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3章
11話
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「沢村先生」
「うるせぇ、何も言うんじゃねぇ」
余程真利に暴露された内容が恥ずかしいのか、ぶっきらぼうに言った沢村の耳はまだ赤い。
「あの」
「だから何も言うなって」
「マリさん、初めて会ったときからって」
高弥の言葉に真利が持ってきた寝具を運びながら、ちらりと横目で沢村は高弥を見た。
「お前、初めて会ったときのこと覚えてんの?」
言いながら沢村は寝室に入るとベッドの上に布団やらシーツやらを広げた。高弥は初めて寝室に入ったが、沢村が選んだという少し大きめのベッドが妙に気恥ずかしくてくすぐったい。そんな気持ちがばれないように沢村の質問に答える。
「覚えてますよ、忘れもしない。俺が研修医になって初めて病院に出勤した日」
『はじめまして、沢村先生。 今日からお世話になる研修医の松浦高弥です』
青空を背景に桜の花びらがちらちら舞うのが鮮やかに見える大きな窓の横で、高弥は沢村に初めての挨拶をした。
特におかしいことは言わなかったはずなのに、高弥の言葉を聞いて沢村は一瞬衝撃を受けたように目を見開いたあと、不愉快そうに眉を寄せて。
『……あぁ』
と言っただけで、そのまま何処かへ行ってしまった。
「マジ最悪な第一印象ってやつだったじゃないっすか。あれで好きになったとかはあり得ないと思うんですけど」
とても恋に落ちた瞬間の態度だったとは思えない。
「お前、やっぱマジで忘れてんのかよ……いやマジで忘れてるんだろうなとは思ってたけど。万が一にも、もしかして照れ隠しかもしんねぇっていう可能性も0.0001%くらいはあるんじゃねぇかって思ってたからやっぱショックだわー」
「え? もしかして俺たちその前に会ったりしてます? いつだろ?実習?」
こんなインパクトある人と会って忘れるとかないと思うんだけど。
必死であれこれ記憶を辿る高弥に沢村は軽く溜め息を吐いて。
「ヨウくん、今日は帰らないでぇ……一緒に寝てよ……明日の手術怖い」
唐突に沢村が言ったセリフに高弥は覚えがあるようでばっと顔を上げて
「えええ? もしかして、『ヨウくん』って……ええ? うそっ沢村先生なの?」
沢村の顔を指差して叫んだ。
「ああ、さすがに『ヨウくん』を忘れてたわけじゃねぇんだな。『ヨウくん』っつたら陽介の『ヨウ』だろうが」
小児科病棟では長期入院で学校の勉強に子供達が遅れないよう、教師が訪問したり手が空いた職員が見たりしてはいるが、ボランティアの医大生も募っていた。
高弥は十代前半の頃は小児脳腫瘍で入院していた。
そのとき高弥の病室をよく訪れていたボランティアの医大生を高弥は『ヨウくん』と呼んで慕っていたのだ。
「え、え……だって、ヨウって名字じゃなかったの? それにヨウくんは金髪で肌も真っ黒だったし、英語もネイティブみたいに話せてまるで外国人みたいだった」
「あー、まぁよくあの頃海外行ってたし、色黒だったかもなぁ。それにしてもあーんなにナカヨシだったのに忘れるか? 俺のお前に再会したときはじめまして、って言われたときの衝撃、わかる? ショックだったわー」
傷ついたと胸に手を当てながら大袈裟な感じで沢村は言うが、今までこの話題を自分から切り出して来なかったところを見ると結構本気でショックだったんだろう。
「視神経圧迫してるタイプの脳腫瘍だったから、俺あんときは術前であんまり目、見えてなかったんですよ。ヨウくんの雰囲気はわかるけど、顔の細部はしっかり見えてなくて。術後目が回復したら、海外に行ったとかで全然病室来てくれなくなっちゃったし」
今は手術が成功したので、全く問題ないが当時は視神経が大分圧迫され日常生活にも支障をきたしていた。
