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3章

秘密の逢瀬3

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「勉強して無駄になることなんかないですっ……あ……」
うっかり大きな声を上げてしまったユノは自分の口に手を当てた。
「誰も近くにはいない。話してくれ。君の考えを知りたい」
キリヤの声に促されるようにユノは口を開いた。
「自分の村に学校を作って教師になるのが夢なんです。だから教師になるためだけの基礎的な魔法でも十分かもしれないです。でも俺の村は田舎で治癒院も遠いので治癒魔法や薬草の知識を身に着けたいし、村の皆を守るために戦いの魔法も学びたいと思っています。そして俺の村は国境付近にあるんですけど、その学校や治癒院には国境を超えたところにある隣村の子人たちにも来てもらいたいから政治のことだって知っておいた方がいい。キリヤだって軍の任務をするにあたってキリヤ自身も治癒魔法が上手に使えた方が、部隊の誰かがけがをしたときはもちろんですが、自分の怪我も自分で治せます。自分の命を自分で救えるのは強味だと思います。で、何が言いたいかというと……」
勢いよく思いのままに言葉を紡いでしまい、ユノは言葉に詰まってしまった。
だが、目の前にいたキリヤはうんと優しい瞳でユノのことを見ていた。
「大丈夫。続けて……」
優しい声に頷いて、再び口を開いた。
「やりたいことや叶えたいことが沢山あるなら、どれもやったらいいと思うんです。一生懸命やったら、どれも中途半端になってしまった、なんてことにはなりません。自分の幅が広がって、色んなことができるようになるだけです。疲れている様子だったので思わず心配して尋ねてしまいましたが、俺も今この学園にいるうちは無理をしてでもたくさんのことを学んだ方がいいと思っています」
「ユノを見ていると、そのとおりだと思う。君が何でもできて、色んな知識があるのはそういう気持ちで村のために頑張っているからなんだろうな」
キリヤの青い瞳が優しく微笑んだ。
「や……っていうか、キリヤは学園生活をしながら軍の仕事もして十分頑張っているのに、えらそうにすみません。国の方が村よりずっと大きいんだからもっと大変ですよね」
「何かを守るというのは大変なことだ。対象の大きさはそんなに関係ない」
そう言って細めた彼の目の下にある隈にユノは思わず、指を伸ばしてそっとなぞった。
いつも凛としている彼の疲れている様子が痛々しかった。
「……っ」
驚いたようにキリヤがびくりと肩を震わせた。
「あっ……すみませんっ……つい……」
ユノが慌てて無意識に伸ばしてしまった指を引っ込めると、キリヤはふぅっと息を零した。
溜息にも見えたそれに、ユノは慌てて謝った。
「……びっくりしただけだ。嫌だったわけじゃない。これは?」
ユノが手にしていたオーディオブックにキリヤは目を止めた。
「交流会のダンスで恥をかかないために少し見ておこうと思って、借りたんです」
「そういえば交流会はダンスパーティがあったな。まさか、もうパートナーが決まったのか?」
「はい。イヴァンと組もうかと思っています」
「イヴァンと君が?」
驚いたようにキリヤが目をまるめた。
そして「全くイヴァンの奴は」と小さく呟いた。
「俺はパートナーが見つけられそうにないのと、イヴァンは勘違いしない相手がいいとのことで利害が一致したんです」
何だか分からないけれど理由をきちんと話した方が良い気がしてユノは言った。
「まぁそうだろうな。イヴァンのことだから、君と僕のためだということはわかっているが……あいつはややこしい性格をしているから、気を付けて……って何かあったのか?」
『ややこしい』のところで先日の指先へのキスを思い出し、動揺した表情を浮かべてしまったのを目敏く気付いたキリヤ。
「いえ……イヴァンはからかって俺の指にキスしたんです。冗談でしょうが、人によっては誤解します」
ユノが言うと、キリヤは大きな掌で自らの額を抑えた。
「あの野郎……」
珍しい悪態にユノはびっくりして、目をパチパチする。
その表情を見たキリヤは咳払いをして、顰めた眉をもとに戻してから口を開いた。
「イヴァンが君を気に入っているのは確かだよ。あいつのことだから僕の気持ちなんかとっくにお見通しだろうからそれ以上は無いと思うが、可愛い君をからかいたくて仕方ないんだろうな」
「そ……そうなんでしょうか?」
キリヤの言っていることが全部は意味が分からず首を傾げるが、キリヤは納得ができたらしく不服な表情を浮かべているが頷いてみせた。
「まぁ、それで交流会でダンスを踊らないといけないことがわかり、予習をオーディオブックでしておこうと思ったわけか。君らしいな」
そう言うとキリヤは立ち上がり、ユノの隣まで歩いてくると美しい指先をそっと差し出した。
「え……?」
ユノは理由がわからず目をまるめた。
「こんなものを見るより、実際に踊った方が覚える」
そう短く言った彼は戸惑うユノの指先を捉えた。
キリヤはその指先に美しい唇を寄せた。
指先にキリヤの唇が触れた瞬間、ユノの体は電流が走ったようにびくりと震えた。
そしてイヴァンにされたときと違い、一気に顔が熱くなった。
「僕は、冗談なんかじゃない」
キリヤは言うと、そっとユノの指先を引いて椅子から立たせた。
    
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