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7章

ユノの頼み

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※ユノ視点に戻ります

「そ……そんなまさか……」
『裁きの間』での一連の出来事を、シュトレイン王国立魔法学園五年生のスタンダード寮を訪れてきたイヴァンから聞いたサランとユノ。
サランは心配のあまり紙の様に真っ白な顔色になって、呟いた。
「それで……俺はスパイの容疑で捕まってしまうのかな?」
ユノはサランのように動揺はしていなかったが、困ったようイヴァンに尋ねた。
「大丈夫だよ。安心して。この件は学園の『魔法動物飼育研修旅行』がきっかけだ。だからキリヤはアンリ学園長を参考人として呼び出すことにしたんだ。そこで先生がユノがいかに真面目で故郷の復興のために頑張っているのか成績や論文等も提出して説明してくださった。アンリ学園長は国の中枢部からも信頼が厚い方だから、裁判長を務める大神官様も国王様もアンリ先生の意見を聞いて直ちに君を収監する、という結論には至らなかった」
イヴァンの言葉にサランは胸を抑えてへなへなとその場に崩れ落ちた。
「よ……よかったぁ……さすが、キリヤ様。ユノが収監されちゃうのかと思った……」
「……っと、しっかりして、サラン。俺はね、ギルラディアの幼馴染達と仲良くしながら王都に来ている時点で収監される恐れがあるというのは分かっているし、覚悟も決めているから」
「収監される覚悟なんて決めないでよぉ。スパイが収監される監獄なんて物凄く恐ろしい場所なんだよ!」
ユノの言葉を聞いてサランは頭を抱えた。
「『直ちに収監する』ということにはならなかっただけで、俺の容疑はすっかり晴れたわけではないよね?」
ユノはサランの背を摩ってやりながら、イヴァンの言葉の真意を落ち着いて尋ねた。
「そう。ユノがスパイではないと判断されたわけではないんだ」
イヴァンが苦渋の表情で頷いた。
「それは今日ここにキリヤが話に来られなかったことと関係しているよね?」
ユノの言葉にイヴァンは頷いた。
「そうだね。順を追って話すから聞いてくれ」
イヴァンはことの流れを話し始めた。


大神官がアンリ学園長の提出したユノに関わる書類に目を通し、審議をする時間は長く続いた。
審議の結果、フィザード宮内長官の目論見は外れ、直ちにユノを収監することにはならなかったが、完全に容疑が晴れたとは言えない状況であった。
そして、その時は突然やってきた。
『裁きの間』での裁判中に国境付近を警戒していたフィザード宮内長官とイヴァンの水晶がほぼ同時に激しい警告音が鳴り、国境の異常を知らせたのだ。
とうとうドレイク宰相が軍を率いて国境に向かっている、と。
『裁きの間』は混乱に包まれた。
「そのスパイ容疑がかかっているものは平民だろう? とりあえず戦争の間は収監しておくべきじゃないのか」
覚悟していたとはいえ、恐ろしい戦争の始まりは重臣たちをもひどく怯えさせた。
「そうだな。とりあえず、収監しておけば安心だ」
収監、と簡単に言うが、スパイが収監される監獄は非常に恐ろしい場所だ。
恐ろしい悪魔のような魔法使いが沢山収監され、昼間は灼熱地獄で夜は極寒。
戦争がどれくらい続くかは分からない。
数日で決着がつくかもしれないが数年かかるかもしれない。
いや、たとえ数日で決着がついたとしてもユノをそんなところに置くことをキリヤは耐えられない。
「落ち着いてください」
騒がしい『裁きの間』にキリヤの良く通る声が大人たちに響いた。
「トーマ叔父のように『黒の魔法使い』であるドレイク宰相の『黒い魔法』だけ封印するのではなく、彼そのものを封印すれば、ギルラディア共和国と我がシュトレイン王国の国交を正常に戻すことが可能です。両国の国交が正常化すればギルラディア共和国民とわが国民が親しくすることは当然スパイ行為には当たらなくなります。私が最前線でドレイク宰相自身を封印し、ギルラディアに我が国を侵略するという野望を捨てさせればユノ・マキノの容疑は晴れるはず。ユノ・マキノが敵国のスパイであれば当然最前線は危険ですが、私はユノ・マキノを信頼しているので、最前線へ出向くことに恐れはありません」
そう高らかに宣言するキリヤは確かに彼が『光の魔法使い』であることは間違いないほど尊厳に満ちて光り輝いていた。
命を懸けてユノを信じる。
彼の父親であるシュトレイン十五世は何かを口にしようとして立ち上がりかけたが、息子の輝きがあまりにも眩しかったのか、言葉を吞み込んだように椅子に戻り、難しい顔をして腕を組んだ。
シン……と静まり返る『裁きの間』
そこで口を開いたのはこの緊急時に息子がキリヤの『パートナー』を解任されかかっているフィザード宮内長官だった。
「最前線は先の戦争でも命を落とす者が多かった。スパイが敵国に情報を漏らしている可能性がある中、誰があなたに付いていきますか? むざむざ命を落としたい騎士団もいないと思われますし、我が息子シュリをキリヤ様の専属の『術師』から外すとなれば、キリヤ様専属の『術師』はどうされます? イヴァン・ポポフはそんな状況で最前線で戦えますか? 彼がそんな性格をしているとは思えないのですが」
フィザード宮内長官が言うと、アンドレアが立ち上がった。
「私の騎士団がキリヤ様に付いて参ります。わが騎士団はキリヤ様に忠誠を誓っております。キリヤ様が命を懸けなければならない立場である『光の魔法使い』であることはキリヤ様が生まれた時から周知の事実です。私の騎士団の者はそれを承知して入団した者しかおりません」
そしてアンドレアは忠誠を誓うようにキリヤの足元に跪いた。
「私もキリヤ様に『術師』として付いて参ります。私の『占術』ではユノ・マキノは危険な人物ではないと出ております。私もユノ・マキノをスパイだとは思っておりませんので、キリヤ様に同行することに少しの不安もありません」
イヴァンも忠誠を誓うようにキリヤの足元に跪いた。
フィザード宮内長官は苦虫を嚙み潰したような目でその光景を見ていた。

