平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました

ゆなな

文字の大きさ
上 下
18 / 123
2章

フライングレース1

しおりを挟む
そして、シュリと賭けをすることになったフライングレースの日は始業式の翌日。
その日は午前中に入学式が執り行われ、午後から新入生を歓迎するフライングレースが開催される。
そのため午後になると滞りなく入学式を終えた新入生と、昼食を済ませた在校生たちで学園の校庭は賑わっていた。
学園の中にはフライングレースのいい出発点になりそうなテラスはいくつかあるが、その中で一番伝統があり高さもあるシュトレイン塔にある生徒会室のテラスからフライングレースはスタートする。
スタート地点のあるシュトレイン塔に向かうためにユノは校内を駆け足で急いで移動していた。
高学年棟のスタンダードクラスの教室内のロッカーに収めていた自身の箒が見当たらなくなっており、探し出すのに時間が掛かってしまったのだ。
ユノの箒は落とし物として届けられており、高学年棟の管理室にまで受け取りに行かなくてはならなくなってしまった。
毎年恒例の白熱するレースを見守るために新入生も上級生も多く集まっている校庭に向かう人混みをすり抜けて急ぐ。
スタートのシュトレイン塔は中庭を挟んで本校舎の裏側にあるが、シュトレイン塔は高さがあるので、本校舎前の校庭からもスタートの様子がよく見える。
また、シュトレイン国立魔法学園は王宮と城下町を臨むことができる山の上に位置するため、校庭からはシュツバルト山を目指して飛んで行く様子も見えやすい。
「やっぱり一番速く戻ってきて、新入生のハイクラス寮の鍵を開けるのはキリヤ様しか考えられないよ」
「でも生徒会のアンドレアさんは、フライングレースのシュトレイン王国の代表選手に選ばれているじゃないか」
「生徒会といえばマコレさん魔法祭のレースでかなりいい成績だったらしいし、生徒会でなくとも六年のゴーダさんもアンドレアさんと同様国の代表選手じゃないか」
校内を歩く生徒たちは好き勝手に各々の予想を口にしていた。
この学園があるシュトレイン山の麓の城下町と美しい湖を挟んで更に向こうにあるシュツバルト山の頂きに、シュトレイン初代王から代々の国王を祀るシュツバルト神殿がある。
そこで丁寧に守護の魔法の力を込めてもらった新入生寮の正面玄関の二つの鍵をフライングレース出場者である上級生が受け取り、新入生の寮に届け、寮の扉を開ける。
これがフライングレースという名の新入生の入寮セレモニーだ。
ただの速さを競うだけのレースに見えるが、新入生寮の鍵はハイクラスとスタンダードクラス、それぞれの正面玄関のものだけになるため、二つしかない。
その二つを巡って八人のレース参加者が争うのだ。
「スタンダードクラスの……ユノ・マキノだっけ? あいつよくこのメンバーの中で出ようと思ったよな」
「まぁでもハイクラスとスタンダードクラスの違いっていうの? はっきりと平民の奴らにわからすのにはちょうどいいんじゃね?」
いろんな声を聞きながら制服のローブのフードを被って顔を隠し、ユノはスタート地点であるシュトレイン塔に向かって校庭に向かう生徒たちとは反対方向にある中庭を駆け抜けた。
そうして辿り着いたシュトレイン塔の螺旋階段を昇った先にある生徒会室が、選手の集合場所でもあった。
ロビーの奥にある生徒会室の扉は開けられていたが、今日は特別に薄くシールドが張られていた。
「失礼します。ユノ・マキノです」
名乗ると、シールドは解け、ユノは室内に入った。
「もう皆揃っているわよ。テラスで準備してね。ユノ」
ユノを生徒会室で迎え入れたのはアンリ学園長だった。
「遅くなりまして申し訳ありません」
ユノが頭を下げると、アンリは大丈夫よ、まだ時間前だからと大らかに笑った。
アンリは背が低くぽっちゃりとした女性で、王国立の魔法使いの学校の長としては珍しいタイプのように見えたが、どんな魔法にも精通している魔女であった。
そしてハイクラスとスタンダードクラスの溝を何としてでも埋めたいと思い、ユノに白羽の矢を立てた人物でもあった。
「スタンダードのくせに一番最後に来るなんて図々しい」
テラスで競技用のローブを受け取り、制服のローブから着替えていると、悪意の籠もった声が聞こえた。