すごく狼狽えながら、真利が持ってきた枕に枕カバーを掛けながら手元に目を落としてそう訴える高弥。
「まぁ確かにあのときのお前徐々に視野は狭くなってきてたし、人の顔とかはわかりづらそうにしてたもんな。俺は忘れたことなかったぜ。お前可愛かったしなー」
からかうように言うと高弥は目に見えて真っ赤になった。
病気にめげずに毎日毎日一生懸命勉強する高弥の姿はとても健気だった。
そんな高弥に勉強を教えてやるのは沢村は楽しかったし、大学の女達よりずっと高弥は可愛かった。
病気で痩せて小さいのに、キラキラ真っ直ぐな瞳は良く見えないんて信じられないほど綺麗だった。
目が眩みそうになるほどに。
最初は海外の病院で実習を受ける推薦状を書いてもらうためだけのボランティアだと割り切って通っていたが、次第に病室に通う日を楽しみに思っていた。
そして、高弥の手術を翌日に控えた日。
手術前日なので勉強は止めようと沢村は言ったが、いつもどおりに過ごしたがった高弥に合わせて勉強に付き合った。
面会時間が終わる時刻には病院の決まりで沢村も帰らなければならなかったのだが、帰るときになって。
『ヨウくん、帰っちゃうの?』
泣きそうな顔で言われた。
『どした? いっつもそんなこと言わねぇじゃん』
高弥の顔を覗き込むと大きな瞳からぽろっと涙が落ちた。
『ヨウくん、今日は帰らないで……一緒に寝てよ……父さんも母さんも来てくれないし、明日の手術怖い』
そう言われて
『わかった。8時の小児科消灯の時間は看護師がバタバタ来るから一旦は出るけど、完全に静かになった10時頃こっそり忍び込んで来てやる。だから泣くな』
と返事した沢村は約束どおり夜遅くになってから高弥の病室に忍び込んできた。
いつもは四人部屋だが手術前日なのでよく眠れるようにとその夜は高弥は特別に一人部屋だった。
二人で一緒にベッドに潜って、沢村に抱き締めてもらってぐっすりと眠ったのだ。
「普通あんなに滅多にないシチュエーションのファーストキスの相手忘れるかぁ?実はあれがファーストキスっつてたの嘘なんじゃねぇかって俺は疑心暗鬼に苛まれたわ」
「あああ……やっぱそっちも覚えてます?」
「『ヨウくん、ぼく明日手術が失敗したら死んじゃうかもしれないんだよ。ヨウくんとちゅうしたいよぉ』なんて可愛く迫られてさぁ。ちゅーしたら小っせぇちんこ勃たせて『苦しいよぉ』とか言われてさぁ。ぜってぇあれのせいでうら若き俺は性癖おかしくなったっつーの」
「うわぁぁやめて! 忘れて! でも性癖おかしいのは俺のせいじゃない! 生まれつきでしょ!」
一緒のベッドで添い寝してもらったとき、色々とねだってしまったときのことを言われて高弥は恥ずかしくて死にそうになる。
「忘れてたのはお前だろー、俺は忘れたことねぇし、これからも忘れねぇから」
「いや、俺だってそのこと自体は忘れたことないですよ……っていうか俺とヨウくん二人だけの淡い初恋の想い出を今更白日の下に曝されるとは……ううっ……耐え難いです」
抱えた枕に顔を埋める高弥。
「だからそのヨウくんは俺だっつーの。お前さ、俺とヤってるときに思い出すことなかったわけ??」
沢村の長い指が高弥のくちびるをふにっと押した。
「お……思い出しませんよっヨウくんは最後までなんてしてないし、優しかったけど……沢村先生は……」
「なんだよー、俺だってやさしーだろ」
「えー、沢村先生優しいですかね……」
高弥が答えると少し拗ねた顔をした沢村。高弥はくすくす笑って
「ヨウくんは沢村先生だったじゃないですか。怒るとこじゃないでしょ」
すると、沢村は高弥の頬に手を当てて、くちびるにちょん、っとほんのくちびるの先が触れるだけのキスをした。
「……こーゆーのが好きなわけ?」
当時のキスを再現して見せた沢村。何だか照れくさくて二人して顔が赤くなってしまう。
「……好きですけど、いつもの沢村先生のキスも」
