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番外編SS
BLUE HEAVEN2
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病院に着くと受付で学生証を提示する。
いつものことだが、黒いフードを目深に被った金髪姿を訝しそうに見られる。受付で案の定止められ
「何科の何方にご用ですか?」
と問われる。
通常医学部の学生証提示すれば詳細は問われず院内に入ることを許されるというのに。
「あーなんだっけ小児科の……先生の名前忘れた……とりあえずボランティアなんだけど」
そう告げると受付の年輩の女性は内線で確認を取っているようだった。どうやら名前の確認は取れたらしいが、まだ尚疑っているような視線に見送られて、小児科病棟に向かった。
リノリウムの床をラフなスニーカーで歩き、約束の時間に15分ほど遅れて小児科に到着した。
「すいませーん、ボランティアの沢村ですけど」
ワイヤレスイヤホンを外しながらナースステーションで声を掛けると一斉に視線が集まった。
好奇心や欲望に満ちた視線を受けることは日常茶飯事なので、特に何も感じない。どうでもいい。
「小児科ボランティア担当してます綾川です。えーと、医学部2年の沢村陽介くんで合ってる?」
ナースステーションの中から出てきた小柄な一人の男は珍しく視線の中に好奇心も下心も交ざっていなかった。
アルファの多い医師は比較的背が高く威圧的な雰囲気を持つ者が多いため、看護師かと思ったが、下げているIDカードに『小児科医』と書かれているので医師なのだろう。
「はい、沢村です」
「子供達に会う前に、ネームプレートに名前書いて見えやすいところに付けてね。子供達が呼びやすい名前でいいよ」
マジックとカードを渡される。おざなりに『ヨウ』と書いてネームプレートに差し込んで胸元に付けた。
「じゃ、病室行こうか。沢村くんにお願いしたい子は中学生なんだけど勉強熱心でね。基本どんどん勉強自分で進めるんだけど、解いてる量が多いから質問も沢山あるんだよ。小児脳腫瘍でね、視神経を腫瘍が圧迫しているから視野が欠けて少し見えづらいんだ。病状は進行してきているからそういうところもサポートしてあげて欲しい。よろしくね」
あまり興味が持てない話を綾川がしているうちに病室に着いた。
ドアを開けると夕方という時間帯もあり、四人部屋の子供達の傍らには各々家族が居るのか、賑やかな気配で満ちていた。
「高弥くん、今日からボランティアの先生が勉強を見に来てくれるようになったよ」
そう言って、綾川が一人一人のベッドを区切るためのカーテンを開けると、一人の小さな子供が熱心にノートに数式を書いていた。 子供の回りに家族はおらず、一人きりで勉強をしていたようだった。病気のせいで発育が悪いのか中学生と事前に聞いていなければ分からないほどに小柄だ。
だが少年が顔を上げたとき、思わず陽介は息をのんだ。
「松浦高弥です。 え、と名札ヨウって書いてあるのかな? 僕最近目が見えづらくて」
そう言ってこちらを見た少年の瞳は思わず目を見張るほどに輝いていて、目が見えづらいようには見えなかった。透明感の高い濡れたような黒と青みを帯びて見えるほどの白の美しいコントラストを持つ瞳に陽介は思わずたじろいだ。
「あ……あぁ、ヨウであってる……」
今まで自分が宝石だと思って見てきたもの全てかレプリカだったのだと思えるくらい輝く瞳に陽介は目が奪われてしまった。
こんな子供相手に、と思うのに見たことないほどに美しいものから陽介は目が離せなかった。
「ヨウ先生、よろしくお願いします」
そう言ってベッドの上から高弥は律儀にお辞儀をする。
「や。俺ただの大学生で先生って呼ばれるようなもんじゃないから」
陽介が答えると
「じゃあヨウくんって呼んでもいいですか?」
軽く首を傾けながら楽しそうに笑って尋ねられ、陽介はそれに頷いた。
何だか調子が狂う子供だ。 子供なんて、ちっとも好きじゃないのに。
