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1章

雑用係

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キリヤはシュリだけに視線を遣り、すぐそこにいるはずのユノは最初から存在もしないと言うように扱った。
そして身を翻すと、生徒会長室に行ってしまった。
ムスクの香りも同時に立ち消えた。
「はぁい。今行きまーす」
シュリは甘い声でキリヤに返事をするとユノの方に向き直った。
「ふうん。あくまでも図々しくここに居座るつもりなんだ。まぁいいや。ちょうど雑用係が必要だと思っていたんだよね。僕たちは午後の定例会の準備で忙しいから、雑用しといてよ。新入生歓迎会に必要な物品を倉庫から出さなきゃいけなかったんだ。侍従魔法使いにでもやらそうと思ってたけど呼ぶのも面倒だしちょうどよかった。定例会まで暇でしょ?」
キリヤが姿を消した途端、意地の悪い表情を美しい顔に浮かべたシュリが言う。
「物品?」
「そう。マコレ、こいつにリスト渡して倉庫の場所教えて」
シュリが顎で後ろに控えていた緑の髪のマコレに指示を出す。
マコレは頷いて指を振ると、自身の書類などを収めている優美な細工が施された箱が現れた。
箱はマコレの傍らのテーブルの上にゆっくりと落ち、ゆらゆらと蓋が開いた。
そこから一枚の羊皮紙が現れ、ユノの手元までやってきた。
ユノは羊皮紙を受け取って中身を確認する。
「こんなに?」
大きいものから細かいものまで百は超える物品のリストを見てユノは思わず声を漏らした。
「なんだ。平民の割には優秀って聞いたのに、こんなこともできないの?」
シュリは鼻で笑ったように言う。
「……どんな倉庫かわからないから絶対できるとは言い切れませんけど、やってみます」
「じゃ僕はキリヤと打ち合わせあるから、あとはよろしく。あ……」
シュリは生徒会長室の方に体を向けていたが、その美しい髪を揺らしながら振り返った。
「もう分かったとは思うけど、以前会ったことがあるとか嘘を言ってキリヤの興味を引こうとしても無駄だよ。キリヤはね、平民は何もできない無能な存在で、王族や貴族に守られているだけのお荷物だって思っているから」
そう言うと、シュリもユノに興味を失ったとでも言うように背を向けてその場から立ち去った。
「倉庫はこっちだ」
マコレはキリヤの机が置いてある方とは逆の奥にある扉へとユノを案内した。
「うわっ……ゴホッ」
古めかしい木の扉を開けると、目の前に埃が舞ってユノは思わず噎せた。
「あー……埃すごいから……」
自分は一歩後ろに下がって埃を避けていたマコレが言う。
「じゃ、後はよろしく。平民はこういうの得意なんだろ。今まで侍従にやらせていたけど、生徒会室は基本的に関係者以外立入禁止だから、俺たちの侍従入れる手続きも面倒くさくてさ。精々役に立ってくれよ」
マコレはそう言い捨てて去って行った。
「こんなに汚くては今まで侍従も大変だっただろうな」
埃だらけの室内を見てユノは溜息を吐く。
生徒会室の優美さが嘘のような汚さだ。
「このままの状態で物品だけ探してもいいけど、綺麗な方がこの後使いやすいよね」
そう思ってユノが静かに汚い倉庫に向かって指を振ると、部屋中の白い埃が部屋の一箇所に一気に集めて、倉庫の中にあったゴミ箱に落とした。
「ここまで汚いと清掃魔法もやりがいがあるなぁ」
平民中心のスタンダードクラスは毎日の清掃でも業者は入れずに自分たちで行うので、清掃魔法は慣れたものだった。ハイクラスの者は清掃魔法なんて使うこともないだろうが、そもそも授業料が違うのでその点について文句を言うつもりもない。
隅の方に張り巡らされていた蜘蛛の巣も一掃して、ランタンに付いていた汚れを落とすと薄暗かった倉庫はすっかり明るくなった。
ついでにランタンをきれいに拭いて、魔法油を注ぎ足すと、この部屋の火の精も喜んでくれた。
「綺麗になったら倉庫どころか、結構いい部屋かも」
片隅に置かれて埃を被っていたテーブルとソファを綺麗にしてセッテイングして、ゴチャゴチャと置かれていた物品は魔法の掛けられた収納ボックスに収めていく。
すると汚い倉庫はかなりすっきりとした。マコレに渡されたリストにあった物品を仕分けしながら収納したので、倉庫が片付いた頃には物品の仕分も終わっていた。
「はぁ……」
綺麗になった室内を見ると、満足感はあるがどうしても溜息が溢れてしまう。
孤高の王子と噂されるキリヤがユノとの再会を喜んでくれるとまでは期待していなかった。
だが、根は優しいはずの彼ならば、幼いときのあの出会いを覚えていてくれるのではないかという淡い期待はあった。
返しそびれてしまった彼の青い宝石のついたブローチを、そっとポケットの中で握りしめた。
その時だった。
「へぇ、さすが学年一位。キリヤに啖呵切るだけあるね。物品が揃っているだけじゃなくて、倉庫が見違えるほど綺麗だ。色んな人の侍従魔法使いが都度片付けてはくれてはいたんだけど、こんなには綺麗にならなかったよ。整理整頓って意外と頭の良し悪しが分かるポイントだよね」
背後から声がかかって、驚いたユノが振り返るとそこには紫色の髪を持つ男がいた。
「えっと……イヴァン・ポポフ……さん?」
先程生徒会室では、少しもユノに興味を示さなかったイヴァン・ポポフだった。
イヴァンはシュリの家と同様『占術』を使える『術師』の家系の貴族だ。
近年はシュリの家のフィザード家の『占術』の方が選ばれることが多いらしく、ポポフ家はフィザード家より上の政府の要職には就けないでいるが、かなり歴史と格式がある家柄だ。
同時に彼の父親は王族・貴族と平民の間には生まれながら大きな隔たりがあり、両者の地は混ぜるべきではないと主張する純種主義者でも有名であった。
「そんなに警戒しないで。親は、親だよ。僕は親の考え方に全面的に賛成しているわけじゃない」
ユノの頭の中を読んだように紫色の髪にアメジストのような瞳を持つ男、イヴァンは静かに笑った。
「シュリの無理難題にも簡単に応えられたみたいだね。この短時間でこれって結構な魔力がないと無理だよね」
綺麗に並んだ物品を見てイヴァンが言ったそのとき。
「定例会の始まる時間だ。作業が終わってなければ平民の君は欠席でも構わない……え?! これは……イヴァンも手伝ったのか?」
ふわりとムスクの香りがしたと思うと、イヴァンの後ろから現れたのはキリヤだった。
「いや。僕は手伝ってないよ。物品も全部揃っている。こんな地味な見た目なのに凄いねぇ?」
「……作業が終わっているなら、どちらがやったのだとしてもどうでもいい。二人共定例会に出席するように」
面白そうに言うイヴァンには答えず、キリヤは最初に少し驚いたような表情を見せ倉庫内を一瞥しただけで、冷たく言うと身を翻して行ってしまった。
「はい」
ユノが応えたときにはキリヤも彼の香りもその場から消えていた。
「キリヤは平民の個人には興味がないみたいなんだ。とはいえ、国民の大部分を占める平民は守らなければならない存在だと強く思っているみたいだし、そんなに冷たい人ではないんだけどね。気にしたところでキリヤが変わることはないだろうから、あまり気に病むことはないと思うよ」
定例会が行われる生徒会室の中央にあるテーブルに向かうイヴァンの後ろに付いて、ユノは倉庫を出た。
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