好きですよ、先生っぽくて、と高弥が吐息で話して密やかに笑うと、沢村は食むようにくちびるを重ねて、果実みたいに甘い高弥の舌に自身の舌を絡めた。
「病室に泊まった翌朝寝過ごして、手術前の回診に来た永瀬さんにばれたんだよな」
くちびるを離すと鼻の先が触れ合うほどに近くで沢村は笑いながら話す。指先がさらさらと高弥の髪を撫でる。
「はい。ヨウくんだけめっちゃ怒られましたね……ごめんなさい」
「いーよ、別に。それよかあのあと俺小児科病棟出禁になって、何とかお前と連絡取りたかったんだけど、永瀬さんのガード固くてお前の行方全然わかんなかった。結構調べたけど見つけらんなくて。手術は無事に終わって高弥は元気になったって、それだけは教えてくれたけど」
無事で良かった……小さくて殆んどわからなくなってる痕に沢村はそっと口付ける。
「そっか。だから術後全然会えなかったんだ……目がはっきり見えるようになったらヨウくんの顔もよく見えると思って会うの俺も楽しみにしてたから会えなくてすごく残念でした」
そう言った高弥に沢村は
「だから研修医のリストでお前の名前を見つけたときは嬉しかったんだよ。で、会ったらすっかり忘れられてて、他人行儀なキレーな笑顔でにっこり『初めまして』だぜ? 超ショックだったけどなー」
と意地悪く言う。
話しながらベッドメイクを二人でやってしまったので、沢村は高弥を腕の中に閉じ込めてベッドに転がった。
「忘れたわけじゃないんですけど……ヨウくんが沢村先生だって気付かなくてごめんなさい」
シーツも何もかもすべすべの感触のベッドの中。
沢村の首筋に腕を絡めて抱きつきながら言う。
「まぁ俺もお前に他に男いるって勘違いしてお前初めてだったのにめちゃくちゃしたから……おあいこっつーことで」
初めて発情期になったとき、病院の宿直用の仮眠室で襲われたときの話だが、
「え? ちょっと待って。俺一応謝りましたけど、おあいことは思ってないですよ。断っ然沢村先生の方が俺に悪いことしてますよね?」
思わず沢村の胸から高弥は顔を上げて、沢村を睨む。
「はぁ? 俺の純情踏みにじったの罪重いだろーが。大体25歳にもなるオメガが発情期なのに薬も飲んでなかったら誰かとヤるつもりなんだなって勘違いすんのも仕方ねーだろーが」
沢村も高弥の頬を軽く引っ張る。
「純情? 再会するまでの間はめちゃめちゃ遊んでましたよね、俺と再会したときの沢村先生の破天荒ぶりは有名でしたよ? それに何度密会現場探させたと思ってるんですか? 今さら純情ぶるのはちょっとズルいです」
「いや、だってお前探しても永瀬さんの策略で全然会えないし、諦めようにも高弥より可愛いヤツなんて何処にもいないし。お前じゃないなら誰でもいいやと思ってヤケクソになってたんだっつーの。それに再会してからはお前いっつも俺のこと避けるしさ」
矢継ぎ早に言い訳をする沢村に、高弥は
「沢村先生の武勇伝は相当なものでしたから、そりゃ引きますよ」
と憮然とした顔で言う。
「でもさ、俺のこと捜しに来るときはすげぇ怒ってて超可愛いのなー。だから何つーか、つい捜して貰いたくなっちゃって、なぁ?」
「……なぁ、じゃないです。俺は沢村先生が女の人とイチャイチャしてたシーン思い出すだけで……っ」
憮然としていた高弥が声を詰まらせて俯いた。
「いやいやいや、ちょっと待て。イチャついてたの見せたかもしんねーけど、お前と再会してからは女とはあんまヤってねーし、高弥とヤってからはマジでもう他で勃たなくなった……ってコラ、お前笑ってんじゃねぇか」
俯いて肩を奮わせていた高弥の顔を上げさせると
「あはは。沢村先生、必死だなーと思って」
「……あぁ、必死だよ。もうお前に嫌われんのはつれぇもん」
拗ねたように言った沢村に
「酷いと思ったことはあったけど、本当に嫌いだと思ったことはなかったですよ。ずっと、好きです」
高弥はそう言って沢村にそっと口付けた。
「くそ……ホントお前には勝てねぇ」
「ええー、沢村先生がそれ言います?」
