌日その部屋数の多さに思わず漏らした呟きに
『実家の家を継いだんだ。住んでるのは俺だけだ』と答えた。
実家の家に住んでいるべき両親は?ともたくさん部屋があることから兄弟も多かったのでは?とはユキは追及しなかった。

ユキの独り暮らしをしていたマンションからはそう距離もなかったので車はあっという間に永瀬の家のガレージに滑り込んだ。
定期的に業者が入っているのだろう。綺麗に整えられた庭を横目に広い家に入ると週に3日ほど通いで勤めている家政婦の佳代がユキの引っ越しに合わせて休日出勤をしていたため出迎えた。

「お帰りなさいませ。和真様がもうちょっと早めに雪也様をお迎えになるという話をして下さっていたらもっと色々と準備いたしましたのに……」

丁寧な言葉ではあるが雇い主に気安く恨み言を言えるのは、佳代が古くから永瀬の家に勤めていた家政婦であるからだ。
一緒に暮らすことを伝えたとき佳代はとうとう和真様が番を決められたと大喜びした。
番にはなっていない二人だが、ベータである佳代にはわからないだろうとそのまま否定はしていない。

少ない荷物はあっという間にユキの部屋に運ばれた。
二階の南向き。広めのクローゼット、寝心地の良さそうなシングルベッド。デスクトップのパソコンも置けそうなウッド製の大きなデスクは使い易そうだった。

荷物を片付けていると昼食にしようと永瀬が現れた。
佳代は揚げたての天ぷらがのった美味しそうな蕎麦を二人分ダイニングテーブルに並べると
「それでは今日はこれで暇をいただきますね。」
と心底嬉しそうな笑みを浮かべて帰って行った。

永瀬に番が出来たことが余程嬉しいと見える彼女の後ろ姿はもうすぐ60歳に手が届く年齢だが、嬉しそうに弾んでいた。

「……!美味しい……」

「佳代さんの料理は絶品だからな。基本的に食事をお願いしてるのは平日の夕食のみで、土日は自炊だが今日は引っ越しだから特別に用意してもらってある」

ユキは基本的に入院病棟も担当しているので土日出勤も当直もあるシフト制だが、
永瀬は予約制の外科手術を主に担当しているのでカレンダーどおりの勤務形態だ。

美味しい昼食を摂った後は永瀬が自室に入ったのでユキも自室で片付けを済ますといつもの休日のように勉強をして過ごした。
夕食のあと、寝室に誘われるかと緊張したが、そんなことはなくあっけなく二人で暮らし始めた一日は終わった。
その次の週はユキが当直が多く家に居ない夜もあったが、二人揃って早く帰れた夜でさえもベッドに誘われることがなかった。

(発情期以外はシないってことなのかな?まぁ確かに恋人ってわけでもないしな)

ぼんやりとユキはそんな風に思ったが、時おり家で顔を合わせたり何処か人の気配がする環境を居心地良くも感じていた。
人と暮らすのはちいさな互いの溝を埋めるのが大変だ。
産まれたときから共に過ごす家族でさえも大変なのに、それが他人なれば如何程のことであろうと危惧していたのだが、永瀬との暮らしは驚くほどに快適であった。

(これが、相性がいいということなのかも、しれない)
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

処理中です...