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8章

僕と君を繋ぐもの1

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そして、月日は流れた。
「マキノ先生、さようなら。ホリデーパーティ先生も楽しんでね!」
「はい、さようなら。クルリ村に帰る子たちは川を渡る汽車に乗り遅れないようにね」
「はぁい」
ギーク村に設立された学校『ギーク・クルリ学園』から帰って行く生徒たちにユノは手を振った。
明日から冬期休暇に入るので、ホリデーパーティのことで頭がいっぱいの子供たちが転んで怪我をしないかはらはらしながら見送った。
この学校はシュトレインとギルラディア、どちらの国の生徒でも通える公立の学校だ。
生徒たちを見送ると、ユノは職員室に戻って荷物を纏めた。
「あれ? マキノ先生今日はもう帰るんですか? あ、もしかして治癒院の方にお手伝いですか?」
同僚の教師がユノに尋ねた。
「いいえ。今日は治癒院には行かずに帰ります。新しい『治癒師』の方が二名も増えたので最近は治癒院手伝わなくても、良くなったんですよ。今年の休暇は友人が訪ねて来るのに、まだ何の準備もしていなくて。今日は早く帰って家の飾りつけや買い出しに行こうかなって思っています」
「そうなんですね。早く帰る理由がそれならよかったです。治癒院と学校を行ったり来たりしているときのマキノ先生は大変そうだったので、新しい『治癒師』が増えたのならほっとしました」
「この辺もギルラディアがドレイク宰相の共和国から王制に戻ってシュトレインと国交が回復し、随分住民が増えましたからね」
ユノの答えに返したこの教師も、昨年この学校に赴任してきたばかりの教師だ。
この学校を始めた頃はユノ一人だけだった教師も今では随分と増え、初等教育とそれ以上の高等な教育もできる学校にまでなった。
「ギルラディア王国とシュトレイン王国の交易地点や、両国を行き来する人の宿場町としてだけでなく、この辺りの自然を楽しむ観光業も盛んになりましたもんね。うちの隣にも新しく住民が引っ越してきたばかりなんですよ」
ユノは帰り支度をしながら数人の同僚と話していると、女性の同僚も話に加わって来た。
「えー、マキノ先生、もしかして休暇に来る友人ってホリデーパーティ一緒に過ごす恋人ですか?」
そんなことを言われてユノは苦笑した。
「いえいえ。学生時代の友人ですよ」
「学生時代っていえばマキノ先生、シュトレイン王国立魔法学園の卒業じゃないですか。お友達もやっぱりマキノ先生みたいに優秀なんですか?」
目を輝かせた同僚にユノは笑って答えた。
「友人は優秀ですが、私は卒業はしていないですから。五年生で中退してクルリ村に帰ってきているので」
「中退っていうのは村のためって村民の皆さんが、言ってますよ。それに卒業まで在学しなくても職業試験で『戦士』に『教師』それに『治癒師』まで受かっちゃうんだからマキノ先生はやっぱり優秀ですよ。国境に面したこの二つの村は数年前まであんなに落ちぶれていたのに、ここまで復興できたのはマキノ先生が中退してまでして、帰って来てくれたお陰ですよ」
「そんなことないですよ。国策もあったからだと思います。あ……すみません。私もクルリ村に向かう汽車に乗りたいのでそろそろ帰りますね。皆さんも良い休暇を」
同僚の教師たちに挨拶をすると、ユノはコートを着込んで校舎を出た。
クルリ村とギーク村の子供たちが通う学校。
ギーク村の広い土地を存分に使って建てた。
最初は初等部だけでも、と考えていたのだが国からの支援があり、更に上の教育もできる大きな学校となった。
ユノはシュトレイン王国立魔法学校をモデルに建てた校舎の正門を出ると駅に向かって歩き出した。
学校から駅までの道のりはこれまで何もない荒野であったが今は多くの商店や宿が並び、にぎやかだ。
相変わらず雪と氷は多いが、人が多い通りは朝晩にしっかり除雪魔法が掛けられている。
シュトレインとギルラディアの国交が回復し、交易を目的とする商人たちの宿場町として両村を機能させるという国策が出された中、大きな学校が設立されたこともあり新しく商売を始めたい者がどんどん引っ越してきた。
多くの人で栄えだしたため、初めはダメ元であったがクルリ村とギーク村を繋ぐローカル線を作りたくて役場に掛け合った。