「仲良くやれそうで良かった。今日は4時から夕食の6時まででよろしくね。4時からに間に合わなさそうなときは夕食後の7時から消灯の8時まででお願いします。面会時間も8時までだから8時にはネームプレートをナースステーションに返却して帰って下さい」
この短い遣り取りを見て綾川は何を思ったのか嬉しそうに笑うと、仕事に戻らなければならないらしく、 病室を後にした。
残された陽介が高弥の手元に目を遣ると
「すっげーな、そのノート。びっしりじゃん」
ベッドの上に掛けられたテーブルの上にはびっしりと数式がかかれたノートとかなり使い込まれた問題集が置かれていた。
付箋や書き込みでいっぱいの問題集は陽介の中学生の頃のものとはえらい違いだ。
「要領が悪いんで繰り返しやらないとわからなくて」
ノートを覗き込んでパラパラと捲ってノートに書かれた日付を見て驚く。
「うっそ。一晩でこの問題集一冊全部やったわけ?」
驚いた陽介の声に
「うん。僕入院長いから学校に遅れてないか、焦っちゃって」
照れた顔を見せる、まだ幼さの残る表情。
病気のせいか成長が遅い華奢な躯つきだけでなく、黒目がちな瞳と相まって、子供にしか見えないのに、自分を律して勉強に励む様子は年相応かそれ以上に見える。
「んなに焦んなくても、今は入院中なんだからゆっくり休めよ、な?」
こんな優しい声が自分は出せたのかと驚くほど優しい声で少年を諭していた。
「ううん……駄目なんだよ。一秒も無駄にしないくらい頑張らないと。僕、医学部入りたいんだよね。今はこんなだけど、元気になったら僕もユキ先生みたく苦しんでいる人を助けてあげたくて……でも、学校もちゃんと行けてないから、普通にしてたら叶わないと思うんだ」
子供らしく素直なのに、幼さの残る表情の奥にひどく大人びていた彩も見える。その不思議な輝きをもっと覗き込みたくなるから不思議だと陽介は思った。
「あの……解けなかった問題聞いてもいい……?」
おずおずと切り出され自分が此処に来た目的を思い出す。
「おー、何でも聞けよ。何処だ?」
そう言って傍にあったパイプ椅子に腰かけて、陽介は高弥のほっそりと折れそうな指先が指し示すところに目を落とした。
いつものことだが、黒いフードを目深に被った金髪姿を訝しそうに見られる。受付で案の定止められ
「何科の何方にご用ですか?」
と問われる。
通常医学部の学生証提示すれば詳細は問われず院内に入ることを許されるというのに。
「あーなんだっけ小児科の……先生の名前忘れた……とりあえずボランティアなんだけど」
そう告げると受付の年輩の女性は内線で確認を取っているようだった。どうやら名前の確認は取れたらしいが、まだ尚疑っているような視線に見送られて、小児科病棟に向かった。
リノリウムの床をラフなスニーカーで歩き、約束の時間に15分ほど遅れて小児科に到着した。
「すいませーん、ボランティアの沢村ですけど」
ワイヤレスイヤホンを外しながらナースステーションで声を掛けると一斉に視線が集まった。
好奇心や欲望に満ちた視線を受けることは日常茶飯事なので、特に何も感じない。どうでもいい。
「小児科ボランティア担当してます綾川です。えーと、医学部2年の沢村陽介くんで合ってる?」
ナースステーションの中から出てきた小柄な一人の男は珍しく視線の中に好奇心も下心も交ざっていなかった。
アルファの多い医師は比較的背が高く威圧的な雰囲気を持つ者が多いため、看護師かと思ったが、下げているIDカードに『小児科医』と書かれているので医師なのだろう。
「はい、沢村です」
「子供達に会う前に、ネームプレートに名前書いて見えやすいところに付けてね。子供達が呼びやすい名前でいいよ」
マジックとカードを渡される。おざなりに『ヨウ』と書いてネームプレートに差し込んで胸元に付けた。
「じゃ、病室行こうか。沢村くんにお願いしたい子は中学生なんだけど勉強熱心でね。基本どんどん勉強自分で進めるんだけど、解いてる量が多いから質問も沢山あるんだよ。小児脳腫瘍でね、視神経を腫瘍が圧迫しているから視野が欠けて少し見えづらいんだ。病状は進行してきているからそういうところもサポートしてあげて欲しい。よろしくね」
