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3章

図書館2

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下のフロアから順に作業していき五階の本まで全部収納すると、ワゴンは空っぽになった。
ワゴンの片付けまで終えると、ユノはキリヤを図書館一階の自習用のエリアの一番奥に案内した。
一番奥にある上にかなりマイナーな分野で殆ど借りる人がいないであろう『妖精の言語』に関する書籍が並ぶ書架の更に奥にあるスペースだ。
多くの人はこの書架まで本を探しに来ることはないだろうし、まさかその書架の裏にスペースがあるとは思わないだろう。
「この奥に自習できる場所があったのか」
キリヤも驚いたように青い目を見開いた。
「一年生の時、『妖精の言語』についての本を探していたら見つけたんです。あんまり居心地が良かったので使っていない机と椅子を持ち込んじゃいました」
少し古いがたくさん本を広げても大丈夫な大きめの机。
そしてそれを囲うように椅子が四脚置いてあった。
ここは同室のサラン以外には教えたことのない場所だ。
そのサランもこの場所はユノが勉強に集中したいときに使う場所なのだと理解してくれ、用事があるとき以外はやってこない。
図書館の美しい裏庭を臨める大きなガラス戸もある。
ユノがこの学園で一番お気に入りの場所であった。
「本の片づけ、二人でやったらすぐ済みましたね。ありがとうございます」
「殆どユノがやったから、全然助けにはなっていないが」
木々が赤や黄色に色付いた美しい裏庭に目を遣りながら、キリヤは肩を竦めて苦笑いをした。
「そんなことないです。一人でやったら絶対にもっと時間掛かったと思います。『治癒学発展』の課題についてって言うのは、もしかして去年の授業でやったところですか?」
ユノが首を傾けて問うと、キリヤは頷いた。
「あぁ。そのとおりだ。昨年度の教科書は手に入れられたので確認したんだが、載っていない薬草があるみたいなんだ。知っていたら教えてくれないか? 月時雨草という名なのだが」
「あ……そういえば、月時雨草は昨年度教科書に載ってないって言って教授が板書して下さった薬草だと思います。それは昨年受講していなかったら困りますね」
そう言ったあとユノが指を振ると、収納バッグの中から革表紙のファイルを取り出した。
「え……と……月時雨草については、自分でも纏めているので」
植物を名前の順番ごとに綴じてあるファイルを机の上に置くと、ユノは頁を捲くった。
「これは……」
そのファイルを見てキリヤは驚いたように片眉を上げた。
「授業で習ったものや、調べて出てきた植物を纏めたものです。ほら植物の本って『薬草』とか『魔法草』、『危険植物』みたいに分けられたものばかりですよね。なのでよく使うものを一冊のファイルに纏めておくとこんな風に課題やるときに便利だし、卒業後故郷に持ち帰ったら村でも活用できると思ったんです」
「すごいな。良く纏まっている。絵まできれいに書いてあってまるで図鑑だ」
ユノのファイルから目を離さず、じっと見つめる視線が気恥ずかしかった。
「絵は特徴だけ簡単に描いただけだから。あんまりじっと見ないでください。あ、あった。月時雨草。別名『月夜の雫』名前のとおり綺麗な植物なんです」
「乾燥して粉末にしたものなら治癒用に販売されているそうだが、実際に見たことがあるのか?」
キリヤの問いにユノは嬉しそうに頷いた。
「この前キリヤにあげた貼り薬にも使っています。去年習ったとき、実際に自分たちでも使ってみたいねってサランと採集に行ったんです。この学園があるシュトレイン山の中腹あたりでも採れるから」
「サランっていうのは、治癒学のときにいた……」
「そう、彼のことです。寮の部屋も一緒で……」
「寮の部屋が一緒?!……っとすまない」
大きな声にユノは驚いて肩をびくり、と震わせるとキリヤは小さく謝った。
「大丈夫だけど、びっくりしました。そういえばハイクラスの寮は一人部屋ですもんね」
こんな大きな声を出すほどびっくりしたのか、王子様には誰かと同室など考えられないことなのだろうか。
驚いた彼の様子がどこか可愛らしくて、ユノはクスクス笑った。
「……っベッドはどのように配置されているんだ? さすがに寝室は別なんだろう?」
ユノの笑顔にキリヤは軽く目を見開いたあと、急いで続けた。
「寝室が別ってそれじゃ個室じゃないですか。ベッドは同じ部屋ですよ。それぞれ壁際に一台ずつ置いてあって相談して左右好きな方を使っています。でも厚い天幕があるから、プライバシーは守られてるし、不自由はないですよ」
「は……? 天幕? それなら捲くっただけで、ベッドの中に簡単に入れるじゃないか」
「うん? そうですね。確かにみんな天幕捲くってベッドに入ってきちゃうし、サランなんてたまに一緒に寝ているときもあるけど、男同士だしそんなに気にならな……」
「いや、気になるだろ!……っと」
ユノが言い終わらないうちに、キリヤはまた大きな声を出して自分で自分の口を塞ぐように片手で口を覆った。
「すまない……ただ、ユノは無防備なところがあるから、気を付けた方がいい」
「無防備ですか……? そんなことないけど」
ユノは自分が無防備だと思わなかったので否定した。
「無防備だろう! あのときだって……っ」
「あのとき?」
どのときのことを言っているのか分からず、ユノは首を傾げた。
すると、キリヤは一つ咳払いをした。
「いや……なんでもない……いや……なんでもなくはないな。サランという奴は友人と言うには君との距離が近すぎやしないか? 唇にも触れようとするし。友人は唇なんて触れようとしないだろう?」
「唇? サランの距離が近いのは確かですけど、そんなことあるかな?」
ユノが首を傾げる。
「始業式の後の講堂で君の唇に触れて、しかも自分のリップまで君に塗っていた」
「あ、確かにそんなことありましたね。サランは俺の唇が荒れているのを心配してくれただけですよ。まぁ確かに細かいこと気にしないんで、俺の食べかけとかも平気なタイプなんです」
本当に育ちがいいキリヤには分からない感覚なのかもしれないなぁとユノは暢気に考えた。
「いーや。僕はずっと見ていたからわかるが、あいつがそんなことをするのは君にだけだ!」
「ずっと見ていた?」
キリヤの言葉の意味が引っかかってユノが首を傾げると、キリヤはゴホンと咳払いをした。
「とにかく! 人の唇には普通はそんなに触れないし、ベッドの中には人は無闇矢鱈に入れないものだ」
「わ……わかりました」
キリヤの剣幕に思わずユノは頷いた。
やっぱりキリヤはすごく育ちがいいんだなぁ、とユノは呑気に思った。
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