言い合ってから、瞳が絡んで、それから二人でめちゃくちゃに笑った。
「うるせぇ、何も言うんじゃねぇ」
余程真利に暴露された内容が恥ずかしいのか、ぶっきらぼうに言った沢村の耳はまだ赤い。
「あの」
「だから何も言うなって」
「マリさん、初めて会ったときからって」
高弥の言葉に真利が持ってきた寝具を運びながら、ちらりと横目で沢村は高弥を見た。
「お前、初めて会ったときのこと覚えてんの?」
言いながら沢村は寝室に入るとベッドの上に布団やらシーツやらを広げた。高弥は初めて寝室に入ったが、沢村が選んだという少し大きめのベッドが妙に気恥ずかしくてくすぐったい。そんな気持ちがばれないように沢村の質問に答える。
「覚えてますよ、忘れもしない。俺が研修医になって初めて病院に出勤した日」
『はじめまして、沢村先生。 今日からお世話になる研修医の松浦高弥です』
青空を背景に桜の花びらがちらちら舞うのが鮮やかに見える大きな窓の横で、高弥は沢村に初めての挨拶をした。
特におかしいことは言わなかったはずなのに、高弥の言葉を聞いて沢村は一瞬衝撃を受けたように目を見開いたあと、不愉快そうに眉を寄せて。
『……あぁ』
と言っただけで、そのまま何処かへ行ってしまった。
「マジ最悪な第一印象ってやつだったじゃないっすか。あれで好きになったとかはあり得ないと思うんですけど」
とても恋に落ちた瞬間の態度だったとは思えない。
「お前、やっぱマジで忘れてんのかよ……いやマジで忘れてるんだろうなとは思ってたけど。万が一にも、もしかして照れ隠しかもしんねぇっていう可能性も0.0001%くらいはあるんじゃねぇかって思ってたからやっぱショックだわー」
「え? もしかして俺たちその前に会ったりしてます? いつだろ?実習?」
こんなインパクトある人と会って忘れるとかないと思うんだけど。
必死であれこれ記憶を辿る高弥に沢村は軽く溜め息を吐いて。
「ヨウくん、今日は帰らないでぇ……一緒に寝てよ……明日の手術怖い」
唐突に沢村が言ったセリフに高弥は覚えがあるようでばっと顔を上げて
「えええ? もしかして、『ヨウくん』って……ええ? うそっ沢村先生なの?」
沢村の顔を指差して叫んだ。
「ああ、さすがに『ヨウくん』を忘れてたわけじゃねぇんだな。『ヨウくん』っつたら陽介の『ヨウ』だろうが」
小児科病棟では長期入院で学校の勉強に子供達が遅れないよう、教師が訪問したり手が空いた職員が見たりしてはいるが、ボランティアの医大生も募っていた。
高弥は十代前半の頃は小児脳腫瘍で入院していた。
そのとき高弥の病室をよく訪れていたボランティアの医大生を高弥は『ヨウくん』と呼んで慕っていたのだ。
「え、え……だって、ヨウって名字じゃなかったの? それにヨウくんは金髪で肌も真っ黒だったし、英語もネイティブみたいに話せてまるで外国人みたいだった」
「あー、まぁよくあの頃海外行ってたし、色黒だったかもなぁ。それにしてもあーんなにナカヨシだったのに忘れるか? 俺のお前に再会したときはじめまして、って言われたときの衝撃、わかる? ショックだったわー」
傷ついたと胸に手を当てながら大袈裟な感じで沢村は言うが、今までこの話題を自分から切り出して来なかったところを見ると結構本気でショックだったんだろう。
「視神経圧迫してるタイプの脳腫瘍だったから、俺あんときは術前であんまり目、見えてなかったんですよ。ヨウくんの雰囲気はわかるけど、顔の細部はしっかり見えてなくて。術後目が回復したら、海外に行ったとかで全然病室来てくれなくなっちゃったし」
今は手術が成功したので、全く問題ないが当時は視神経が大分圧迫され日常生活にも支障をきたしていた。
すごく狼狽えながら、真利が持ってきた枕に枕カバーを掛けながら手元に目を落としてそう訴える高弥。
「まぁ確かにあのときのお前徐々に視野は狭くなってきてたし、人の顔とかはわかりづらそうにしてたもんな。俺は忘れたことなかったぜ。お前可愛かったしなー」