遠くからでも見分けが付くように、八人の出場者はそれぞれ違う色のローブを身につけることになっていた。
ユノの色は黒であった。
ユノの髪の毛の色のような漆黒のローブ。
制服のローブも黒であったが、このレースのローブは触れると指が滑るような高級な生地だった。
「あいつの色は黒だって。制服のローブと同じで特別感全然ないじゃん。みんな華やかな色を貰っているのにな」
誰かがあざ笑うように言った。
「下手くそなスタンダードだから目立たなくていいんじゃないか? 本人も良かったって安心しているだろうよ」
再び悪意を持った声が響いたが、その声には反応しないようにした。
「……辞退するならこれが最後のチャンスだ。意地を張らずに辞退したほうがいい」
石造りのテラスで、スタートの準備をしているユノにもう一つ声が掛かった。
抑揚のない淡々とした冷たい声。
顔を見なくても誰のものかわかってしまった。
ふわっと風が吹いて、声の主のローブが揺れて視界に入り込む。
ロイヤルブルーのローブは恐ろしいほど彼に似合っていることであろう。
「辞退はしません」
ユノがすぐさまそう答えた。
「お前のような平民がキリヤ様に対等な口利いてんじゃねぇよ。すぐに生徒会から追い出してやるよ」
青のローブと逆の隣に朝露に濡れた薔薇のように色鮮やかな赤いローブ。
「アンドレア……さん」
「気安く呼ぶな。恥ずかしくて二度とシュトレイン塔の階段を昇れないようにしてやるよ」
アンドレアは赤く燃え上がるような目でギリギリとユノを睨みつけた。
氷のように冷たいキリヤの視線と炎のように熱いアンドレアの視線。
レース前に堪えるな、と思っていた時だった。
「ユノ!」
レースには出場しないものの、生徒会室に来ていたイヴァンがやってきた。
彼の優しい視線にほっとする。
「イヴァン、今日はお手伝い?」
「そう。シュリも来る予定だったんだけど、急に出来なくなったとかで来ないから人員不足だよ」
そう言って肩を竦めるイヴァンは背の高さや体格が昨日の仮面の彼にどこか似ている気もした。
でも紫水晶のような瞳のイヴァン。
青い瞳ではない。
キリヤの冷ややかな態度を見ると、ユノに優しいイヴァンの方がずっと彼に近い気もするが彼ではない、と頭のどこかで声がする。
「ユノの黒壇みたいに黒い瞳に見つめられると不思議な気持ちになる」
思わずじっとイヴァンを見てしまっていたのだ。
「あ……ごめんなさい」
「いいよ。悪い気分じゃない」
不躾な視線を送ってしまったことをイヴァンに謝ると、彼は柔らかい声で返事をしてくれた。
「おい。いつまで話してるんだ。スタートの号砲が鳴りそうだ。静かにしろ」
地の底から響いてくるようなアンドレアの声とキリヤの冷たい視線。
ユノはびくりと背筋を震わせたが、イヴァンは片眉をすっと上げただけだった。
「じゃあ頑張ってね」
イヴァンが去ると、他の参加者の視線も矢のように鋭くユノに向けられているようだった。
レースの前から疲れてしまいそうだった。

ドォン
シュトレイン王国立魔法学園の立つ山の麓にある湖に設置してある砲台から、地鳴りのような号砲が聞こえた。
しおりを挟む
感想 369

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者

みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】 リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。 ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。 そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。 「君とは対等な友人だと思っていた」 素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。 【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】 * * * 2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...