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1章
3話
しおりを挟む「巨大奇形種ね…でかいし位置も真ん中……放っとけばそう遠くないうちに視神経から順にやられていくな…」
永瀬和真は病院から与えられた個室で新米の医師から手渡されたカルテの写しを捲った。
腕には自信がある。
一人でも多くの命が救いたいとかそんなことを真面目に考えたことはないが
何となく自分が命を与えられた理由のような気がして自分でなければ命を落としてしまう患者は出来るだけ執刀してきた。
だから、最初に脳神経外科部長から話が来たときこの話を一旦断ったのには訳があった。
「きみが来るまで待ってたよ……」
呟きながらキイ…と音を立てて革張りの椅子の背に凭れて音を鳴らした。
永瀬の氷のような美貌がうっすらと嗤った。
カルテを差し出してきた微かに震える綺麗な指先を思い出した。
アルファが並ぶ医師には珍しい。取り分けこれだけの大病院にアルファでない医者が勤めるのは並大抵の努力ではないだろう。産まれ持った差を埋めるのはとかく難しい。
「地味だが綺麗な肌と瞳……オメガのような容姿を持ちアルファの頭脳を持つ心優しい医師……」
腕も人格も極めて高評価なベータな医師であるという綾川雪也。優れた洞察力とベテランの小児科医でも舌を巻くほどの豊富な知識。言葉が巧みでない赤ん坊でさえも一目で的確に診断が出来るその実力の前では如何に彼がオメガのようなルックスを持っていたとしても、誰も疑う余地を持たない。
「その実力でもって、美しいオメガであることを隠しているとは、ね」
ちらりと壁の時計を見遣り8時になったな、と思うと同時に居室の扉がノックされた。
「綾川です」
扉の向こうに「どうぞ」と、返すと青年が顔を覗かせた。
生まれつき日に焼けないのだろう、真っ白できめ細かい肌。医師としては童顔であることを隠すように髪を纏めており、黒目がちな瞳を隠す眼鏡をかけていても綺麗な素肌と相まって若く見えてしまう。
室内に置かれた応接用のソファにユキが腰掛ける。
「手術はなるべく早くやった方が良さそうだ。週明けには診察しよう。それと彼の両親と話す機会を」
「え……?」
信じられないといった体のユキに思わず永瀬は思わずくくっ、と笑った。
「データ受け取ったときも同じ反応だったけど君が頼んだんじゃないのか?」
「や……だって……そんな……部長に頼んでもなしのつぶてだったのに……」
「あぁ、手前で選別されて私のところには話は来ないからな。直接カルテを見れば私は救える患者の執刀は引き受ける。同じ院内の患者なのに、引き受けない理由はない。」
実は以前勝手にカルテを選別していた病院側に対し、永瀬が猛烈に抗議をしてからはどんなカルテでも一旦は永瀬の元に来ることにはなっていたので実は松浦高弥のカルテは一度目にしていたはずだが、永瀬は平然とそう答えた。
「ありがとうございます……」
ユキが深々と頭を下げると
「少しばかり患者について質問しても?」
パラリとカルテを捲りながら永瀬が話し出した。
一通り永瀬の質問が済むと、時間は一時間ほど経過していた。永瀬の質問はユキにとって大変有意義なものが多く、質問をされているはずなのに、ユキの方が永瀬の考えの多くをメモしていた。まだまだ永瀬と話を聞いていたかったが、翌日に予定した高弥の診察時間を決めてから話を終わりにした。
「それでは明日よろしくお願いいたします」
ユキがそう言って退出しようとすると
「綾川君、この後まだ仕事は残っているのかい?」
「いえ、私は今日はもうこれでお仕舞いです」
「そうか、よかったら送っていこう。私も今日はもうこれで終わりだ」
「ありがとうございます。お言葉にあまえてもいいでしょうか?」
「では、着替えたら職員用駐車場においで。7番だ」
これだけの名医と帰るまでの短い時間とはいえ話すことが出来るのはユキにとって嬉しいことだった。断るはずもなくすぐに答えた。専門は違うが医者として大いに得るところがあるに違いない。ユキは一気に舞い上がってしまった。
だから気がつかなかったのだ。
車で通勤してくる医師が殆どだというのに、永瀬はユキに何で通勤しているのか尋ねることもなく車に誘ったということに。
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