国が地方の交通網の整備を積極的に行う施策を始めたということで、案は通りあっという間にローカル線は開通した。
お陰で子供たちが学校により通いやすくもなったし、ユノもクルリ村からギーク村への通勤が楽になった。
「ユノ!」
慣れ親しんだ声が聞こえて振り返るとマルクルだった。
ちょうど治癒院の前で患者を見送っているところだった。
「マルクル、どう? 仕事には慣れた?」
「うん。俺が『治癒師』になれるなんて今でも夢みたいだよ。ずっと憧れていたけど無理だと思っていた仕事だから嬉しい」
そう言って満面の笑みを見せた。
そう、この前までユノが手伝っていたこのギーク村の駅前の『治癒院』に新しくやって来た『治癒師』の一人はマルクルだった。
「僕も『ギーク・クルリ学園』の卒業生が立派な『治癒師』になってくれて嬉しいよ」
ユノの言葉にマルクルははにかんだ。
ドレイク宰相との戦いを終え、シュトレイン王国立魔法学園を中退して故郷に戻ったユノが『職業試験』を受けて最初にしたのは『ギーク・クルリ学園』の創設だった。
まだ小さな小屋のようなその学校にマルクルはユノの最初の生徒として入学した。
懸命に勉強をしたマルクルはその後北の都にある『治癒師』専門の学校へ入学し、この前の職業試験で見事『治癒師』になったのだ。
「ユノは今日は早いね? どうしたの? 明日から冬期休暇だからって残業するかと思ってた」
マルクルの言葉にユノはふはっと笑った。
「俺は休暇前は確かに残業しがちだね。本当によく俺のこと見てるよ、マルクルは。もうすぐサラン達が遊びに来るんだよ。だからそろそろ準備をしようと思って」
ユノが答えるとマルクルは少しだけ思案するような表情を見せたあと、何か閃いたかのように顔を輝かせた。
「あ。わかった。サランだけじゃなくてイヴァン様とアンドレア様も来るんでしょう? サランはともかくあとの二人は貴族だからグルメだもんね。準備が大変そう」
マルクルは笑って王都に住む三人の友人の名前を出した。
そっと王都を離れたあの日はもう何年も前。
故郷に帰ってから三人には『言の葉送り』のように事故に遭う可能性のあるものではなく、より機密性が保持される『封蝋の魔法』を使って手紙を書いた。
禁じられた魔法を二度も使ってしまったこと、別れを言わずに離れてしまったことを謝り、キリヤが誰か愛する人を見つけるまで一人にしないでほしいと頼んだ。
三人からは中々返事が届かず、友情も終わってしまったかと思っていたときだった。
三人は王都から離れたこのクルリ村まで遥々やって来たのだ。
そして、ユノを見るなり大きな声で泣いた。
信じられないことだがあの飄々としたイヴァンまで。
イヴァンはどうして『忘却の魔法』を使う前に自分に相談をしてくれなかったのかとも嘆いた。
『忘却の魔法』は強力なものなので、三人がどんなに頑張ってもキリヤはユノを思い出さないと言う。
ありとあらゆる手を尽くしたが『黒い魔法』は相当に強力だったと思い知ったらしい。
そんな魔法を使う前に教えてほしかった、と。
なんとか手助けをしたのに、と。
友人たちの気持ちは嬉しかったが、ユノはキリヤに『忘却の魔法』がしっかりかかっていてよかった、とさえ思った。
彼と離れて暮らす苦しさといったら、凄まじいものだった。
身を引き千切られるような痛みと、恋しさでおかしくなりそうだった。
この苦しさを彼に味合わせなくて心からよかったと思った。
左手に現れてしまった『悪魔の痣』は常に手袋をすることで隠していたが、友人たちは手袋越しにでもそれを目の当たりにしてユノの覚悟と愛の深さを改めて思い知り、それ以上は何も言わずただユノを抱きしめてくれた。
そしてそれから年に一度、夏期休暇か冬期休暇のどちらかにサランは必ず時間を作ってユノを訪ねて遥々やってくる。
イヴァンとアンドレアは毎年来られるわけではなかったが、これまでに何度か尋ねて来てくれているのでマルクルは三人のことを知っていた。
「そうなんだよ。今年は三人で来るらしいんだ。だからこの後ニコライとルカのところに寄って取り寄せてもらった葡萄酒を受け取って帰るよ。葡萄酒はアンドレアの好物だからね。マルクルも顔を見せてよ。みんな喜ぶから」
「うん。顔出すよ。じゃあね。ユノ、幸せなホリデーパーティを」

ユノはそう言ったマルクルと別れて駅の構内に入った。
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