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1章

冷遇

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「すごいな。速さもテクニックも僕たちハイクラスと何の遜色もない。ううん、それどころかユノに勝てる人の方が少なそう」
シュトレイン塔の上層階にある生徒会室には広いテラスがある。
そのテラスから飛び立ち、かなり上空まで飛び高い空での飛行も問題がないということを披露してからユノがテラスに戻ってくると、イヴァンが両手を叩いて感嘆した。
他の面々は苦々しさを隠しもしない表情であった。
キリヤはどう思ったのだろうと彼の方を向くと、青い瞳と視線が交わった。
「あの……」
「確かに少しは飛べるようだな。だがこのレースは速ければいいわけではない。最終的に二本しかない鍵を持って奪い合う。あまり大きな怪我をされても迷惑だ」
ユノの言葉を遮るように、冷たく突き放すようにキリヤは言った。
「ですが、飛行テクニックを見て問題なければレースに参加してもいいと仰っていましたよね」
レースに参加したい、というより『平民だから』という理由で実力がないと見なされることにどうしても納得がいかなかった。
これはここにいないスタンダードクラスの、いやそれだけではなく国中の平民の皆のためにも引き下がりたくなかった。
「……わかった。参加者の名簿に君を加えておこう。ただ、当日のスタート直前まで棄権は受付けているので、よく考えておくように」
「参加を認めていただきありがとうございます」
「ほんと図々しー、まぁ出場して身の程を知ればいいんじゃない?」
キリヤの言葉にユノが頭を下げると、シュリが嘲笑混じりの声が聞こえた。
「まだまだ決めなければならないことが沢山あるから席に戻るように。会議を続ける」
この話題はこれまでだと言うような声だった。
各々が席に戻ったときだった。
コンコン、と生徒会室の扉がノックされた。
「あ。僕の侍従かも。今日長いから差し入れ持ってきてって言っておいたんだよね」
そうシュリが言うと彼の腰巾着のマコレが生徒会室の扉を開けに行った。
彼の言ったとおりだったようで、食べ物や飲み物が乗ったトレーを持った侍従を数名引き連れてマコレは戻ってきた。
「わ。城下町のメゾンのサンドイッチ。いくら学園のご飯が美味しくても、ここのパンはどうしても食べたくなるよね」
イヴァンが嬉しそうな声を上げた。
この国立魔法学園は、王族や貴族の子息や才能ある魔王使いを教育しているということで、安全な場所であるということも重視されている。
そのため、シュトレイン山に建てられており、山の中は学園の関連施設しかない。山には学園の関係者しか入れないようになっている。
しかし、田舎かといえばそうではなく、下山してしまえば麓にはシュトレインの城下町が広がっていて国一番の栄えた場所にすぐ行けるのだ。
ハイクラスの生徒たちは時折侍従に城下町の有名店のものを買って来させるらしい。
「キリヤ! 食べながら会議でもいい?」
「あぁ、構わない」
キリヤはシュリに軽く頷いた。
「あの……俺も差し入れ持ってきたので良かったら」
ユノも収納バッグに魔法でしまっていたバスケットを取り出した。
「これは?」
「俺の生まれ故郷の村で採れたメープルを使ったお菓子です。今朝作ってきました。うちの村には楓の森があって……」
キリヤの問いにユノが答えると、キリヤは表情を曇らせた。
「悪いが、個人が作ったものは差し入れとして受付けられない」
「え……」
温かい反応をキリヤがしてくれるとは思っていなかったが、差し入れとして受け取ることもできないとまで言われユノは固まった。
「どうしてでしょうか」
「だーかーらー、僕たちは基本的に店のものか、名門家の侍従の作ったものしか食べないの。お前が作ったものなんて汚くて食べられないって言ってんの。わかる?」
シュリがユノの問いに心底嫌そうに言ってユノの手にあるバスケットを叩き落とした。
「あっ……」
ころころ……
床の上にこんがりと美味しそうなきつね色の丸い焼き菓子が転がった。
そのうちの一つが、赤髪のアンドレアのよく磨かれて光る革靴の先に当たって止まった。
「……っ」
「きったねぇな」
アンドレアは足元に転がってきたふっくらと膨らんだ一つの焼き菓子をぐしゃりと踏み潰した。
「アンドレア、やりすぎだよ」
「別にどうせ誰も食べないんだからいいだろ。なに? イヴァンは此奴の味方なわけ?」
イヴァンが注意すると、アンドレアは鋭くイヴァンを見て言った。
「保守派のお父様が知ったらどう思うだろうねぇ」
二人のやり取りを見てシュリが口を挟んできた。
「家は関係ないだろう」
「君にとっては関係ないかもしれないけど、君に悪い考えを唆す平民が生徒会にいると知ったらお父様は君かこの平民のどちらかを生徒会からやめさせようとするんじゃないかな」
「シュリ、生徒会に家のことを持ち出すのはルール違反のはずだ。家柄や親の役職に関係なく忌憚なく意見を交わす場だろう」
イヴァンは諭すように言ったが、シュリは鼻で笑った。
「そんなルール本気にしている人なんて、いるの?」
「だったらお前らだって家の名前をいいことに好き勝手しているとお前の御父上に申し上げる」
イヴァンが紫色の瞳をきつく光らせた。
「そこまでだ。揉めている時間は無い」
ぴしゃりと氷のように冷たい声が響き、シュリとイヴァンは黙った。
キリヤの声は二人を黙らせる威力を持っていた。
「次の議題に入るぞ。床のゴミはさっさと片付けるように」
「ゴミ……」
キリヤの冷たすぎる命令にユノは呆然と呟いた。
踏まれたことより、ゴミと言われたことの方が胸に刺さった。
「揉め事の種になるような物は持ってこないように。それでは次の議題に移る」
呆然とするユノに冷たく言い放つと、キリヤは何事も起こらなかったように会議を進めた。
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