91 / 123
6章
キリヤの部屋
しおりを挟む
シュトレイン家の別邸に戻ると、キリヤの部屋の暖炉に多くの薪をくべ、汗ばむほどに部屋を暖めた。
サランはユノの傍にいたがったが、アンドレアはユノのために『守りの氷』の発掘調査を進めておくのが俺たちの使命じゃないか、と熱心に言い聞かせる。
「わかった……ユノに何かあったら……っすぐに教えてください……も…もし……っ悪い方であっても……っ」
涙腺が壊れてしまったように泣くサラン。
「この件についてはイヴァンの『占術』の結果を見て証拠を揃えておきます。キリヤ様はユノが目を覚ますまではユノのことだけに集中してください。恐らく『相手方』はキリヤ様が氷の竜を出すとは思っていないこととイヴァンの『占術』を甘く見ていますので、必ずすぐに証拠を揃えます」
キリヤとサランのために気丈に振舞っているアンドレアだが、彼の声もやや震えていた。
「わかった。お前たちに任せた。お前たちも探っていることが相手に勘づかれたら危ない。くれぐれも気を付ける様に」
「はっ」
アンドレアはキリヤの言葉に深く頷くと涙に暮れるサランと共にキリヤの部屋を出て行った。
侍従魔法使いはキリヤの魔力がほぼ無い状態なので、キリヤもまずは休むべきだと言い張った。だが火の精からユノは魔法では直せないと聞いたので、魔力を回復させることは無意味に思えた。
侍従魔法使いも部屋から出してしまうと、キリヤの広い部屋には、暖炉の炎が燃え盛るパチパチという音だけがやたら大きく響くようだった。
キリヤの天蓋付きの大きなベッドの上に横たわるユノ。
凍傷による皮膚の変色はキリヤとサランにより直せたが、意識は戻る様子もない。
体は酷く冷たいままで、唇や頬は色を失ったままだ。
きしり、と音を立てて眠ったままのユノの隣に体を置いた。
「ユノ……戻ってきてくれ……っ」
冷えた体が温まる様にぎゅっと抱きしめた。
だが、おずおずと背に回される腕はいつまで待っても動かない。
いつもはキリヤが抱きしめると、二人の胸が合わさって、互いの心臓の音が馬鹿みたいにうるさくなる。
二人ともどうにかなりそうなほど互いに心臓を高鳴らせていることが分かるのに。
今日はユノの高鳴る心臓の音は伝わってこない。
今にも消え入りそうな弱弱しい音がかろうじて聞こえるのみだ。
静かに静かにこの音が消えてなくなるのではないかと思われて、それが怖くて怖くて体が震える。
『光の魔法使い』は命と引き換えに国を守らないといけないことがある。
若くして命を失うかもしれないと知ったときも絶望と恐ろしさで震えたが、自分は生き残って戦争で親を亡くして泣く子供を作らない、という強い思いが希望になった。
だが、ユノを失ってしまったその先に、キリヤは一筋の希望も見出すことができなかった。
真っ黒な泥濘にずぶずぶと全身が沈んでいくような絶望。
震える指先で青白い頬に触れた。
氷のように冷たい。
そっと冷たい唇に唇を重ねる。
お伽噺だとこれでお姫様は目を覚ますはずなのに。
ユノの瞳は見えないまま。
「愛している……っユノ……っ」
気持ちを込めて語り掛けても、ぴくりとも動かない。
「お願いだ、目を覚ましてくれよ……っ」
キリヤの慟哭もユノには響かない。
キリヤは体の芯を凍り付かせてしまったユノに愛を伝えるために思いつく限りの言葉を紡いで抱きしめたが、ユノは深く眠ったままだった。
サランはユノの傍にいたがったが、アンドレアはユノのために『守りの氷』の発掘調査を進めておくのが俺たちの使命じゃないか、と熱心に言い聞かせる。
「わかった……ユノに何かあったら……っすぐに教えてください……も…もし……っ悪い方であっても……っ」
涙腺が壊れてしまったように泣くサラン。
「この件についてはイヴァンの『占術』の結果を見て証拠を揃えておきます。キリヤ様はユノが目を覚ますまではユノのことだけに集中してください。恐らく『相手方』はキリヤ様が氷の竜を出すとは思っていないこととイヴァンの『占術』を甘く見ていますので、必ずすぐに証拠を揃えます」
キリヤとサランのために気丈に振舞っているアンドレアだが、彼の声もやや震えていた。
「わかった。お前たちに任せた。お前たちも探っていることが相手に勘づかれたら危ない。くれぐれも気を付ける様に」
「はっ」
アンドレアはキリヤの言葉に深く頷くと涙に暮れるサランと共にキリヤの部屋を出て行った。
侍従魔法使いはキリヤの魔力がほぼ無い状態なので、キリヤもまずは休むべきだと言い張った。だが火の精からユノは魔法では直せないと聞いたので、魔力を回復させることは無意味に思えた。
侍従魔法使いも部屋から出してしまうと、キリヤの広い部屋には、暖炉の炎が燃え盛るパチパチという音だけがやたら大きく響くようだった。
キリヤの天蓋付きの大きなベッドの上に横たわるユノ。
凍傷による皮膚の変色はキリヤとサランにより直せたが、意識は戻る様子もない。
体は酷く冷たいままで、唇や頬は色を失ったままだ。
きしり、と音を立てて眠ったままのユノの隣に体を置いた。
「ユノ……戻ってきてくれ……っ」
冷えた体が温まる様にぎゅっと抱きしめた。
だが、おずおずと背に回される腕はいつまで待っても動かない。
いつもはキリヤが抱きしめると、二人の胸が合わさって、互いの心臓の音が馬鹿みたいにうるさくなる。
二人ともどうにかなりそうなほど互いに心臓を高鳴らせていることが分かるのに。
今日はユノの高鳴る心臓の音は伝わってこない。
今にも消え入りそうな弱弱しい音がかろうじて聞こえるのみだ。
静かに静かにこの音が消えてなくなるのではないかと思われて、それが怖くて怖くて体が震える。
『光の魔法使い』は命と引き換えに国を守らないといけないことがある。
若くして命を失うかもしれないと知ったときも絶望と恐ろしさで震えたが、自分は生き残って戦争で親を亡くして泣く子供を作らない、という強い思いが希望になった。
だが、ユノを失ってしまったその先に、キリヤは一筋の希望も見出すことができなかった。
真っ黒な泥濘にずぶずぶと全身が沈んでいくような絶望。
震える指先で青白い頬に触れた。
氷のように冷たい。
そっと冷たい唇に唇を重ねる。
お伽噺だとこれでお姫様は目を覚ますはずなのに。
ユノの瞳は見えないまま。
「愛している……っユノ……っ」
気持ちを込めて語り掛けても、ぴくりとも動かない。
「お願いだ、目を覚ましてくれよ……っ」
キリヤの慟哭もユノには響かない。
キリヤは体の芯を凍り付かせてしまったユノに愛を伝えるために思いつく限りの言葉を紡いで抱きしめたが、ユノは深く眠ったままだった。
223
お気に入りに追加
4,316
あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる