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1章

仮面舞踏会1

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「それで、結局キリヤ・シュトレイン、それにアンドレア・ビスコンティとシュリ・フィザード、あとその取り巻きは最後までユノに冷たく当たったわけ?」
夕方寮の部屋に帰ると、ユノを待ち構えていたサラン。
二人の部屋のテーブルには柔らかな湯気が立ち上るブラックティが用意されていた。
お茶が好きなサランが心を込めて用意してくれた紅茶に口をつけると、冷え切っていた心が温まり、今日の出来事をポツポツとユノは話しだした。
今日の話を大方聞いたあとのサランの問いかけだった。
「まぁ……そうだね」
ユノは苦笑いをして答えた。
「あのさ……ユノの作ったお菓子は……? もし食べてもらえてなかったんならさ、お茶もちょうど淹れたとこだしさ、今食べようよ」
サランの言葉に普通ならば感じ取れないくらいであったが、ユノの瞳は揺れた。
「それは大丈夫、心配しないで」
ユノはサランを安心させるために笑って嘘をついた。
「それならいいけどさぁ」
「食べてもらえて無くなったのなら、よかった」
ユノの言葉を信じてくれたようなサランにそっとばれないように安堵の息を吐いた。
さすがにユノの作ったお菓子は踏まれてしまったし、残ったお菓子を入れていたバスケットも気付くと無くなっていた。
残りもバスケットごと捨てられてしまったのかもしれない。
でももしそのことをサランが知ったら、もう生徒会には行くなと強く止められてしまうだろう。
さらに優しいサランもきっと傷ついてしまう。
サランの表情を見ながら、このことは悟られてはいけないと思った。
「フライングレース、楽しみ! ユノ、意外と負けず嫌いなところあるもんねぇ。スタンダードクラスの力を見せつけてやろうぜ!」
サランがにっこり笑って言った。
「う……でも今回は生徒会に入ろうと思ったのはただ、勉強してきたことが生徒会の役に立てばいいなと思っただけなんだけどなぁ……」
キリヤの冷たいポーカーフェイスがユノの技能を見て驚きで少し崩れたような気はしたが、すぐにまた元の表情に戻っていたので、彼が本心から認めてくれたのかはユノにはわからなかった。
「ユノがそんなことを思ってやるような価値がある奴らじゃないよ、ハイクラスの奴らは」
サランが苛立ったように言う。
「多少の価値観が違うだけで、ハイクラスもスタンダードも違いはないよ。俺らの中にも性格が合う人と合わない人がいるだろ?それと同じだよ」
キリヤの言動は長年彼との再会を願ってきたユノには大きな衝撃ではあったし、シュリやアンドレアの発言や行動に傷つかなかったわけじゃないけれど。
平民だからって差別をしない生徒会役員はやっぱりいたわけで。
「今日散々な嫌がらせに遭ってきたのに、そんなこと言えるのホント凄いね」
確かにかなり疎ましい存在に思われているらしいのは堪えたし、平民は大したことが出来ないと思っていることにも傷ついたけれども、キリヤがあの日、あの時ユノの心を救ってくれたことは変わらない事実だ。
「いや、それで負けず嫌い発動しちゃってるから全然凄くない……うわっ」
ユノが苦笑いを浮かべると、サランがぎゅっとユノに抱きついてきた。
バニラみたいないい匂いのするサランが大きな瞳でユノを見上げる。
「ねぇ。今年こそは『仮面舞踏会』行こうよ。頑張ったんだからストレス発散にたまには遊んだっていいじゃん。ね。羽目を外して遊べるのなんて招待隠せる仮面舞踏会のときだけだしさ」
学園の大広間では年に一度新しい学年が始まる前日に、仮面舞踏会というイベントが行われる。
仮面舞踏会は職業試験が待ち受けている七年生を除いた四年生以上の高学年が参加でき、新しい学年が始まる前に進級を祝う会だ。
「仮面舞踏会に出るって言っても、仮面も着ていく服も俺は持っていないから」
奨学生として入学し、親のいないユノの自由になるお金は放課後図書室で司書を手伝うことで得る僅かな給金だけだ。その給金ではこの学園のイベントに参加できる衣類を買うことなどできなかった。
低学年のうちは全く交流のないハイクラスとスタンダードクラスだが、高学年になると少しずつ交流が増えてくる。そのため、仮面を付けて髪色を変えるなど仮装した状況でパーティをして互いの正体がわからないまま交流することにより、偏見を無くそうというのが学園のねらいだ。もちろん親しくなった後は正体を明かして構わないが、舞踏会への参加時は仮装は必須だ。
「今年仮面も服も新調したから、去年着たのをユノに貸してあげられるよ。一日くらい息抜きしたって罰は当たらないよ」
家が治癒院を経営していて、平民の中では比較的裕福なサランはそういった場に着ていく服にも余裕がある。
サランは余程ユノに来てほしいのか熱心に誘う。
「仮面舞踏会は学園の当初のねらいとは全くそぐわない会になっているし。知らない人と交流、なんてないよ。結局はちょっといつもと違う格好をして一緒に行った友人と魔法酒と普段よりいい食事を楽しむだけだから、ご飯を食べに行くって目的だけでもいいんじゃない?」
こんなに熱心にサランが誘ってくるということは、昨年余程美味しいものが出たのだろう。
「……じゃあ参加してみようかな……」
「やった! ご飯美味しいし音楽もいいから楽しいよ! ユノ音楽好きでしょ? 去年連れて行くべきだった!って後悔したんだよね」
サランは嬉しそうにもう一度抱きついてきた。
行くことをこんなに喜んでくれたサラン。
ユノも顔を綻ばせた。
長いこと焦がれていたキリヤに冷たく突き放されたことは存外に堪えていたのか、何だか今夜は一人では居たくない気分だった。
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