かきまぜないで

ゆなな

文字の大きさ
上 下
30 / 54
3章

8話

しおりを挟む
 先ほど沢村が降りてきたファミリータイプの黒のワンボックスカーに近付くと、車はピカピカに綺麗だった。
「これ、もしかして新車じゃないですか?」
 沢村は身軽にどこでも行けるバイク派なのに。
「ボストン行くちょっと前くらいに納車したばっか」
 そう言って運転席に乗り込んだ沢村に倣い、高弥も助手席に乗り込む。
「沢村先生がファミリータイプの車とか超意外なんですけど」
 高弥が助手席に座って沢村の方を見て言うと、沢村は少しだけ気まずそうに視線をずらして
「……お前旅行もしたことねーっつてたし、何かテレビでグランピングキャンプしてんの見ていいなーっつてたじゃねぇか」
と言った。
 高弥の目が真ん丸になって
「もしかして旅行とかキャンプとか連れてってくれるつもりだったんすか?」
と、 言うと照れたようにちいさく「うるせぇな、そうだよ。キャンプとか旅行行くならでけぇ車のがいいだろ」と呟くように言った。
 そのとき、高弥のポケットに入れていた携帯が震えて着信を知らせた。
「あ……ユキ先生」
 画面を見た高弥はそう言って電話に出た。

「もしもし、ユキ先生?……… え?……… あ……来ました。今一緒です。はい。………すみません、迷惑かけちゃって。あとで永瀬先生にも……はい、わかりました。必ず行きます。ありがとうございます」
 幾つか言葉を交わしたあと、高弥は通話を切った。
「なぁ、雪也さん、何て?」
 沢村が聞くと
「面接キャンセルするのは永瀬先生から連絡しておいてくれるそうです。それから二人でちゃんと後で先生達のところに来るようにって」
と高弥は聞いたことを伝える。

「永瀬さんはどうせ俺がお前のこと迎えに行くってわかってたんだから、面接の予定なんか最初から入れてなかったんじゃねぇの」
 ため息を吐いてハンドルに突っ伏した沢村。
「まさかそんなわけないですよ。俺のために色々やってくれて面接キャンセルまでさせちゃったんだから、ちゃんと謝りに行かなきゃ。ユキ先生、沢村先生のことぶん殴ってくれるって言ってたし」
 そう言って高弥が笑うと
「笑ってんじゃねぇよ、しかもそれ冗談じゃなさそうじゃん」
と沢村は溜め息を吐いたものだから高弥は更に笑いが止まらなくなった。
 一頻り笑ったあと、沢村が高弥にシートベルトをするために、高弥の方に体ごと腕を伸ばしシートベルトをかちりと留めた。
「苦しくねぇ?」 
「え?」
「まだ悪阻あんだろ? ベルトで気持ち悪くなんねぇか聞いてんの」
 軽く覆い被さるような体勢。すぐ近くにある沢村の心配そうな目と視線が交わった。
「ん、大丈夫そう」
 心配されるのがくすぐったくて高弥が少し笑って答えると、その顔を間近で見た沢村はちいさく数秒固まった。
 すると。
「悪ぃ、ちょっとだけ」
 我慢、 できねぇ
 くちびるに、軽く吐息が掛かったと思ったら、そっとやわらかく触れた。
 何度か軽く表面を啄んでからくちびるが離れた。互いの鼻先が触れあうほどに近いところで視線が絡まる。
「……っ高弥……」
 低音が狂おしく響いた次の瞬間。
「んっ……」
 奪うように深く、くちびるが重ねられた。
 熱い舌が絡まって、優しく何度も吸われる。
 大きなてのひらが高弥の髪に潜ったり、頬を撫でたり、高弥の感触を味わうように動く。
 くちびるからもてのひらからも沢村が高弥をどれだけ愛しく思っているかが溢れんばかりに伝わったきた。
 でも思い起こせば、沢村はいつだってこうやって高弥に触れていたような気がする。
 ちゅ、ちゅと濡れた音を立てて何度も柔らかく舌を吸ってはくちびるを押し当ててくる。
 どれくらいそうして、柔らかくくちびるを味わっていただろうか。
 ようやくくちびるを離すと
「きりねぇな。早く帰るぞ」 
 そう照れくさそうに沢村が言うと車はゆっくりと発進した。

しおりを挟む
感想 245

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

処理中です...