平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

ゆなな

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3章

甘い毒

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コツコツ、と図書館の古い木の床の上を歩く革靴の音。
近頃はそれだけで彼がやってくることがユノにはわかる。
『4時30分』
ノートの隅に書かれていたとおり、その時間にキリヤは図書館の隅っこのいつもの場所に現れた。
時間だけが書かれたメモはノートの隅だけでなく、『言の葉送り』でふわりとユノの元に届くこともあった。
戴冠式の準備と授業に生徒会の仕事。それだけでも目が回りそうなほど忙しいだろうに頻繁に王宮の仕事で呼び出されることもあるようだった。
少し前まではユノが図書館にいそうな時間にふらりと現れていたキリヤだが、戴冠式が近づきますます忙しくなった彼は、確実に会うために時間をそっと告げてくるようになった。
それまでは勉強に集中して彼がやってきたことに気が付かないこともあったが、会える時間が短くなってからは彼と過ごす時間を無駄にしたくなくて、アシオトに耳を澄ませるようになっていた。
学校の授業は新しく学び始めた治癒学以外は順調で、ユノのように必死になって勉強しなくても問題ないらしい彼だが、さすがに疲労の色が濃く顔に出ていた。
「次の予定まで少し時間があるようだったら、ここに来るより寮の部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないですか?」
ユノが言うと、キリヤはユノの隣の椅子を引いて座った。
「ユノの顔を見た方が元気になる」
青い瞳をうんと甘くさせてユノを見つめながら言う。
ユノは自分の頬が真っ赤になるのがわかった。
「真っ赤になったな。可愛い……触ってもいい?」
赤くなった頬を見てキリヤがくつくつと笑った。
「だ……だめ……っ」
青い瞳を見ていられなくて、ユノはぎゅっと目を瞑って言う。
「ちょっとだけだから……」
ダメと言っているのに尚も甘い声で口説くように言われる。
「べ……勉強中ですっ」
「わかったよ。残念」
そう言ったキリヤはユノのすぐ隣に筆記用具を広げた。
ぴったりと近くにくっ付いて座られると、腕や肩が時折触れる。
彼から香るムスクのようななまめかしい香り。
触れた温度。
全てで口説かれているみたいだった。
昼間、サランに言われた言葉が頭を過る。
近付きすぎたら、だめだ。
「キリヤ……あの……」
勇気をもってユノは口を開く。
「待って。ユノ」
そう言ってキリヤはユノの唇を人差し指でそっと抑えた。
「返事は急いでいない。僕らを取り巻く色んなことは置いておいて、ユノが僕のことを好きか好きじゃないのか。それだけを考えて決めてほしい」
そう言われたところで、彼の背景を切り離すことは難しい。
彼と恋人になれたところで、未来などわかりきっている。
何しろ、王子と地方の村に帰らなければならない平民なのだ。
学園にいるだけの間の恋は、ユノには必要ない。
ユノは学園にいる間は、村から送り出してくれたみんなのために一生懸命学ばなければならないのだ。そんな泡沫の恋に現を抜かしている場合ではない。
だから、考える時間をもらうまでもなく、彼の申し出は断るべきなのに。
どうしても断る言葉がユノの口から出てこなかった。
産まれて初めて味わったこの甘さを、あと少しだけでも甘受したいという情けない気持ちが根底にあるのはわかっていた。
どんなときでも理性が勝ってきたユノなのに。
「うん。わかった……」
ユノが答えると、キリヤは嬉しそうに笑うので、目がくらみそうだった。
時が来たらちゃんと断ち切るから、それまでの間。
少しだけ。
彼の甘い毒に触れていたいと思ってしまった。
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