からかうように言うと高弥は目に見えて真っ赤になった。
病気にめげずに毎日毎日一生懸命勉強する高弥の姿はとても健気だった。
そんな高弥に勉強を教えてやるのは沢村は楽しかったし、大学の女達よりずっと高弥は可愛かった。
病気で痩せて小さいのに、キラキラ真っ直ぐな瞳は良く見えないんて信じられないほど綺麗だった。
目が眩みそうになるほどに。
最初は海外の病院で実習を受ける推薦状を書いてもらうためだけのボランティアだと割り切って通っていたが、次第に病室に通う日を楽しみに思っていた。
そして、高弥の手術を翌日に控えた日。
手術前日なので勉強は止めようと沢村は言ったが、いつもどおりに過ごしたがった高弥に合わせて勉強に付き合った。
面会時間が終わる時刻には病院の決まりで沢村も帰らなければならなかったのだが、帰るときになって。
『ヨウくん、帰っちゃうの?』
泣きそうな顔で言われた。
『どした? いっつもそんなこと言わねぇじゃん』
高弥の顔を覗き込むと大きな瞳からぽろっと涙が落ちた。
『ヨウくん、今日は帰らないで……一緒に寝てよ……父さんも母さんも来てくれないし、明日の手術怖い』
そう言われて
『わかった。8時の小児科消灯の時間は看護師がバタバタ来るから一旦は出るけど、完全に静かになった10時頃こっそり忍び込んで来てやる。だから泣くな』
と返事した沢村は約束どおり夜遅くになってから高弥の病室に忍び込んできた。
いつもは四人部屋だが手術前日なのでよく眠れるようにとその夜は高弥は特別に一人部屋だった。
二人で一緒にベッドに潜って、沢村に抱き締めてもらってぐっすりと眠ったのだ。
「普通あんなに滅多にないシチュエーションのファーストキスの相手忘れるかぁ?実はあれがファーストキスっつてたの嘘なんじゃねぇかって俺は疑心暗鬼に苛まれたわ」
「あああ……やっぱそっちも覚えてます?」
「『ヨウくん、ぼく明日手術が失敗したら死んじゃうかもしれないんだよ。ヨウくんとちゅうしたいよぉ』なんて可愛く迫られてさぁ。ちゅーしたら小っせぇちんこ勃たせて『苦しいよぉ』とか言われてさぁ。ぜってぇあれのせいでうら若き俺は性癖おかしくなったっつーの」
「うわぁぁやめて! 忘れて! でも性癖おかしいのは俺のせいじゃない! 生まれつきでしょ!」
一緒のベッドで添い寝してもらったとき、色々とねだってしまったときのことを言われて高弥は恥ずかしくて死にそうになる。
「忘れてたのはお前だろー、俺は忘れたことねぇし、これからも忘れねぇから」
「いや、俺だってそのこと自体は忘れたことないですよ……っていうか俺とヨウくん二人だけの淡い初恋の想い出を今更白日の下に曝されるとは……ううっ……耐え難いです」
抱えた枕に顔を埋める高弥。
「だからそのヨウくんは俺だっつーの。お前さ、俺とヤってるときに思い出すことなかったわけ??」
沢村の長い指が高弥のくちびるをふにっと押した。
「お……思い出しませんよっヨウくんは最後までなんてしてないし、優しかったけど……沢村先生は……」
「なんだよー、俺だってやさしーだろ」
「えー、沢村先生優しいですかね……」
高弥が答えると少し拗ねた顔をした沢村。高弥はくすくす笑って
「ヨウくんは沢村先生だったじゃないですか。怒るとこじゃないでしょ」
すると、沢村は高弥の頬に手を当てて、くちびるにちょん、っとほんのくちびるの先が触れるだけのキスをした。
「……こーゆーのが好きなわけ?」
当時のキスを再現して見せた沢村。何だか照れくさくて二人して顔が赤くなってしまう。
「……好きですけど、いつもの沢村先生のキスも」
好きですよ、先生っぽくて、と高弥が吐息で話して密やかに笑うと、沢村は食むようにくちびるを重ねて、果実みたいに甘い高弥の舌に自身の舌を絡めた。
「病室に泊まった翌朝寝過ごして、手術前の回診に来た永瀬さんにばれたんだよな」
