平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

ゆなな

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2章

フライングレース4

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(あと少しで着くところだったのに……っ)
ユノが雲の中から落ちて行く様は学園の校庭からレースを見守る生徒達にも見えていたらしく、悲鳴のような声が聞こえるくらいの距離でもあった
すると、お守りのようにポケットに忍ばせていた青い魔法石のブローチが、熱を持っているのが感じられた。
ユノを落下から何とか防ごうとしてくれているようだった。
そうだ。このブローチはユノが危機に陥るとこうやってユノのことを守ろうとしてくれる。
だが、さすがにこの落下は魔法石だけでは防ぎきれないのか落下のスピードが多少緩やかになるくらいであった。
ズザザザッ
魔法石のおかげで、そのまま落ちるよりは幾分かマシではあったが、山の木の枝が体にぶつかり、ローブや制服が切れる。
学園の山の木は恐らく通称『悪魔の木』と呼ばれる棘と長い蔦がある木だ。
「うぁ……っ」 
鋭い棘の付いた枝で背中が傷付けられたのか、燃えるように背が熱い。
いくら落下スピードが和らいだとはいえ、このまま地面に叩きつけられては無事ではいられないだろう。 
ユノは覚悟をしてぎゅっと目を瞑った。
が、衝撃はいつまでも襲ってこなかった。
「ユノっ」
ユノを呼ぶ大きな声が聞こえた。
「え……?」
地面に叩きつけられる衝撃の代わりに、ユノの体は温かいものに包まれているような感覚に襲われた。
そして、ユノの体は少しずつ上昇した。
「ま……間に合った……っ」
いつも落ち着いて冷たいはずの男の、焦ったような声が聞こえた。
あぁ、引き上げの魔法を使ってくれたのか。
落下時の衝撃を和らげる魔法が間に合いそうになかったので、助かった。
ユノの体はふわふわと浮いて、キリヤの腕の中に納まった。
こんな時でもふわりと香る彼の艶めかしいムスク。
「あ……ありがとうございます」
ユノが礼を言うとキリヤは深く息を吐き出した。
「危なかった……雲の中で箒が壊れたのか」
言いながらキリヤはそっとユノの体を自身の箒に跨がらせた。
「はい。穂を纏めていた『竜の髭』が切れてしまって」
キリヤとユノは一人乗りの箒の上に二人向き合って跨っていた。
「『竜の髭』が切れる? その紐は本当に『竜の髭』だったのか?」
そんなことは聞いたことがないというように、目の前の男は麗しい眉を寄せた。
彼の吐息がかかるほど至近距離だと気付いたが、彼の箒の上という狭い場所ではどうしようもない。
余程焦って飛んだのだろう。彼の乱れた吐息がユノの前髪を揺らす。
いつもより強く香るムスク。
「……っはい……自分で確認してメンテナンスしたので間違いないです……っ」
彼の漏らす吐息に動揺しながらもユノは答える。
「そうか……まぁその検証は後回しにするとして、まずは『棄権』の狼煙を上げるのが先だな」
「ま……待って下さいっ!棄権はしませんっ」
レースを棄権するときの合図である狼煙を上げる煙玉を、ローブのポケットから取り出して使おうとしたキリヤを慌ててユノは制した。
「棄権はしないとはどういうことだ? 箒はもうただの『棒』と成り果てているだろう? それでは飛ぶのは危ない。それに先ほどアンドレアとも戦っただろう? 魔力も著しく消耗している。棄権すべきだ」
至近距離で絶対零度の青い瞳を鋭く向けられて、ユノは思わず息を呑んだ。
アンドレアとの戦いも見られていたのか。
だけど、まだやれる。
ユノは指先に魔力を込めて、そっと振った。
「折っちゃってごめんね」
そう呟くと、先ほどユノが落下したときに折れた幾つかの枝がふわりと浮き上がり、二人の回りを浮遊した。
ユノがもう一度指を振ると、細い枝はユノの棒と成り果てた箒の先端に吸い寄せられるように集まった。
「これは……」
至近距離で青い瞳が見開かれる。
「壊れたものを直すのは、得意なんです」
ユノは静かな声で言って、それからもう一度指を振ると『悪魔の木』の蔦がするするとユノの手元に昇ってきた。
ユノはその蔦でぐるりと枝を束ねた。
すると、即席だが、まぁまぁ見栄えのする箒が出来上がった。
キリヤは驚いたように目を瞠った。
ハイクラスの生徒は『製造魔法』は必要がないため習わないというから、珍しかったのだろうか。
侍従魔法使い達は使うこともあるだろうが、主の目の前では使わないのかもしれない。
「助けていただいて、ありがとうございます」
ユノは青い瞳を真っ直ぐに見つめて心を込めてお礼を言ってから、自分の作った箒にひょいと飛び移った。
「なるほど。こういう理由で棄権はしない、と」
「申し訳ありません」
ユノがそう言うと、キリヤの箒もふわりと浮上した。
「それなら、遠慮はしない。レースには僕が勝つ」
そう言うとキリヤは前方を向いてゴールの方向にスピードを上げた。
ユノも急いで後に続く。
『悪魔の木』で穂先を作った即席の箒の出来は中々良く、キリヤの箒の後にぴったりと付けた。
突然空路に飛び出してきたユノとキリヤを見つけた他の参加者達が、鍵を奪おうとスピードを上げて追ってきたが、キリヤとユノのスピードには追い付けない。後方とぐんぐん差を付けて二人は学園の校庭に飛び込んだ。
枝の鋭い棘で傷付いた背の傷が痛む。
傷を庇うとどうしても魔力の消費量も多くなるため、往路のようなスピードが出せない。
そのためキリヤを抜いても、またすぐに抜き返されてしまう。
そして箒のスピードに絶対の自信があるユノとここまで競る相手は初めてだった。
限られた魔力で目の前にいるライバルをどうやったら躱せるか。
ユノはいつしか楽しくて仕方がなくなっていた。
痛みも今は感じないほどだった。
スタートは学園の校庭を見下ろすシュトレイン塔のテラスからだったが、ゴールは新入生寮の玄関だった。校庭を抜け、伝統あるシュトレイン王国立魔法学園の寮が立ち並ぶエリアに向けて最後のデッドヒートを繰り広げた。
校庭にいた生徒達は寮の前の広場に移動して、この死闘をどちらが制するのか見届けようとしていた。
「すごい! こんなに速く飛んでるの見たことない!」
新入生達の興奮したような声。
「スタンダードの奴、やべぇ。キリヤ様と競ってる」
「信じられない。スタンダードなのに」
ユノの活躍を驚くハイクラスの生徒達の声。それと同時に。
「ユノ!頑張れ!! ユノなら勝てる!!」
スタンダードクラスの級友達の必死の応援。
それらの声は、凄まじい歓声となり響いているのだが、殆ど耳に入らないくらいユノは集中していた。

そして、とうとう二人は前代未聞のスピードでゴールに飛び込んだ。
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