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1章

生徒会室

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空高く飛ぶのも好きだが、今日は少し雲が出ているので、やや低空を飛行する。
学園の敷地は広大であり、寮が並ぶエリアと校舎のエリアは離れているが空から行くとあっという間に校舎のエリアに着くことができる。
本校舎前に降り立ったユノは本校舎の中を通り、中庭に抜け生徒会の使用する部屋がある石造りのシュトレイン塔に向かった。
講堂や大広間のある本校舎は学園の中央に、その西側に低学年棟があり東側に高学年棟がある。伝統あるシュトレイン塔は中庭を挟んで本校舎の裏に図書館と並んで聳え立つ。
膨大な蔵書がある図書館にはしょっちゅう出入りするユノであったが、隣接するシュトレイン塔に入るのは初めてであった。
生徒会役員以外は入りづらい雰囲気のある場所だ。
豪華と言えるほどではないが、細部に美しく細工を施された石造りの螺旋階段は、数百年の歴史を持つこの学校創立時からあるらしい。
初めてこの美しい階段を目にしてユノは圧倒され、少しの間立ちすくんでいたが、一段ずつゆっくりと登り始めた。
石造りの階段を昇って行くと上に行くにしたがって、荘厳な空気はますます濃くなっていった。
「きれい……」
螺旋階段を昇りきると、美しいステンドグラスの嵌った窓が並び、ゆったりとしたソファが置かれているロビーに出る。
その奥に生徒会室の扉があった。
扉の前に着くとユノは緊張しながらノックした。
「今日から生徒会役員に任命されたスタンダードクラスのユノ・マキノです。失礼します」
中から返答はなかったが、入るなとも言われなかったのでユノは扉を開けた。
ユノが部屋に一歩踏み込むと同時のことだった。
パシャッ……
冷たい水がユノに頭から降り注いだ。
何が起こったのか理解できずに呆然していると、割れんばかりの大爆笑が部屋に響いた。
「あはは!ビシャビシャじゃん」
「こんなに見事に引っかかるか? 普通」
「初めて来るところなんだから普通用心して防御魔法のシールドくらい掛けておくだろ」
「平民は防御魔法なんか使えないんじゃない?」
勝手な言葉が次々と飛び交うのを聞いて、ユノは自分の身の上に何が起きたのか理解した。
ユノは沢山の物が収まっているものとは思えないほど小さな収納バッグから、タオルを取り出す。タオルに少しだけユノの魔力を込めてから濡れた髪や服を拭うと、ビショビショだったユノの体はあっという間に乾いた。
「防御魔法は使えますが、まさかこんな子供のようなイタズラを受けるとは夢にも思わなかったので」
ユノははっきりした声でそう言って生徒会の面々を見遣った。
有名人ばかりなので、顔と名前はユノの中でも一致している。
こちらを見て嘲笑っているのが、この下らないが悪意のある悪戯をした者たちなのであろう。
一番楽しそうに笑っていたのは、目もくらむほどに美しい青年だった。
スラリと背が高いが、女の子のように華奢で艶々の金色の長い髪と翡翠のような瞳を持つ彼は、シュリ。シュリは『術師』の名門フィザード家の令息である。
『術師』の大切な能力である『占術』の力を持つ家系は非常に少ない。国を超えての内情視察ができるほどの能力を持つ家系となるとフィザード家の他にはポポフ家しかいない。
政治を行うには周辺国の内情を探れる『術師』の能力は非常に重要なもので、この力を受け継ぐ家系は代々国王一番の側近である宮内長官を務めている。
故に宮内長官はこの二つの家の中から能力が高いものが選ばれており、今はシュリの父親が務めているのだ。
国王のすぐ下には皇太子と『光の魔法使い』と王族が続くが、宮内長官は王族を除けば一番高い位だ。
宮内長官の『占術』は戦争時だけでなく、国の大切なことを決めるのにも大いに役立っている。
シュリはそんな国を支える要職の家系の令息であり、学園内でもキリヤと常に一緒に動いているイメージがある。
「ふーん。つまんないの。折角汚い髪を水で洗って綺麗にしてあげようと思ったのに、生意気な奴」
そのシュリの横にピッタリとくっついているのは、美しいシュリの腰巾着とも噂されているサントス家の双子、カルキとマコレ。
顔はそっくりで二人とも緑の髪を持つので、見分けることが難しい。
ユノがすぐに反論するとは夢にも思わなかったらしく、双子はギリギリと睨みつけてくる。
「その汚い色も水でも被れば少しはマシになると思ったんだけど、汚いまんまだね」
シュリはそう言ってユノを嘲笑うような表情をして肩を竦めた。
平民の者は髪の色が黒や茶色など暗い色が多く、王族や貴族は美しく華やかな髪色を持つ者が多いため、平民の髪色が暗い色であることを『汚い色』と侮辱する上流階級の者は少なくない。
「くだらねぇな」
一連のやり取りを見て言ったのは部屋の奥にいた男だった。
燃える様に赤い目と赤い髪を持つ男。
「そんな子供みてぇなことしてねぇで、さっさと追い出せばいいだけだろうが」
この燃え盛った炎のような男は、シュトレイン王国の魔法軍の要職を代々務める家柄ビスコンティ家の長男アンドレアである。
アンドレア自身も学生であるにもかかわらず、軍の騎士団の団長を務めている。
その場にいる生徒会役員のメンバーをユノは注意深く見渡したが、ユノがずっと話したいと願い続けてきた相手は見当たらなかった。
「おい。聞いてんのか? ここにはお前みたい頭でっかちで成績がいいだけの弱っちぃ平民が来るところじゃねぇんだよ。さっさと出ていけ」
大抵の人間ならすぐにでも逃げ出すような、燃え盛る炎のように強い瞳に睨みつけられた。
「ではあなたが俺よりも弱かったら、あなたが出て行くのですか?」
ユノが正面から赤い瞳を受け止めると、アンドレアはさらに瞳をキツくしてギリギリと睨みつけてきた。
せめて彼と会う前にここから出て行くわけにはいかなかった。
争いごとは極力避けたかったが、避けられないのなら仕方ない。
「てめぇ誰に向かって言ってる……っ」
アンドレアの右手に炎の球が浮かんだ。
ビスコンティ家が得意とする炎の攻撃魔法だ。
この美しい生徒会室を壊さずにアンドレアを倒す方法を素早く考えた時であった。
不意に生徒会室の扉が開いた。
入ってきたのは、ユノが探していたその人物、この国の第二王子で『光の魔法使い』でもあるキリ・シュトレイン、その人に間違いなかった。
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