かきまぜないで

ゆなな

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3章

10話

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  高層マンションというわけではないので、最上階と言ってもエントランスからはあっという間に部屋まで上がって来れるらしく、高弥がぐるぐると考える前にエントランスのカメラに映っていた人物は家の前まで現れた。
 インターフォンが再び鳴ると
「絶対出て来んなよ?此処で待ってろ」
とリビングで念を押すと沢村は玄関に出ていった。 


「ちょっとぉ。もう入居するなんて聞いてないわよ。来週くらいなんじゃなかったの?」
 玄関から聞こえてきた声は高弥が想像していた声とは大分違うものだった。
 そう、台詞は完全に女性のものだが、声は完全に男性のそれで高弥はどういうことかと思わずパチパチとしばばたかせた。
「悪いな。予定がずれた」
 沢村が然して悪いとも思ってなさそうな口調で言うと。
「もしかして、『彼』もう連れて来ちゃったの? ちょっと早いわよ、早漏なの? 全部揃えて完璧な状態のところに呼んで、感動してるところでプロポーズするつもりだったんでしょ。陽介が頭でも打ったんじゃないかと思うくらい面白いこと言い出したから、折角完璧なお部屋作り協力してあげたのに」
と、低い声が玄関に響いた。
「マサトシ、でけぇ声で言うんじゃねぇよ! 高弥に聞こえんじゃねぇか。あと早漏じゃねぇし」
 言い返した沢村に
「女の子やってるときにマサトシって呼ぶなって言ってんだろうが。ちゃんとマリって呼べ」
 黙っていれば女性に見えないこともないが、口を開くととても女性には見えない真利が綺麗に塗られたボルドーの唇でドスの利いた低い声を出す。
 思わず興味が引かれた高弥が廊下とリビングを隔てるドアからそっと様子を伺うと
「あら?もしかして『高弥』クン?」
 あっという間に真利が気付いた。
「あ……はい……こんばんは」
 真利はスタイル抜群の完璧な美女に見えるが男性、それもアルファであるため身長は沢村とほぼ変わらなかった。 ヒールのある靴を履いてる分真利の方が大きく見えて迫力がすごい。
「あ。バカ、 出てくんな。こいつの傍に近付いたら犯されんぞ。歩くセックスマシーンだからな」
 律儀に挨拶して出てきた高弥を沢村は慌てて自分の後ろに隠すようにする。
「ちょっとぉ、 失礼ね。 あんたじゃあるまいし。初めまして。高弥クン。 アタシ陽介とは小学校の頃からの幼馴染みなの。マリって呼んでね」
 背中の真ん中まであるだろう長い髪は艶々していて、女の人だって中々こうはいかないだろうと思われるくらい綺麗な髪。
「マリさん……?」
  何度も沢村の口から出たり、スマホに表示されたりする度に高弥を落ち込ませていた名前と同じものだ。
「今日はこいつにね、こっちに急に泊まることになったから寝具急いで買って来いって言われて届けにきたのよ。ほんと人使い荒いったら。ベッドは陽介の出張中に届いたんだけどね、寝具はまだだったの」
「何かすみません……あの、 わざわざ持ってきていただいて玄関先も何なので中でお茶でも」
 「やだーイイ子ー!陽介にはもったいないー」
 高弥の誘いに真利は低い声を黄色に変える。
「こら、高弥。お茶でもって言って男家に上げんの絶対駄目なやつだろーが。絶対ヤられるっていい加減わかれ! 俺で学んでねぇのかよ、懲りねぇな」
 思いっきり眉を寄せて不機嫌に言う沢村。
「 陽介あんた、お茶ご馳走しろって言って部屋に上がって襲ったことあんのね……ホントクズね。引くわ……ありがと、高弥クン。でも新居での初めての二人の夜だろうし馬に蹴られたくないから遠慮しとく。ふふふ。陽介たまに飲んで帰って遅いときあるでしょう」
「え?はい」
「おい、 マサトシ余計なこと言うんじゃねぇぞ」
 真利の言葉に沢村は焦ったような声を出す。
「おい、コラ。マリって言え。もうホント陽介嫌な男だからばらしちゃお。あのね、高弥クン。この人うちの店で飲んでるときね、あなたのことばっかりカウンターの隅でいっつもぼやいてるのよ。どんどん大切になっていくのに最初にやり方間違えちゃったからどうしたらいいかわからないって」
「おっ前それ言うなっつったろーが」
 深く溜め息を吐いて顔をてのひらで覆った沢村。隙間から覗く頬や耳が少し赤い。
「あら?そうだったかしら?じゃあ俺の高弥はめちゃくちゃ可愛い、死ぬほど可愛い。早く結婚したいって言ってたのも黙ってた方がいい?」
「マサトシてめぇ」
 額を引き攣らせた沢村。
「キャー、 こわぁい。高弥クン、陽介こんなんだけど、あなたと初めて会ったときからずぅっと好きだって言ってるのよ。あのときはショタコンなのかってマジで心配したけど、今はもう高弥くんも大きくなったもんね。こんな男とやっていくのは大変だろうけど末長くよろしくしてやってね」
「あ、はい」
 真利から溢れる情報が多すぎてきょとんとした顔の高弥を見ると真利はうんと優しく笑った。
「今度はお店の方に二人で来てね。お祝いしたげる。あ、陽介。フラれなくて良かったね。でもフラれたらこの家に閉じ込めて一生出さないとか怖い考えはちょっと改めた方がいいわ。ヤンデレってやつよ、それ」
「うるせぇ、いいから早く帰れ」
 自らの顔を手で覆った沢村の指の隙間から見える頬は少しどころでなく、完全に真っ赤だ。
「じゃあ一生懸命選んだベッドで番になってもらえるといいわね。またねー」
 そう言ってばちりと長いまつげでウインクを決めると真利は帰って行った。玄関先には沢村から時折香っていたあの華やかな香りと、しゃがみ込んで膝に顔を埋める沢村が残された。

    
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