あまり興味が持てない話を綾川がしているうちに病室に着いた。
ドアを開けると夕方という時間帯もあり、四人部屋の子供達の傍らには各々家族が居るのか、賑やかな気配で満ちていた。
「高弥くん、今日からボランティアの先生が勉強を見に来てくれるようになったよ」
そう言って、綾川が一人一人のベッドを区切るためのカーテンを開けると、一人の小さな子供が熱心にノートに数式を書いていた。 子供の回りに家族はおらず、一人きりで勉強をしていたようだった。病気のせいで発育が悪いのか中学生と事前に聞いていなければ分からないほどに小柄だ。
だが少年が顔を上げたとき、思わず陽介は息をのんだ。
「松浦高弥です。 え、と名札ヨウって書いてあるのかな? 僕最近目が見えづらくて」
そう言ってこちらを見た少年の瞳は思わず目を見張るほどに輝いていて、目が見えづらいようには見えなかった。透明感の高い濡れたような黒と青みを帯びて見えるほどの白の美しいコントラストを持つ瞳に陽介は思わずたじろいだ。
「あ……あぁ、ヨウであってる……」
今まで自分が宝石だと思って見てきたもの全てかレプリカだったのだと思えるくらい輝く瞳に陽介は目が奪われてしまった。
こんな子供相手に、と思うのに見たことないほどに美しいものから陽介は目が離せなかった。
「ヨウ先生、よろしくお願いします」
そう言ってベッドの上から高弥は律儀にお辞儀をする。
「や。俺ただの大学生で先生って呼ばれるようなもんじゃないから」
陽介が答えると
「じゃあヨウくんって呼んでもいいですか?」
軽く首を傾けながら楽しそうに笑って尋ねられ、陽介はそれに頷いた。
何だか調子が狂う子供だ。 子供なんて、ちっとも好きじゃないのに。
「仲良くやれそうで良かった。今日は4時から夕食の6時まででよろしくね。4時からに間に合わなさそうなときは夕食後の7時から消灯の8時まででお願いします。面会時間も8時までだから8時にはネームプレートをナースステーションに返却して帰って下さい」
この短い遣り取りを見て綾川は何を思ったのか嬉しそうに笑うと、仕事に戻らなければならないらしく、 病室を後にした。
残された陽介が高弥の手元に目を遣ると
「すっげーな、そのノート。びっしりじゃん」
ベッドの上に掛けられたテーブルの上にはびっしりと数式がかかれたノートとかなり使い込まれた問題集が置かれていた。
付箋や書き込みでいっぱいの問題集は陽介の中学生の頃のものとはえらい違いだ。
「要領が悪いんで繰り返しやらないとわからなくて」
ノートを覗き込んでパラパラと捲ってノートに書かれた日付を見て驚く。
「うっそ。一晩でこの問題集一冊全部やったわけ?」
驚いた陽介の声に
「うん。僕入院長いから学校に遅れてないか、焦っちゃって」
照れた顔を見せる、まだ幼さの残る表情。
病気のせいか成長が遅い華奢な躯つきだけでなく、黒目がちな瞳と相まって、子供にしか見えないのに、自分を律して勉強に励む様子は年相応かそれ以上に見える。
「んなに焦んなくても、今は入院中なんだからゆっくり休めよ、な?」
こんな優しい声が自分は出せたのかと驚くほど優しい声で少年を諭していた。
「ううん……駄目なんだよ。一秒も無駄にしないくらい頑張らないと。僕、医学部入りたいんだよね。今はこんなだけど、元気になったら僕もユキ先生みたく苦しんでいる人を助けてあげたくて……でも、学校もちゃんと行けてないから、普通にしてたら叶わないと思うんだ」
子供らしく素直なのに、幼さの残る表情の奥にひどく大人びていた彩も見える。その不思議な輝きをもっと覗き込みたくなるから不思議だと陽介は思った。
「あの……解けなかった問題聞いてもいい……?」
おずおずと切り出され自分が此処に来た目的を思い出す。
「おー、何でも聞けよ。何処だ?」
そう言って傍にあったパイプ椅子に腰かけて、陽介は高弥のほっそりと折れそうな指先が指し示すところに目を落とした。
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