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7章

疑惑

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※キリヤ視点

「以上の証拠より、シュリ・フィザードが平民ユノ・マキノの殺害を試みたことは明らかであると思われます。しかし、わたくしの手元にございますシュリ・フィザードが署名している誓約書に誓約不履行の知らせが無かったことから、この件の実行と計画にはフィザード宮内長官が関わっていると思われます」
イヴァンが彼の紫色の水晶に映し出した像を重臣たちに見せると、キリヤは王宮内の『裁きの間』でシュリの悪行を暴いた。
イヴァンの水晶にはユノを拉致する馬車に刻まれたフィザード家の紋章と実行犯の顔をはっきりと映し出した。
また、実行犯がフィザード家の屋敷から出る映像も続けて映し出される。
彼らの口の動きまではっきりとわかるほどに鮮明だ。
建物三階分の高さがある荘厳な『裁きの間』
そこの中央の証言台にイヴァンとキリヤは立っていた。
証言台よりも高い位置にある裁判長の席には、シュトレイン王国立魔法学園からも臨めるシュツバルト寺院の大神官が座っていた。
大神官も、周囲をぐるりと取り囲む傍聴席に座る重臣達も食い入るようにイヴァンの水晶を見つめた。
イヴァンの水晶に映し出された像は、シュリの父親であるフィザード宮内長官が水晶に映し出す像よりもずっと鮮明であったのだ。

その像を見て『裁きの間』でシュリ・フィザードをキリヤ・シュトレインの『術師』としてのパートナーから解消するための裁判に出席していた者たち間にどよめきが広がった。
イヴァンの父であるポポフ家の家長でさえも息子であるイヴァンの実力に驚き目を見開いているが、キリヤにとってイヴァンの実力があるということはずっと昔から当然のことであった。
『裁きの間』には重臣たちだけでなく、キリヤの父親で国王であるシュトレイン十五世とキリヤの兄である王太子も同席し、キリヤのパートナーを変更するための裁判を見守っていた。
「そ……そんな水晶の像は偽物だっ……そいつにそんな鮮明な像が映し出すことができるはずがないっ」
シュリ本人は先ほど廊下でのキリヤとのやり取りで相当参ってしまったのか、魂が抜けたように大人しく椅子に座ったままであったが、シュリの父親である宮内長官が叫ぶように言った。
「この水晶が本物の私の水晶であることは『裁きの間』に入る前に国王様立ち合いの下、大神官様に確認をしていただいたのはご覧になっていたはずです。そして本物の細工や嘘などは決してできないことは、フィザード宮内長官殿が一番ご理解されているのでは?」
イヴァンの飄々とした顔はこんな時でも崩れず、キリヤは内心舌を巻いた。
「確かにイヴァン・ポポフの水晶は本物です。私だけでなく、ここにいる神官たちもそう判断したため『裁きの間』への持ち込みを許可いたしました」
この裁判の判決をする権限を持つ大神官がそう言った。
大神官が改めてイヴァンの水晶が本物だと認めたことは、まだ判決は言い渡されていないが、この証拠が本物だとこの裁判の長が認めたことにもなった。
「確かにイヴァン・ポポフの水晶に映し出されたことは事実と認めます。しかしその平民ユノ・マキノはギルラディア共和国のスパイである可能性があります。我々はその危険性がある平民がキリヤ様に近づいたことを危惧してこのような行為に及ばざるを得ませんでした」
どこまでも腹黒い宮内長官はそう口にして、自身の水晶に像を映し出した。
「……っ」
そこにはギルラディア共和国軍の軍服を身に纏った二人の男とユノが親しく反している様子が映し出された。
「このような平民がキリヤ殿下のお傍にいるようでは我々国民は安心できませんな。今にも敵国が我が国に攻め入って来る状況でスパイである可能性が高い平民に現を抜かしておられるのを黙って見ているわけにはいきません」
フィザード宮内長官の水晶に映し出された像を見た重臣たちがざわざわと再び騒ぎだした。
「なんだ? この平民は。ギルラディア共和国軍の兵士と話しているではないか」
「そんな生徒が王国立の魔法学校で殿下と机を並べているのは問題ではないか?」
「いや、そんなこと以前にスパイはすぐにでも捕らえるべきだ!」
『裁きの間』がにわかに騒がしくなった。
像に映るギルラディアの兵士の内の一人はキリヤがユノの村で出会ったあの幼馴染の男だ。
ユノとその兵士たちの願いは国交回復と二つの村の行政面での統合だ。
スパイなんてとんでもない。
しかし、この難局をどうすれば乗り切ることができるのか。
ユノがスパイということになれば、この後フィザード家を傷害の罪で立件することも難しくなるどころか、ユノがスパイなど国家反逆罪の罪人が入る恐ろしい監獄に収監されてしまう恐れさえある。
キリヤはこれ以上ないほどに懸命に考えた。
愛する恋人ならば、どんな状況になっても考えることを止めないはずだ。

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