かきまぜないで

ゆなな

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番外編SS

BLUE HEAVEN3

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『天使みたいだよね。高弥くんって』
 夕食の配膳に来た看護師を見て、終了の時刻になったのだとようやく気付いた陽介がネームプレートを戻すためナースステーションに立ち寄ると、綾川が笑って声を掛けてきた。
『一生懸命で、助けてあげたくなっちゃう。途中ちょっと覗かせてもらったんだけど、楽しそうでよかった。何となく合うかな? と思ったんだ』
『俺と高弥が? 見た目合いそうに見えないっすよね?』
『うん、 何だろう。何か勘みたいなやつなんだけど……でも外れてなかっただろ?』
 またよろしくね、きっと高弥くん喜ぶからと満面の笑みで手を振られた。

 
 覗かれていたことも気付かなかったのかと、そのときのことを思い出して、いつもの淀んだ溜まり場の片隅で病院でのことを思い出して陽介は溜め息を吐いた。
「天使、ねぇ……」
 煙草に火を点けようと口に咥えて、ライターを取り出したところで、動きを止めた。
 暫し思案すると、そのまま煙草をパッケージごとゴミ箱に捨てた。


「此処に居るのに煙草吸ってないの珍しー」
 そう言って隣に座ったのは幼馴染みで同じ帝大の経済学部に通う真利。大学では大抵誰もが振り返るような美女に見える格好をしていることが多いが性別はれっきとした男だ。今日は長い髪をゆるくアップにしていて、大きめのピアスが顔の横でゆらゆら揺れている。
「煙草臭くなるから真利も吸うなら俺から離れて吸えよ」
 そう言うと、真利の長いまつげがパチパチと瞬いて、綺麗に彩られた真利の指先が陽介のおでこに当てられた。
「んだよ、やめろよ」
 迷惑そうな顔で言うと
「いや、熱でもあるのかと。っていうか、陽介熱あっても煙草吸うじゃん」
「るせーな。このあと小児科にボランティア行くんだから煙草クセェまま行けるかよ」
 沢村の発言を聞いて真利は再び長い睫毛をぱちぱちと瞬かせた。
「やっぱ熱あるんじゃない?」
「うるせぇ、黙れ。 熱ねぇよ。病人の前に煙草の臭いさせて行くわけに行かねぇだろ」
すると、真利はニヤニヤ笑って
「かっわいい天使みたいな女の子だったわけだー」
「ちげぇよ。男だし」
「男? へぇ、女好きな陽介が。ふぅん」
「だから、そういうんじゃねぇの」
 小さく細い躯に煌めく瞳を思い出しながらそう言うと陽介は立ち上がって溜まり場を後にした。

 


*****

「よし、ここまでオッケー。全部マル」
 昨夜解いた高弥のノートを採点する。
「ねぇ、ヨウくん、聞いてもいい?」
「あー、日本史以外なら何でも」
 高弥のノートをチェックしながら陽介は答える。
「え。ヨウくん日本史苦手なの?」
 綺麗な瞳が驚いたように陽介を見る。
「日本史受験んとき選択しなかったからなー、って日本史だったか?」
 「ううん。ヨウくん何でもすぐ分かるから、出来ない教科あるのびっくりしただけで、 日本史の質問じゃないよ」
「全部出来なくても、医学部受かるし。確かに科目は多めだけど全部やる必要ねぇからな。エネルギー無駄遣いしないでやるのも大切……で、聞きたいことって?」
 高弥は子供のくせにどんな話でも静かに、しかも興味深そうに聞いてくれるので思わず陽介は話しすぎてしまう。どっちが子供なのかわかったものではない。
 ただ、そのことに気づいてからは自分ばかり話過ぎないように、なるべく高弥の話したいサインは逃さないように、心掛けている。
「勉強と全然関係なくて……あのさ、たこ焼き食べたことある? 冷凍のとかじゃなくて。たこ焼機でくるって焼くやつ」
「たこ焼きぃ? あー、誰かんちでやったことあんな」
陽介が答えると
「楽しかった? 美味しかった? 僕やったことないんだよね。家はそういう雰囲気じゃないし、僕自身も友達も少ないしさ。お祭りも行ったことなくて」
 興味津々といった体で軽く身を乗り出して聞いてくる高弥。
「まぁなぁ。たこ焼き機で作りたては確かにうまいな。ビールにも合うし」
「やっぱり美味しいんだ……チーズとか入れたりしても美味しいってテレビでやってたし、楽しそうだったんだよね」
 うっとりした瞳で言う高弥。
「なに?高弥やってみたいの? タコパ」
「タコパ……?あ、たこ焼きパーティーってことか! うん。やってみたいんだ」
 陽介の言葉の意味を理解できて高弥は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「じゃあさ、約束しようぜ」
「約束?」
 高弥は首を横に傾げる。
「高弥が元気になって退院したらタコパやってやるよ」
 陽介が言うと
「ほんと?!やった!!たこ焼き作ったあとにさ、ホットケーキの粉とチョコで甘いたこ焼きも作りたい!」
 高弥はしゃぎながら手元のノートに、作りたいたこ焼きの種類を箇条書きにメモし始めた。
「それもうたこ焼きじゃねぇじゃん」
「あ……ほんとだ……」
 陽介が突っ込むと、二人の目が合って、ゲラゲラと笑った。
 一頻り笑ったのち。
「これでちょっと手術怖いのが、少し楽しみになったかも」
  笑いすぎたせいで目尻に滲んだ涙を拭いながら高弥が言う。
「え………」
 今まで病気に対して怖いとか辛いとか溢したことのない高弥だった。
「あ、手術怖いなんて子供みたいって思った?」
 陽介が暫し言葉を失った意味を勘違いして恥ずかしそうに高弥が笑う。
 考えるより先に陽介の体が動いた。
 目の前の細い躯を思わず抱き締めた。力を少しでも強くしたら折れそうで、小さな躯。抱き締めたらすっぽり腕に隠れてしまうほどに小さな躯。小さなガラス細工みたいなのに、仄かに温かくて、太陽の下になんかずっと出ていないだろうにお日様の匂いがした。
「ヨウくん……?」
 陽介の胸の奥にある柔らかい場所をぎゅっと締め付けられてるような気がした。
「大人だって手術は怖ぇよ。子供っぽくなんかねぇよ」
 絞り出すように言った。掛けるべき言葉さえも出てこないくらい、陽介は高弥に対して無力であった。それが、どうしようもないほどに悔しいと思った。
 自分は何でも出来る気でいたけれど、そんなことはとんでもない思い上がりであったのだと、陽介は狂おしいほどに実感した。
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