そして、事の成り行きを見ていた大神官が口を開いた。
「それでは一連の事件の証拠からキリヤ・シュトレイン王子の『術師』からシュリ・フィザードを解任し、イヴァン・ポポフを新しい『術師』として任命します。ユノ・マキノ殺害未遂事件の判決については、彼がスパイではないという証明が為されましたら、改めて言い渡します。判決が言い渡されるまでフィザード宮内長官、シュリ・フィザードの両名は自宅にて謹慎を命じます」

そして『裁きの間』での裁判が一旦の終結をすると、シュリとフィザード宮内長官は兵士の監視のもと、自宅謹慎するために退廷した。
「我々の力無くして、ドレイク宰相との戦いに勝てるはずもない。キリヤ殿下、泣き付くなら早い内に」
最後まで憎まれ口を叩いてフィザード宮内長官は『裁きの間』を後にし、シュリはその後ろを呆然とした様子でトボトボと付いて行った。

フィザード家の親子が出ていくと、キリヤは最前線に出向くと宣言した息子が心配でたまらないといった様子の国王に向かって口を開いた。
「ドレイク宰相を落としさえすれば簡単な話です。ドレイク宰相も恐れているのは僕に『黒の魔法』を使う力を封印されることだけ。多数の兵士は、僕との対決を制した後に王都を落とすために温存しているはず。国境に向かうのはこちらも最小限の軍勢で構わないのでアンドレアの騎士団とイヴァンのみを帯同させて向かいます。万が一国境での戦いに敗れた時に備えて、我が国も国境から近い大都市の北の都に大軍を用意しておいてください。後はこの王都の守りをしっかり固めておいてください」
最前線へは最小の軍勢で構わないと国王に進言するキリヤ。
「しかし、それではお前の身が危ない。ドレイク宰相の『黒の魔法』を抑えられるのはお前しかいないのは分かっているが、そんなことを親として許せるはずがない」
それまで黙っていたシュトレイン十五世が狼狽えたように口を開き、隣に居た兄である王太子も青ざめてそのとおりだと頷いた。
キリヤは静かに頭を振った。
「ありがとうございます。父上、兄上。トーマ叔父の戦いのときのことをよく考えてください。ドレイク宰相と僕との直接対決の時に大軍は不要です。彼の『黒い魔法』を使われてしまったら無駄に命を落とす兵が増えるだけです。僕がドレイク宰相を仕留めて参ります。しかしながら物事に絶対と言うことはないので父上と兄上は王都で万が一に備えて戦略を練ってお待ちください。有事の時に国民を必ず守る様にと教えて下さったのは父上です」
「お前の言うとおりだが……お前を最前線にやるくらいなら私が行った方がマシだ……っ」
シュトレイン十五世は静まり返る『裁きの間』で叫んだ。
「父上が行っても『黒の魔法』を封じ込める魔法は使えないでしょう? 冷静になって下さい」
ドレイク宰相と対決することになった時について幼い頃から覚悟を決め、動き方を考え続けてきただろう息子。
国王は項垂れ従うより他はなかった。
「父上、僕がきちんと『光の魔法使い』として役目を果たしたときは、お願いを一つ聞いていただけるでしょうか」
「もちろんだ。どんな願いでも叶えてやる。叶えてやるから無事に帰って来るんだぞ」
国王は美しい自慢の息子を抱きしめた。
かねてから準備を重ねていたキリヤはすぐさまアンドレアが率いる騎士団を引き連れて王都を出立したのだ。


