かきまぜないで

ゆなな

文字の大きさ
上 下
25 / 54
3章

3話

しおりを挟む
「あれ……おれ……?」
 気付くと何処か暖かくて柔らかい場所に寝かせられていて、高弥はたじろいだ。
「あ……よかった。高弥くん、トイレから出たところで倒れたんだよ。脳貧血の症状かなと思ったから此処で様子を見てたんだけど」
 心配そうな顔でユキが覗き込んでいた。
 よく高弥が学生の頃泊めてもらっていた客間のベッド。
「すみません、心配かけて」
 高弥が掠れた声で言ったとき、ちょうど永瀬も部屋に入ってきた。
「飲めるか?」
「ありがとうございます」
  そっと躯を起こして、グラスに注がれた水を受け取る。
「また気持ち悪くなっちゃうかもしれないから、少しずつ飲んだ方がいい。俺も『そう』だったから」
 ユキの言葉にはじかれたように高弥は顔を上げた。
「やっぱりそうなのかい?」
 尋ねたユキは入院しているときに毎日見せてくれた小さな患者を安心させるような優しい顔だった。高弥はもう何も隠せずに素直に頷いた。
「そっか。病院にはもう行ったの?」
 ユキは高弥が身を起こしたベッドに腰掛けて、高弥の背に手を当てて言った。
「はい。昔ユキ先生に教えてもらったオメガの専門医の高梨先生のところに今も通ってるんで、先生に妊娠の確認をしてもらいました。高梨先生もすごく驚いていたけれど、ちゃんと赤ちゃんの心拍まで確認できました」
 そう言って自身のお腹にそっと触れた高弥の言葉にユキは
「高弥くんは子供を持つのは難しいかなと思ってたから、すごく嬉しい。おめでとう」
と言って高弥のことをぎゅっと抱き締めた。
 ユキの優しい香りにほっと息が漏れた。
「ありがとうございます……誰にも祝福されないかと思ってたから嬉しい……」
 そう言う高弥をユキは幼子にするようにそっと頭を撫でた。
「高弥、お腹の子の父親は陽介だな?」
 傍らで見守っていた永瀬が静かに口を開いた。沢村が帝大医学部に在学中の頃、永瀬は帝大付属病院にて勤務医の傍ら講師を務めており、大学でも授業をしていたことから二人の縁は続いていた。永瀬が病院を設立する際には永瀬が直々に沢村をスカウトしたという自慢話を沢村から高弥は聞いていた。病院の職員食堂でばったり会って何度となく3人で昼食を共にしたこともあるが、ここで永瀬の口から沢村の名前である『陽介』が出てきて不覚にも動揺してしまった。
 傍目から見てもわかるほどに動揺した高弥を見てユキは驚いて目を瞠り、永瀬はやっぱりそうか、と溜め息を吐いた。
「 職場の近しい人間でなければ、職場を変わる必要は無いだろう。君たちは院内でもよく一緒に居たからそうなんじゃないかと思っていたんだよ。陽介は何て言って……ってあのバカに話せていたら此処には陽介と一緒に来てるはずだな」
「でも……沢村くんは高弥くんの恋人、なんだよね?」
 ユキの心配気な顔を見ると本当のことは言い難かったが、嘘を吐くこともできず、静かに首を横に振る。その表情と仕草で永瀬には全て伝わったらしい。
「凡その事情はわかった。 あいつが君を気に入っているのをわかっていたのに、消化器外科に君を配置したのは俺だったな。陽介は外科医としてはこれ以上ない逸材だから高弥にとっていい勉強になると思ったのと、陽介も高弥ももう大人になったから問題ないと判断したわけだが、申し訳ない」
 いつも明瞭でわかりやすい永瀬の言葉の意味が珍しく半分くらい高弥には正しく伝わっていなかったが、永瀬の謝罪の言葉に
「永瀬先生、謝らないで下さい。沢村先生とは……会えてよかったと思ってます。ただ沢村先生結婚するみたいだから、妊娠してることは先生には伝えないで欲しいんです」
 高弥が静かにそう答えると
「そんなのって……っ」
 ユキが泣きそうな顔で言いかけたセリフを永瀬は静かに制すると言った。
「わかった。高弥、君の希望どおりにしよう。新しい勤務地も東京と離れた方がいいなら北陸の方の病院にも伝手がある。あいつをボストンにやってたのは助かったな。勘づかれないうちに、直ぐにでも其処に行けるようにしておく。子供がいても差し支えなく働けるように手配する。大丈夫だから心配しないでとりあえず君は今夜はもう寝なさい。酷い顔色だ」
 永瀬の言葉を聞くと、ひどく先行きが不安だった気持ちが少し楽になった。頼ってばかりで情けないが永瀬が大丈夫だと言ってくれたのなら安心なのだ。そう感じると突然睡魔が高弥を襲ってきて、柔らかなベッドに吸い込まれるように高弥は眠りに就いた。眠りに落ちていく途中で、ユキが心配そうな声で永瀬と話しているのが聞こえて、申し訳なく思ったけれども、もう目を開けることは出来なかった。
しおりを挟む
感想 245

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...