くちびるを離すと鼻の先が触れ合うほどに近くで沢村は笑いながら話す。指先がさらさらと高弥の髪を撫でる。
「はい。ヨウくんだけめっちゃ怒られましたね……ごめんなさい」
「いーよ、別に。それよかあのあと俺小児科病棟出禁になって、何とかお前と連絡取りたかったんだけど、永瀬さんのガード固くてお前の行方全然わかんなかった。結構調べたけど見つけらんなくて。手術は無事に終わって高弥は元気になったって、それだけは教えてくれたけど」
無事で良かった……小さくて殆んどわからなくなってる痕に沢村はそっと口付ける。
「そっか。だから術後全然会えなかったんだ……目がはっきり見えるようになったらヨウくんの顔もよく見えると思って会うの俺も楽しみにしてたから会えなくてすごく残念でした」
そう言った高弥に沢村は
「だから研修医のリストでお前の名前を見つけたときは嬉しかったんだよ。で、会ったらすっかり忘れられてて、他人行儀なキレーな笑顔でにっこり『初めまして』だぜ? 超ショックだったけどなー」
と意地悪く言う。
話しながらベッドメイクを二人でやってしまったので、沢村は高弥を腕の中に閉じ込めてベッドに転がった。
「忘れたわけじゃないんですけど……ヨウくんが沢村先生だって気付かなくてごめんなさい」
シーツも何もかもすべすべの感触のベッドの中。
沢村の首筋に腕を絡めて抱きつきながら言う。
「まぁ俺もお前に他に男いるって勘違いしてお前初めてだったのにめちゃくちゃしたから……おあいこっつーことで」
初めて発情期になったとき、病院の宿直用の仮眠室で襲われたときの話だが、
「え? ちょっと待って。俺一応謝りましたけど、おあいことは思ってないですよ。断っ然沢村先生の方が俺に悪いことしてますよね?」
思わず沢村の胸から高弥は顔を上げて、沢村を睨む。
「はぁ? 俺の純情踏みにじったの罪重いだろーが。大体25歳にもなるオメガが発情期なのに薬も飲んでなかったら誰かとヤるつもりなんだなって勘違いすんのも仕方ねーだろーが」
沢村も高弥の頬を軽く引っ張る。
「純情? 再会するまでの間はめちゃめちゃ遊んでましたよね、俺と再会したときの沢村先生の破天荒ぶりは有名でしたよ? それに何度密会現場探させたと思ってるんですか? 今さら純情ぶるのはちょっとズルいです」
「いや、だってお前探しても永瀬さんの策略で全然会えないし、諦めようにも高弥より可愛いヤツなんて何処にもいないし。お前じゃないなら誰でもいいやと思ってヤケクソになってたんだっつーの。それに再会してからはお前いっつも俺のこと避けるしさ」
矢継ぎ早に言い訳をする沢村に、高弥は
「沢村先生の武勇伝は相当なものでしたから、そりゃ引きますよ」
と憮然とした顔で言う。
「でもさ、俺のこと捜しに来るときはすげぇ怒ってて超可愛いのなー。だから何つーか、つい捜して貰いたくなっちゃって、なぁ?」
「……なぁ、じゃないです。俺は沢村先生が女の人とイチャイチャしてたシーン思い出すだけで……っ」
憮然としていた高弥が声を詰まらせて俯いた。
「いやいやいや、ちょっと待て。イチャついてたの見せたかもしんねーけど、お前と再会してからは女とはあんまヤってねーし、高弥とヤってからはマジでもう他で勃たなくなった……ってコラ、お前笑ってんじゃねぇか」
俯いて肩を奮わせていた高弥の顔を上げさせると
「あはは。沢村先生、必死だなーと思って」
「……あぁ、必死だよ。もうお前に嫌われんのはつれぇもん」
拗ねたように言った沢村に
「酷いと思ったことはあったけど、本当に嫌いだと思ったことはなかったですよ。ずっと、好きです」
高弥はそう言って沢村にそっと口付けた。
「くそ……ホントお前には勝てねぇ」
「ええー、沢村先生がそれ言います?」
言い合ってから、瞳が絡んで、それから二人でめちゃくちゃに笑った。
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