「キリヤはユノの顔を一目だけでも見て行きたかったと思うんだけど、スパイ疑惑のある君と会ったことが知られたら重臣たちの不安を煽ることになりかねないということと、一刻も早く国境付近に行かなければならなくなってしまったことで、僕に君のことは託してアンドレアと一足早く君の故郷である国境のクルリ村に向かったよ。僕もこのあとすぐに王都を発つ」
ユノはイヴァンの言葉を聞いて溜息を零した。
「そっか。キリヤはもう行ってしまったのか……アンドレアも。無理だとはわかっているけど、一応聞くね。俺がイヴァンと一緒にキリヤのところへ行くことはできる?」
ユノの問いにイヴァンは残念そうに首を振った。
「ユノの収監は免れたが、フィザード親子と同様謹慎するように、という命令が下りている。スパイ疑惑は晴れていないからね。謹慎場所はこの寮の部屋になる。僕はキリヤのことを伝えるためだけではなく、ユノに謹慎の命令を伝えるという任務でもここに来るように言われてもいるんだ」
サランはその話を聞いて息を呑んだ。
「ユノは戦争の決着が着くまでこの寮から出られないってこと?」
「そういうことになる」
「こっそりイヴァンに着いて行くことは……無理だよね?」
「難しいな。この寮の前に既に軍の馬車が僕を迎えに来ている。僕はそれに乗って駅まで行き、国家専用列車で君の故郷に先に入っているキリヤとアンドレアの元へ向かうんだ。駅の警備は厳重だし、なによりもう既にこの寮の前には君がこの寮から出ないように見張る兵士もいるんだ」
イヴァンは残念そうに眉を寄せた。
「そんな……ユノが犯罪者なわけがないのに」
イヴァンの発言を聞いてサランは震える手でユノの手をぎゅっと握った。
「うん。僕もユノが一緒に来てくれたらどんなにか心強いかと思うよ。でもユノが故郷に戻れなくても『氷の洞窟』で採掘した『守りの氷』は冷凍魔法を掛けてしっかりクルリ村へ運んで君の故郷を守るためにちゃんと使うからね」
「ありがとう、イヴァン。でもそれだけじゃなくて……」
イヴァンの言葉にユノは頷きながらも、歯切れが悪そうに口を開いた。
「キリヤの為にユノは『黒の魔法』について随分調べてくれたんだよね? キリヤは君がそれを調べることに反対みたいだけれど、敵のことをよく知らないのは危険だ。君は図書館の禁書からだけではなく、国境付近に住んでいるから元々『黒の魔法』について詳しくもあった。君の知識は確かに僕たちには必要かもしれない。僕もそう思ってはいるんだけど」
優秀な『術師』であるイヴァンにはユノが『黒い魔法』について詳しいことはある程度まではバレてしまっているらしい。
でもそれなら話が早い。

ユノの隣で王都では口にすることさえも禁じられている『黒の魔法』についてユノが学んでいると聞いたサランがこれ以上ないくらい目を大きく見開いて驚いているが、サランはきっとわかってくれるはずだ。
「うん……ねぇ。イヴァン、サラン。二人にお願いがあるんだ。僕の願いを聞いて欲しい……」
ユノは思いつめた顔で切り出した。
二人が協力してくれなければ、最愛の人も故郷も助けることができない。

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